王子様が無礼講だからなんでも言えって言ったから発言した平民の話
「私、シリウス・ウォル・ロエベルは、フランチェスカ・カタリール侯爵令嬢との婚約を破棄し、ここにいるジェシカ・リルウォース伯爵令嬢と新たに婚約することを宣言する!」
声高々に遠くでこの国の第一王子が宣言している内容を頭の中で咀嚼し、「え~ないわ~」と小声でつぶやいた私は平民である。
でもただの平民ではない。前世の記憶がある平民である。
前世の記憶があるからこそだが「才女」と言われ、お貴族様であっても「この学校を出ることがステータス」とされる王都にある一番大きな学校に学費免除の上、特別入学が許された。
将来を見据えて何かと有利に働くだろうと思って入学し、猛勉強の日々を送った4年間。
今日はその学校の卒業式だ。というか、式の最中だった。
式というより華々しいパーティに、平民ながらもご厚意でいただいたドレスを身にまとえて私はとても気分が良かった。さあ!これから頑張って稼ぐぞ~!夢は不労所得だ!と今後のキラキラ(するであろう)人生を夢見ていた。
…んだけどなぁ。
あほだなぁ、あの王子。ほんっとにあほだ。
と頭の中で何度も「あほ」を連呼しながら成り行きを見ていた。
婚約者の侯爵令嬢が、伯爵令嬢に嫌がらせをしたとかなんとか。
白々しい気持ちでいっぱいになり、近くにあったドリンクテーブルからお酒を頂戴してそれをあおった。
は~バカバカしい。
「新たに婚約者を迎えるにあたって、異を唱える者はいるだろうか?今日は無礼講であるから遠慮せず申せ!」
と、第一王子がこれまた大声で会場に向けてあほな発言をした。
これで本当に口を開く貴族がいたらすごいわ。
言えるわけないじゃん。あほなの?あほなんだろうな。
かくいう私も絶対に口にしないけどね。
と思っていたら第一王子がまたあほなことを言い始めた。
「ああ、今年は平民枠から特別入学をした学生がいたな。ジェシーは平民の出だ。きっと貴族にはない思いがあるだろう。ぜひ意見を聞きたい。」
「……えっ」
沈黙していたが、ザザァッとなぜか示し合わせたかのように前にいたはずの貴族たちが道をあけたせいでやり過ごすことが出来なくなった。
さぁさぁと第一王子の側近(だという噂の貴族)がやらなくていいのに私をエスコートして婚約者だった?侯爵令嬢の前に。
そして目の前には第一王子と伯爵令嬢。その後ろには王子の側近達と伯爵令嬢が侯爵令嬢から受けたというイジメの証人をしていた令嬢たち。
最悪だ。助けの手なんて誰も伸ばしてくれないだろうが、ちらりと会場を見ても誰も目を合わせようとしてくれない。なんなら婚約者だった?侯爵令嬢でさえも見て見ぬふり。というよりは彼女は全てをあきらめている雰囲気さえする。よし、彼女が平民にってことになったら従業員として雇おう。
「え、と…。王国の太陽が一人、第一王子殿下にご挨拶申し上げます。私は…」
「良い、今日は無礼講であるので礼は不要だ。」
呆然としつつも授業で習った最高位の身分の方に対する礼をとろうとすると、良いと言われてしまった。滅多にない機会だったのに!
