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第10話 はじめての魔法

 アクリューム伯家の鬼才。魔法の天才。最年少の認定魔術師。全属性の魔術師。時を止める女。魔法学院が生んだ最高最悪の魔女。空飛ぶ厄災。溜池製造の第一人者。そして、変態。ミスレア・クォーリー・ラクリューム先生について、俺がこの授業までに城に勤める人たちに聞いた評判である。最後はアリシェさんからというのは言うまでもないが、たいがいアレな称号がたくさんあるあたり、そういう人なんだろう。このラインナップに溜池製造なんて、どう考えても前世で言うところのクレーター製造機とかそういうニュアンスの二つ名だろ。


 なお『お父様』からは「よくわかっている子」との評だった。アリシェさん曰く史上最高の魔術師という『お父様』の「よくわかっている」ってだけでもきっと相当なんだろう。


 ……そんな彼女の恐ろし気な評判が、嘘偽りのないものだということの一端を、俺は今目にしていた。


 ミスレア先生が、「エリシェンちゃんは最初だから派手なの見せてあげるわ」と腕まくりしていたので、嫌な予感はしていた。兵の調練がたまに行われるくらいの中庭に移動して、俺たちはミスレア先生の後ろで彼女が文字通り右腕を振るうのを見ていた。


 ――一瞬の爆炎。中庭に赤い炎の柱が立ち上った直後、領兵訓練用と思しき藁人形が黒い影となって赤い炎の中に照らし出された。直後、赤い炎は穏やかに青くなり、俺たちのところまで熱波が襲ってくる。ミスレア先生が人形へ向けていた右手はそのままに左手を振り上げると、熱波は上空へ吸い上げられた。それでも輻射熱がちりちりと肌を焦がしてくる。


 ミスレア先生が右手をまるで炎を消すようにはたくと、薄く青白く輝く柱は一瞬で立ち消え、その地面には鈍く赤く光るモノが生まれていた。


「……ってな感じで、炎の魔法はこんな風になる――」


「さっさと水かけなさいこの変態!」


 ふふん、と声が聞こえそうなドヤ顔を見せるミスレア先生は、アリシェさんに怒鳴りつけられ、しぶしぶ右手の人差し指をくるくると回して、ごく小さな滝を生み出していた。ジューという音とともに、中庭中を水蒸気が覆う。後で見せてもらったけど、炎の柱のところの地面は砂地から黒曜石のような光沢あるガラス質の板に変わっていたのだった。……砂が融けたってことは千数百度から二千度行ってるってことなんですが。


「……久々に拝見いたしましたが、すさまじい威力ですわ」


「ほ、ほら、ラブラ嬢。私すごいって――」


「いいからもっと冷やしてください」


「あ、はい」


 冷や汗をかくレティシアさんの呟きを拾うミスレア先生だけど、アリシェさんのひと睨みでそのまま消火活動に戻ることになる。


「見た目は地味になってるけど、熱が凄まじい……」


 汗を拭いながらリュックくんもレティシアさんに同意していた。湿気は感じるものの、あの強烈な輻射熱は感じなくなっていたが、俺たちの記憶にまだ煌々と輝いていた。


 そんなリュックくんの感想に、ミスレア先生は相変わらず水を撒きながら感心する。


「おぉ、さっすがリュックくん。よく観察してるわぁ。アレは――」


「――炎が青いからですか?」


 俺がそう()くと、ミスレア先生は黙った。


 えっ、なんでそんなに真顔なんですか。


「……これだから子供は。どこで聞きかじったか知らないが、湯の花(硫黄)は炎を青くするけど、燃素をより揮発させるなんて効能はないぞ」


 ミスレア先生の方を見ていないのか、リュックくんは俺をバカにしたように見る。いや、君も今の俺ほどじゃないにしても少年と言っていい年齢でしょ。


「土魔法と炎魔法のダブルキャスト持ちが花火として利用しているが――」


「え、あ、炎色反応じゃなくて」


「炎色反応?」


 リュックくんがポカンとしている。レティシアさんに助けを求めても、首をかしげるばかりで、ミスレア先生は真顔のまま。


「お嬢様、旦那様に教えられた(・・・・・・・・・)ことは一般的ではございませんので、順を追ってお話すべきかと」


「そ、そうでした」


 アリシェさんが助け舟を出してくれた。ここはありがたく乗っておこう。


「空気をしっかり送って炎を燃やせば、燃え残りがなくなって炎の温度がどんどん高くなって、それに従って色が赤から青に変わっていくんです」


「いや、ならないだろ。うちの実家(鍛冶屋)じゃみんな(ふいご)で空気送って鉄打ってるんだぞ。火は赤から白にはなっても青くはならないだろ」


「それは……送る空気がそのままだから。ものを燃やすのを助ける空気を送れば――」


「……正しいわ」


 ミスレア先生が俺の言葉を遮る。さっきまでの張りのある声ではなく、少しトーンが低い声だった。


「エリシェンちゃんの言うことは正しいの。緑魔法と光魔法を使うと、ものを燃やせる空気が作れるのよ。それを炎と一緒に動かしたのが、私の改良した『青炎魔法』」


 先生は溜息をついて項垂れた。


「追いついたと思ったんだけどなー。まだまだだったのねぇ……」


「ミスレア先生?」


「はぁ……ううん、君たちは気にしないで。よーし、次からはエリシェンちゃんにも魔法を使ってもらうわ。楽しみにしておいてね。リュックくんとレティシアちゃんは今日見たことをまとめること。いいわね?」


「わかった」「わかりましたわ」


 ……と、いい話っぽく帰ろうとするミスレア先生の頭を、アリシェさんが掴んで後片付けをさせることとなった。


 普通の炎が赤い理由は不完全燃焼により(すす)つまり炭素が炎の中で赤色に光るからです。コンロやガスバーナーのようにちょうどよい空気を一緒に送り込んで完全燃焼させれば煤がなくなり炎は青くなります。ミスレア先生のは酸素濃度上げてやるのでもっと高温になります(酸素バーナーと同じ原理)。

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