第9話 兄弟子と姉弟子
あれから一週間。俺はアリシェさんと共に、『お父様』の居城の中庭に面した一室で三人と向かい合っていた。
ひとりはミスレア先生――押し問答の末この呼び方に落ち着いた――と、あと二人は子供だった。釣り目でいかにも勝気な感じの赤髪の男の子と、くるくるとカールした銀髪にいかにも貴族ですといった華美な装束の女の子だ。
女の子の方は微笑みを浮かべて俺を……上から下まで見ているが、男の子の方は不機嫌そうにそっぽを向いている。
一緒に魔法を学ぶことになりました、とミスレア先生が俺を紹介してくれたので、ひとまずアリシェさんにならった通りの挨拶を済ませる。男の子の方は聞こえるように「けっ」と悪態をついてきたためアリシェさんの眼光が鋭くなってきて気が気でないが、女の子の方は「まぁ」と相槌を打って、俺にあのコーツィみたいな挨拶を返してきた。
「お初にお目りかかりますわ、エリシェン・アイリエ様。わたくしはレティシア・ルストール・レカビィ。最近お目を覚まされたとのことでご存じないかもしれませんが、エカビィ伯の娘ですの。同じ貴族としてよろしくお願いしますわ」
女の子はやっぱり貴族だったようで、握手のために右手を出してきた。確か、名前に父称をつけることで敬称の意味があったっけ。『お父様』がアイリだから、俺の名前のエリシェンに父称形のアイリエをつけるんだった。最初にこの話を聞いたときは、アイリさんの娘のエリシェンちゃんみたいな言い方で敬称なのかと感心したものだった。
そんなことを思い出しながら、この世界でも握手はあるようで、俺もレティシア嬢に合わせて手を握り返す。
「高名なアイリ・ティトマール師のご息女と知己を得ることができてうれしいですわ」
「こ、こちらこそ。レティシア・ルストール様」
彼女は相変わらずその微笑を返すと、息を一つついて、いたずらっ子のような笑みに変わった。
「ご学友になりますもの。ここからは、エリシェンさんとお呼びしても? わたくしもレティシアとお呼びくださいませ」
ウィンクしてくる彼女に俺は思わずレティシアさんと答えた。
「…………」
「ほら、貴方もご挨拶なさい、リュック」
レティシア嬢はリュックと呼ばれた男の子へ向いて促すが、彼はむすりとした表情のまま動こうとしない。どうしたものかと視線を彷徨わせていると、レティシアさんがミスレア先生に声をかける。
「……ミスレア先生」
「はいはーい。ほらリュックもご挨拶しないと、お姉ちゃんまたぎゅーってしちゃうわよー」
「げっ」
前世ならお金を払ってでもしてほしいという人が出てきそうなミスレア先生の言葉だったけど、年頃の男の子にとっては呪いの言葉に等しいようで、この世の終わりのような顔をしたリュックくん? は舌打ちをしてから、嫌そうな表情で中庭の方を向いていた身体を俺の方へ向けた。
「リュック・フェブル。お前たちお貴族サマとは違って平民だ」
そう言ったリュックくんは、もういいだろとばかりに壁際まで歩いて、そのまま壁に体重を預けて目を瞑っていた。