「そなたは平民の特待生であろう。今回の婚約破棄と再婚約について意見を聞かせてくれ。」
「私のような平民に発言の許可をいただきありがとうございます。この上ない機会を与えてくださいました第一王子殿下に心から感謝を。恐れ入りますが発言の前に確認をさせていただいてもよろしいでしょうか。」
「ああいいぞ。」
元々気分よくしゃべっていた王子だが、さらに気分を良くしてニコニコしながら頷いてくれた。
「本当に正直に申してもよろしいのでしょうか?発言のあとに捕らえられたり、家族を殺されたりなどは…」
「私から発言を許可したのだ。そのようなことはせぬので安心しろ。今日は無礼講である。歯にものを着せず正直に申せ!」
と豪語したのを確認し、私も腹をくくることにした。
ちなみに、「歯に衣着せぬ」だよ王子。
「では……。私は反対です。絶対に侯爵令嬢と結婚すべきです。」
「、は!?」
シーンと一瞬静まった会場内で、一番最初に大きな声を出して音を取り戻したのは伯爵令嬢だった。
「ちょ、と、何を…!」と小さな声でもごもご言うけど、ちゃんとした言葉にはならない。王子や側近、令嬢たちも予想外の回答だったためか、伯爵令嬢と同じく言葉にならない言葉や、目に見えて狼狽えた。会場も少しずつざわめき始めた。
「まず、私たち平民にとって国のトップや領地のトップが誰になろうが正直関係ないのです。ただただ私たちの生活を脅かすような問題を起こさなければ。」
側近の内の一人が口を出そうとしたのを、意外にも私をエスコートした(しやがった)側近の方が手で制したので続ける。
「この国は食べ物も生活必需品も大部分を他国から輸入しています。ですから、外交は大変重要な国務の一つだと認識しています。
しかしそちらの伯爵令嬢は…基本である共通語と隣接している国の2カ国語の成績が私よりも下です。」
伯爵令嬢に目線を向けると、さっと青ざめる。
その伯爵令嬢を信じられない目で見ている王子、側近達と証人になった令嬢達。
共通語はもちろん、隣接している2か国の言語は必須科目だ。
希望すれば加えてその他の言語が勉強できるが、私は前世でも元々外国語がそんなに得意ではないので今世でもやはり苦労し、必須科目の3か国で限界だった。
生まれながらの貴族はこの3か国語は幼少期で習得が終わっているのがほとんどであるため、この言語に関する授業に出席している貴族はいない。いるのは商家の人間か裕福な平民のみ。
つまり、基本の3か国語も習得できていないのは、貴族として致命的なのである。
伯爵令嬢が貴族になったのは学校入学の2年前。習得が終わっているものだと誰もが思っていただろう。
「私は平民なので生活費も自分で稼ぎます。ですから貴族の皆さんと違い、日常生活の中で勉学に充てる時間は十分にありません。
なのでどうしても多方面の勉学では基本的な部分で躓きましたが、それらは個人の努力次第でどうとでもなります。
どうにもならないのはマナーです。
こればかりは経験を積まなければなりませんから、必死に向き合ってきた4年間ですが、それでも貴族の令嬢の方々には足元にも及びません。
伯爵令嬢は入学する2年前に貴族になったと聞き及んでおります。しかし、授業中は平民の私よりも芳しくない評価のようでした。」
会場はざわめきを更に強くしていく。
私が受けるマナーの授業は、基本中の基本を教わる時間。当然、貴族と一緒に受けるはずもないことは全校生徒がわかっていた。しかし入学する2年前に貴族に上がった伯爵令嬢がその授業を受けていたのだ。それだけでも驚きだが、加えて入学するまでに教育は受けていたはずなのにマナーが平民以下とは一体どういうことなのだろうか。
伯爵家の教育放任、もしくは本人の問題。しかしこの学校に入学してからの伯爵令嬢の行動をみてきた全生徒は後者だろうと予想して嘲笑する声も上がっている。
「また、外交では言語だけでなくその国の歴史やマナーを身につけておかねばならないと思うのですが、自国他国の歴史についても私の方が成績が上です。」
「そ、そうであったとしても、それは通訳を介せば、も、問題は、ない。」
狼狽える王子がよく分からない発言をするので、ため息を我慢した。
ため息を我慢ってはじめてしたな?
