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第2話 勇者になれと言われても

 俺――猪野祐いいの・ゆうの人生の終わりはあっけないものだった。大学の研究室で徹夜して、眠い目をこすりながらの帰宅。幼稚園の集団登園の列とすれ違うとき、車が突っ込んできた。巻き込まれそうになった園児を突き飛ばしたまでは良かったけど、俺が逃げ遅れた。


 ぶつかられたのだろうか、引きずられたのだろうか。記憶にないのでそれはわからない。ただ、次の瞬間俺は法廷の証言台のような場所に立っていた。


「えっ、なにここ」


 目の前には一段高いところに座る神経質そうな眼鏡の男。その左右にも不健康そうな男が座る。一瞬呆けてしまったが、そうだ怪我は、と俺は体をぺたぺたと触るも、どこにも傷はない。


『……罪状は?』


『逆縁です。登園中の園児三人を庇って轢かれたと報告が』


『親不孝だが情状酌量の余地ありか。説教の後で魂は漂白して送り返してやれ』


「あのっ!」


 俺が声を上げると、前の机の三人は面倒くさそうに視線を上げた。


『何かね。君の生涯も死因も明らかなのでこちらから聞きたいことはないのだが』


「あ、やっぱり死んだんスね、俺……」


 考えたくなかったが、状況が状況なのでやっぱり、といった感じだった。しかし地獄の法廷というのは想像していたよりお役所じみたところらしい。というかみんなスーツなんだ。


「……俺、どうなるんですか?」


『親に先立って死んだのだ。不幸をまき散らしたことを咎められるが、事情が事情だ。大事にはならん。それが終われば新たな命として送り返すことになるだろう。無論、記憶はなくなるが』


「あの、親父はどうなりました?」


 閻魔大王ポジションらしい目の前の男に、そっと聞く。男手ひとつで育ててもらった手前、どうしても気になってしまう。


『管轄外だ。それを伝えることはできん』


「そう…ですか」


 俺は下を向く。ただ、ろくなことにはなってないだろうことは想像がついた。思わず両手を握りしめていたことに気づき、慌てて前を向く。


『後がつかえている。次の者を――』


『やっほーヤーマちゃん! スカウトに来たよ!』


 メガネ閻魔様が右隣の書記官っぽい人? 神? に指示を出そうとしたところで、この法廷に軽薄そうな声が響いた。というかあの閻魔様ヤーマって名前なのか。


『……帰れ。仕事中だ』


 ヤーマ様が迷惑そうに眉間にしわを寄せる。いつの間にかその後ろには、トガっぽい真っ白で緩やかな服を身に着けた金髪の男性が立っている……いや、ヤーマ様の両肩に手を置いてすり寄っていた。


『僕も仕事中だよ。ちょっとこっちの世界で欲しい魂があるんだよね』


『ここは罪人の魂しか扱わない。他を当たれ』


『いや、ちょっと自己犠牲精神のある()がね……って、おおっ!』


 金髪の神? が俺をみて大きな声を上げた。


『いいね、いい死に方してるよ君ぃ!』


 そんな理由で褒められたのは初めてだ。唖然とする俺を無視して、この神は俺を指差したまま興奮して喋り続けている。


『ヤーマちゃん、この()欲しい』


『帰れ』


『やだよ。こんなに都合のいい魂あるなら使わせてよ。新規に魂ガチャするのだってタダじゃないんだから!』


 そういうが早いか、この神は机を飛び越えて俺の方に歩いてくる。その間に左の書記官っぽい方の頭を蹴飛ばしていたけど、見なかったことにしよう。


『ふむふむふむ。君は遺していくお父さんがどうなるのかが未練のようだね?』


「え、あ、はい」


『いいね、いいよ、素晴らしい! 自分のことじゃないあたりがますますいい。君、うちの世界の勇者にならない?』


「勇者?」


 何を言っているんだろう、この人? は。後ろの閻魔っぽい方は右手で眉間をほぐしながら、書記官から資料を渡されている。もう放置を決めたようだった。心なしか資料を見た瞬間に片手で頭を抱えたように見えるが。


『そうだなー、うちの世界、君たちで言うところの剣と魔法の世界? みたいなところなんだけど。面倒くさい魔王クンが力持ちすぎちゃってね。このままだと世界滅んじゃいそうだから、テコ入れしようと思ってね』


「はぁ」


『直接介入はできないから、ありったけの加護をつけて勇者を生まれさせたくてね。それに見合う魂を探してたんだ。それが君さ』


 金髪の神様は指をちょちょいと振ると、ホログラムのように魔物と人間の戦っているところが映し出される。戦っているといっても、魔物が人間を蹂躙しているようにしか見えない。


『別世界の魂だから君の許可があればゴリ押――推薦できるんだ。だからちょっと人助け? 神助けだと思って頷いてくれないかな。ああ! もちろんお礼はするよ?』


「お礼、ですか?」


『そう! そうだね、君はお父さんが心配なんだから、今後生活に困らない程度に、彼に僕の加護を与えよう。君も心配事がなくなるし、僕も働きづめから解放されて休暇がとれる。全員得するいいアイディアでしょ』


「そ、そうっスね。じゃあお願いし――」


『え? いい? ほらヤーマ、いいって! じゃ手続きよろしく! 僕は今日から二十年くらい休暇取るから!』


 すごい、後光って本当にあるんだ、と光り輝いているこの神は、食い気味に舞い上がると、下に向かって手をかざして、えいと声をかけた。


『さて、お父さんはもう安心していいよ。頑張った分だけ報われるくらいには運がよくなるから』


「あの、俺は何すれば……」


『うーん、勇者になって魔王を倒すか力弱めてくれればいいよ。まぁ、僕の担当世界に転生するときに記憶はなくなるから、気にしなくてもいいさ。適当に神託でも投げておくから安心して周りの言う通りにしてればいいはず』


 それじゃ! と言い残し指を鳴らすと、次の瞬間にはこの神様の姿はどこにもなかった。


『済んだか?』


 資料から目を離して、前の机に座るメガネ閻魔様は聞いてくる。はいと答えると、彼は俺の右手奥に浮かぶ扉を指差した。扉だけが浮いている不思議な光景だった。


『そこから出てまっすぐ進んでくれ。次来た者を転生させるように伝えておいた』


「わかりました」


 俺は頭を下げて、扉だけが浮かんでいる前に立ち、取っ手を引く。扉の向こうには廊下が続いていて、俺は足を一歩踏み出した。


 ――地面に足を引きずり込まれる感覚がした瞬間、俺の意識は暗転した。


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