幸せな夫婦とその内実
混乱したまま中年の男は一つ一つ事実を整理していた。
その夫婦は美男美女のお似合いの夫婦だった。
おまけに品行方正で性格も良くて、近所の人たちからも評判だった。
困った人がいればすぐに助けに行くようなお人よしで、誰かの苦しみを自分達のように苦しみ、誰かの喜びを自分達のことのように喜ぶ。
非の打ち所がない夫婦だった。
そんな彼らだからこそ、男は逆恨みをしていたのだ。
五十の坂を過ぎ、両親は既に亡くなり、結婚もしていなければ、僅かな給料でこき使われながら残りの人生を生きる。
そんな男にさえ、彼らは優しく接してくれた。
それが惨めで苦しくて仕方なかった。
だからこそ、男は彼らを殺すことにしたんだ。
理性的な考えなど、そこには一つもなく、ただ男は自らの欲望のままに八つ当たりをした。
本当にそれだけだ。
それだけだったのに……。
「どういうことなんだよ……」
遂に整理しきれなくなって男は絞り出すように声を出していた。
男の前に転がる二人の骸。
いや、骸であるはずの物体は。
「なんで、なんで、機械で出来ているんだ?」
皮膚の下にあったのは肉や血ではなく、油と機械だった。
「一体なんで……なんで……」
混乱したまま男は思い切り嘔吐する。
自分が犯した罪で男の意識は身勝手に狂ってしまったのだろうか?
本当はここにあるのは人間の骸で、男はそれを機械と認識しているだけなのではないか?
「そうであってくれ、頼むから……」
ガタガタと震えながら男は家に火を付けていた。
何故、そんなことをしたのかは分からない。
ただ、これを隠さなければならないと言う気持ちだけが心を満たしていたんだ。
燃えていく世界の中、煙を大きく吸い込み朦朧とする最中、二つのロボットは起き上がり男を見つめて言った。
『人間とは奇妙なものですね』
『ええ。いつだって、本能が鋭い者から死んでいく』
直後、男は完全に意識を失い、そのまま燃えていく家と運命を共にした。
宇宙船に一つの連絡が届く。
『どうした?』
宇宙人が問いかけると通信先の二体の宇宙人が答えた。
『我々二体の外皮が破壊されました。至急、代替を送ってください』
『またか。地球人も中々鋭いじゃないか』
忖度のない称賛を宇宙人……もとい侵略者の長が言うと地球に居る二体の宇宙人は答えた。
『それが、この男もまた自殺してしまったのです。我々の正体を暴いたと言うのに……』
侵略者の長は思わず黙り込む。
もう既に何十という数の同様の報告を受けているのだ。
『分からんな。何故、奴らは我々の変装を見破る力があるのに、それを自らの内に隠したまま自殺を選ぶのだ?』
『分かりません……』
少し考えていた侵略者の長ははっと気を取り戻す。
『っと、話がそれたな。すまなかった。外皮をすぐに送ろう』
宇宙人たちの変装は完璧ではない。
いや、完璧過ぎる故に人間達からすれば違和感だらけのものとなる。
だが、現代の人間達はそれを指摘すれば『嫉妬に狂った』と嘲られるために何も言うことが出来ない。
そして、此度のような暴行によって真実を発見しようとも。
人間が造り出した社会性は混乱を恐れるあまり真実を秘匿して、一時の平和を演じることに必死となるのだ。
それを理解している人間達は絶望のあまり自殺をするのだが、このような複雑な思考回路を地球外で生きてきた宇宙人たちには理解しようがなかった。
人間達が昆虫の考えていることを全く理解出来ないのと同じように。
とはいえ、理解出来ようと理解出来まいとも結局のところ起こることは変わることはない。
今日もまた、静かに、それでいて確実に宇宙人たちによる侵略は続いていた。