「そういう問題ではありません…。では例えば、重要な会議で通訳の方を介してお話をされたとして、そのあとのパーティやお食事でも通訳の方をおくのですか?令嬢同士の他愛ない会話もすべて、通訳を介してお話をされる状況を想像すると…平民の私から見ても大変…あの………見苦しいのでは、と。」
「う、うむ……」
たしかにそうだと納得したのか、王子も口ごもる。
伯爵令嬢の顔は真っ赤。体も怒りからかわなわなしている。
「それに、間違った方に間違った礼をとってしまった場合…この国でも大変失礼に当たりますが他国ではどうなのでしょうか。その場で切り捨てられることはありませんか?そしてそれが問題視された場合、国交が途絶えたり、最悪戦争にもなります。その時に一番最初に被害を受けるのは平民です。
伯爵令嬢が王宮の教育を担当されている方々に太鼓判をおされるくらいまで猛勉強されないのであれば、愛妾にされることをおすすめします。」
「あ、い…っ!?ば、ばかにしないで頂戴!!」
「平民にとっては今の暮らしをめちゃくちゃにしない方であれば誰でもいいのです。伯爵令嬢ではそれは難しいと予想できるため、反対した次第です。」
やばい言い過ぎたかしらでもなんでも言っていいと言われたしと思い、無理やりしめくくったところで、王子の側近の方…騎士の方が剣を抜いた。
「第一王子殿下が無礼講だとおっしゃっていましたが違ったのでしょうか!!?」
びびって叫ぶと、その騎士の方はぐっと剣を鞘に戻した。
というよりも、会場の雰囲気が私に味方した。
最初の王子の婚約破棄の話の時は「どうしようか…」という今後の自分たちの身の振り方を思案している雰囲気があったのに、今では王子と伯爵令嬢たちを悪とし、ざわめきが起こっていた。
「不敬…、不敬であるぞ!!」
と叫んだのはまさかの「無礼講だからなんでも言っていいよ」と言ってくれた王子。
最悪だ。衛兵がざざっと私の方に向かってきた。
人生詰んだかなこれ。と、思っていたら侯爵令嬢が私の前に立って守ってくれた。
「殿下、あなたが選んだサラさんは本当に、大変優秀な方ですわね。」
不覚にもきゅん!としていた私だが、自分の名前を侯爵令嬢が覚えてくれていたことにとても驚いた。
「私、え、名前…」
「知っていてよ。だってあなた本当に努力家で優秀なんですもの。お茶会でも必ず話題に上がるほどなのよ。」
「そ、それは光栄です…。いい意味であることを願います。」
ドギマギと回答をすると、侯爵令嬢はパッと扇子を出して笑った。
「ふふふ当然よ。とにかく、本当に優秀な回答をしてくださってありがとう。」
そう侯爵令嬢がいうと、衛兵は私ではなく第一王子殿下と伯爵令嬢をはじめとする側近たちを取り囲んだ。
あれ?私をエスコートした人は何故かこちら側で侯爵令嬢のそばに立ったな。と思ったら眼鏡とかつらを取った。
「な、!ユージーン!!お前…!!」
え、誰?
「残念だよ兄上。そんな女に唆されて簡単に失脚しちゃうなんて。」
兄上ということはこの方も王子?
なんで変装してんの?え、兄の失脚狙ってた感じ?
やばい本当に王族って人生で関わらない人たちだから顔なんて覚えてないし、そういう内部事情マジで怖いから巻き込まないでほしかった。
心底無関係でいたいが、近くで王族の顔を見る機会もないのでちょいと見てみたらこれまたイケメン。
イケメンだわ。イケメンだわ!
王子様ってなんでこんなキラキラしてるのかしら。
髪の毛は茶色なのになんかサラサラキラキラ〜爽やか〜。
金髪碧眼の第一王子は見るからに王子様って感じだったけど、こちらはこちらで王子様だわ。王子様でしかないわ。王子様っていう肩書き以外絶対合わないわ。成長したらイケオジ王様か〜。いいね〜生まれながらのそのビジュアル。人生勝ち組確定じゃん。あだ名はイケメン王子にしよう。王様になったらイケメン陛下に更新してあげるね!
