大原潤はうろたえる ~ 最強美少女が何考えてるのかわからないので、厨二病キャラで対抗したお話
今、俺に起こっていることを言うぜ?
あの鳥宮 篥に、「一緒に帰ろう」と誘われてしまったんだ!
おいおい、「だからどうした?」なんて顔してるんじゃねえよ。
鳥宮篥といえば、清楚にして高貴、文武両道にして才色兼備、その人望の厚さから生徒会長選はぶっちぎりのトップ当選という、見た目も中身もトップ・オブ・トップズ、「最強美少女」なんて呼ばれる殿上人じゃないか。
正直、わけがわからねえ。
自慢じゃないがこの俺、大原 潤は自他共に認める隠キャ属性、女性にモテる要素がないことだけは大いに「自信」を持っている。
そう、自信だ。強がりなどでは断じてない。
ふはははは、モテない諸君、恋愛だけが青春じゃない、開き直れば案外快適だぞ!
「おーい、大原くん、聞こえてるー?」
首を傾げ、上目遣いで俺の顔を覗き込んでくる鳥宮篥。
絹糸のような黒髪がさらりと揺れて、肩から落ちる。くりっとした目でまっすぐ俺を見る。
くっそ――かわいい。
いやもうこれ、美しいと言っていいんじゃないか? 思わず拝んでしまいたくなるぜ。
「返事してよー。一緒に帰ろうよー」
こいつ、なぜ俺を誘った?
そもそも鳥宮篥との接点なんて、一年生の時から同じクラスで、席替えのたびになぜか隣の席になってしまう、それぐらいしかないぞ。
言っておくが不正はしてねえ。むしろ俺としては一度くらいは離れたいと思っている。クラスメイトたち(男女問わず)の嫉妬がすさまじいからな。
まあ、高校生活もあと半年、こうなったら卒業まで席が隣というのもアリかもしれんが。
「……なあ鳥宮」
「お、やっとしゃべった」
俺が口を開くと、にこりと笑う。
くっ――そ、カワイイ。だめだ、このままでは俺は俺でなくなってしまう。かくなる上は――変身だ!
「クックック……」
いくぞ! 俺のココロ・アンロック!
「私と一緒に帰ろう、だと? 鳥宮篥、何を企んでいる!」
「へ?」
俺の言葉に、ぱちくり、とまばたきをした鳥宮篥。「ええと……」と言葉を探しつつ、首をかしげる姿がまた。
カワイイ。
いや、そうじゃなくて。
「ふ、図星か。そうでなければ私を誘う理由などないからな。あいにくだが、お前の浅知恵などこの大原潤には通用せん!」
「あー、そうくるかぁ」
一瞬、呆れた顔をしたのち――鳥宮篥はクククッと楽しそうに笑った。
「何がおかしい」
「今回は厨二病キャラできたかー、と思っただけ」
くっ――明快な言語化するじゃねえ!
負けるな俺! これは勝負だ! 恥は捨てろ! 俺、何やってるんだろうなんて、今は思うんじゃない!
「いつもいつも、とっさにキャラ作れるなんてすごいね。俳優になれるんじゃない?」
くそ、なぜだ!? なぜこいつは平気なんだ。たいていの女子はこれでヒクんだぞ! お前の精神は鋼か!
「ね、参考キャラとかいるの?」
そんなキラキラした目で聞くんじゃない! ル○ーシ○なんて古いアニメ、言ってもわからんだろ! 頼むからスルーしてくれ! ああ、ギアスが欲しい!
「みんながいるのに、恥ずかしくない? なり切っちゃえば大丈夫なの?」
ぐぉっ、えぐってきやがった!
ちくしょう、恥は捨てた! 捨てたったら捨てた! さっさと教室を出ればよかった! その隙はなかったけど!
「き、貴様……」
「こら。『貴様』なんて呼ぶな」
ずいっ、と迫ってくる鳥宮篥。
いや近い、近いっての! なんだよこのいい匂い!
「お仕置き♪」
「イテッ!」
指で輪を作り、ピシッ、と俺にデコピンする鳥宮篥。
けっこう痛い。
「おいこら鳥宮! いてぇだろ!」
「キャラ変わってるぞ?」
「くっ……な、何をする、鳥宮篥!」
「よし、厨二病くん復活♪」
くっそ――なんて楽しそうな顔しやがるんだ。
目の前でそんないい笑顔をするんじゃない! 惚れてまうやろが!
「ち、厨二病……言うな」
「そのキャラを選択したのは大原くんだよ?」
なんも言えねえ。
「ね、一緒に帰ろうよ。どうせ暇でしょ? ちょっと話したいことがあって……」
「き、今日は忙しい!」
「えー、ほんとにー?」
くそ、疑り深いやつめ。確かに予定はない。だが暇だとは認めん! 俺は――そう、俺は今日、暇を持て余すことに忙しいのだ!
「嘘などつかん! そう、私とて受験生だぞ。夏休みが終わり、受験まであと数ヶ月。なぜ暇と言い切れる!」
よし、カンペキな理論武装。
「あー、まあ……そっか。そうだよね……夏休みも終わっちゃったんだよねぇ……」
何やらシュンとした顔になる、鳥宮篥。
ううむ、少々罪悪感が――いやいや、ここで甘い顔をするから付け込まれるんだ。
いやしかし、無下にするのもな。うん、なんかめっちゃ残念そうだしな。よし、あれだ。ここで俺の寛大さを見せつける、それも悪くない。
そうだよな、俺様よ!
「残念だったな、鳥宮篥! だが喜べ、話とやらは聞いてやろう!」
「え、ほんと!? じゃあ……」
「どうせ大した用ではないのだろう? 時間も惜しい、さあ、今すぐここで話すがいい!」
「え……ここで?」
鳥宮篥の笑顔がひきつった。
珍しい顔をする。もしやここは攻め時か? ならば畳みかけるのみ!
「どうした、鳥宮篥よ! この私に話があるのだろう、聞いてやるぞ、話すがいい!」
クラスメイト全員がしーんとなった。
HR直後だからクラスメイトはまだ大勢残っている。みんながなんとも言えない、というか、痛々しいものを見る目でこっちを見ているのは――くっそ、厨二病キャラなんかやるんじゃなかった!
「ええと、ここでは……さすがに、ちょっと……」
目を泳がせながら口の中で何かを言っている、鳥宮篥。
心なしか顔が赤いのは――ああ、夕日のせいか。もうだいぶ日が傾いてるな。秋の日は釣瓶落としというしな。
あ、洗濯物取り込むの頼まれてたんだった。よし、帰ろう。
「そうか、では話は終わりだ! チャンスをふいにしたこと、悔いるがよい!」
「あ、ちょっ……」
「さらばだ鳥宮篥! はーっはっはっは!」
◇ ◇ ◇
高笑いとともに去っていく大原くん。
廊下に出た途端、ダッシュしたのは気のせいではないはず。さすがに厨二病キャラは恥ずかしかったらしい。
「あー、逃げられた」
ため息をついて天井を仰ぐと、遠巻きにしていた友人たちが近づいてきた。
「リツ、おつかれー」
「今日もまた盛大にイチャついてくれたねぇ」
「これで付き合ってないって、どゆこと?」
うっさいな。私が聞きたいよ。
「のんびりしてたら、高校生活終わっちゃうよ?」
「夏休みも無駄にしちゃったしねぇ」
だって生徒会とか、色々忙しかったし! あいつ学校来ないから、偶然会うとかもなかったし!
「あと半年だよー。どうすんのー?」
「だから……今日、コクるつもりだったんだってば」
おおー、と上がるクラスメイトの声。口笛吹いてるやつもいるし。
なにみんなで聞いてんのよ、もう!
「オットコまえー」
「さっきここで話せと言われた時、言っちゃえばよかったのに」
いやさすがにそれは――小っ恥ずかしくない?
そもそも告白って見世物じゃないし。二人だけの甘酸っぱい思い出にするものでしょうが。
「なんだこの乙女は」
「かわいいかよ」
「でもさぁ。もうみんな知ってるんだから、いいじゃない」
「気づいてないのは本人だけという、ね」
「漫画か、て突っ込みたくなるよね」
キャッキャウフフと話す友人たち。
「……楽しそうね、あんたたち」
「そりゃあね」
にへー、と笑う友人たち。
「こんな面白コンテンツ、そうそう生では見られないし」
「告白イベントをことごとく粉砕していく、ちょっとアレな陰キャくん。しかしその実態は、隠れイケメンにして学校一の秀才くん」
「わが校最強美少女は、果たして攻略なるか」
言語化されると、マジで漫画だなぁ。
「卒業までに、決着つけてよねー」
「できればハッピーエンド希望」
い、言われなくてもそのつもりだっての。
くっそー、みてなさいよ、大原潤。明日こそ決着つけてやるからね!
「明日、祝日だよー」
ぐっ――じ、じゃあ――明後日こそは。
明後日こそは、決着つけてやるからね! 首を洗って待ってなさい、大原潤!