と、思っていたら王様も王妃様も来て、ビビってる間にあれよあれよと伯爵令嬢と王子達は片付けられていた。
イジメの証人をしてしまった令嬢たちは「私たちは関係ありませんわ!」と言ってたけど、いや関係あるでしょう。ありまくりだよ。無理だよその言い訳は。私あんまり聞いてなかったけど。ちゃんとイジメを「見ていた」って言っちゃってた気がするし。
黙って成り行きを見ていたけどアウェイ感しかないので、頭を下げてそそくさと人混みに交じり、後ろ、後ろへと歩みを進めた。
ようやく先ほどの場所まで戻ってきてホッと安堵していると、王様が場を混乱させたことへの謝罪と、あの王子は廃嫡にする話と側近たちと伯爵令嬢、証人になった令嬢達の今後は気にするな的な発言をした。
こわ~。
そして卒業式は仕切り直しをすることになり、今はとりあえずパーティを楽しめということになったけど、当然先ほどの話題で持ちきりになる。
噂の渦中の私に貴族達がこぞって「良く言ったねー」「あんなこと言えるのは平民だからだねー」と褒められてるのか貶されてるのかよく分からないことを言われていると、侯爵令嬢がイケメン王子と一緒にやってきた。
「サラさん、先ほどは本当にありがとう。」
「いえ……」
「見たかい?君のど正論に伯爵令嬢が顔を真っ赤にしていたよ。笑っちゃうよね。」
とイケメン王子。
「第一王子が廃嫡となりましたが、侯爵令嬢はそのまま次期王妃として王家に嫁がれるのですか?」
「まあ…そうね。」
質問するとイケメン王子がさりげなく侯爵令嬢の肩を引き寄せ、侯爵令嬢もまんざらではない様子で顔を赤らめて曖昧な返事をした。
ははーん?なるほど??
「あら、お二人は思い合っていらっしゃったのですね。」
「ち、ちが!「そうだよ、サラ。よくわかったね。」――え!?」
「君は違ったのかい?僕は昔から君しか見てなかったよ…。兄上の婚約者だから諦めていたんだ。」
「ユージーン様…」
あっちでやってよ。
心の底からそう思いながら、私はまた場所を離れようとした。
でも、次は真っ赤な顔ながらも現実に戻ってきた侯爵令嬢が私の手を握ったのでそれはできなかった。
「ちょ、ちょっと待ってサラさん!卒業後の進路は決まっていて?」
「あ、いえ……王都のどこかで働きたいとは思っていますが。」
「では……私の下で働かない?私のそば付きとして。」
「え!いいんですか!?」
侯爵令嬢のそば付き。そんなもの庶民の私がなれるものではない。
しかもこの人は次期王妃候補の筆頭。ともなると、そばにつくのは由緒正しい家柄の娘。
「もちろんよ。あなただけなのよ、今回の騒動で私に味方してくださったのは。」
「でもそれは第一王子殿下の命令でしたし…」
「そうだとしても、よ。あの場で正しいことを発言してくれて嬉しかったの。それに、あなたはとても努力家で誠実と評判の生徒筆頭よ。誰にも文句を言わせないわ。」
「僕だって言わせないさ。君の第三者の目線から冷静に物事を考えられる才能はとても素晴らしい。ぜひ彼女のそば付きに。そして、彼女に変な虫がつかないようにも頼むね。」
とウインクまでされた。
もう~みたいな感じで照れる侯爵令嬢とイケメン王子を見て、私は考えて発言した。
「平民の私には過分な恩恵すぎるのでご遠慮いたします。」
「「え」」
「毎日お二人のそのいちゃつく姿を見なきゃいけない未来を想像したら、ちょっと…」
というと、一瞬音が消えた。
そしてイケメン王子が大声で笑い、侯爵令嬢は真っ赤になった。
あれよあれよという間にイケメン王子に外堀を埋められ、侯爵令嬢はそのままイケメン王子と再婚約。そして結婚した。
かくいう私もイケメン王子にがっちりと外堀を埋められてしまい、侯爵令嬢のそば付きになり一緒に王宮へ上がった。
「君は今日も美しいな、フラン。」
「ユージーン様ったら。」
「あの、私のいないところでお願いしていいでしょうか。」
「愛おしいフランに愛をささやいて何が悪い。君も早く慣れるといいさ。ああ、フラン。君は一生慣れずにずっと頬を赤らめてくれてもいいよ。」
「ユージーン様!」
二人のいちゃいちゃいちゃいちゃする姿を一生見る羽目になったことと、不労所得にならなかったことが残念だけど、まあいい暮らしができているので今世も私はそこそこ幸せだ。