第1話 パパと呼んでくれ!?
――どこだここは……?
――俺は何して……。
朦朧とした頭を起こし、俺は周りを見渡す。
歴史を感じさせる、装飾にまみれた椅子、机、自分が寝ているベッド。中世? 近世? バロック? ロココ? いや、言うほど華美華美してないからやっぱり中世? まあいい、ヨーロッパの由緒あるお城やお屋敷といった感じがする空間に俺は寝ていたようだ。
――バタン。
大きな音がした方を見遣ると、どんな巨人の家だというほどの扉が開け放たれたままになっている。誰かこの部屋にいたのだろうか。関節を動かすたびにポキポキと音が鳴り、身体が上手く動かないなか、俺は酷く他人事にように視線を巡らすしかなかった。両手を握ったり広げたりしてみる。思ったよりワンテンポ遅れて反応する身体がもどかしい。溜息をついて両手を眺める。
――ん?
違和感。見慣れた手より小さいような? 俺が手をボーっと眺めていると、遠くから石に何かを打ち付けるような……いや、足音が複数近づいてきた。中途半端に開かれた巨人用扉が勢いよく開かれる。
現れたのは、白髪交じりの男と、メイド服を着た女性だった。
「――っ!」
ロマンスグレーという言葉が真っ先に思い浮かぶその男は、せっかくの顔を感極まったとばかりにくしゃくしゃにして、震える手足でゆっくりと俺に近づいてくる。切れ長の目のメイド服の女性はその数歩後ろを黙って歩いてくる。
「ついに、目覚めたんだね……ようやく、ようやく……」
見た目よりやや高い声で近づいてきた男は、俺の目線に合うようにしゃがんで、そして俺の両手を取る。随分熱烈な握手だなと思っていると、このおっさんはとんでもないことを言い出した。
「さぁリーシャ、パパと呼んでくれ」
「は? 何言ってんのおっさ…ん……っ!」
思わず手を振りほどき口をふさぐ。俺の口から漏れ出た声は、俺の知っている俺の声ではなく、鈴の鳴るようなそれだった。なんだこれ……こんな高い声……女の子みたいな声、俺は知らない。
「旦那様、お嬢様は目が覚めたばかりで混乱していらっしゃるご様子。しばしお休みになられたほうが」
俺が呆然としていると、メイド服の女が男にあまり感情のこもっていない声で告げる。男は、ああ悪かったねと言って立ち上がると、
「リーシャ、しっかり休んでまた元気な姿を見せておくれ」
そう言い残して再びあの大きな扉から、名残惜しそうに今度はゆっくりと出て行った。
音もたてずに扉が閉じられる。扉を閉めたメイド服の女と俺、二人だけが部屋に残された。
「……どちら様でしょうか。お嬢様ではありませんよね?」
「それはこっちが聞きたいよ……」
振り返りながらの平坦な口調による圧力に、俺はそれだけ絞り出すように呟いた。
こちらでは初めまして。久間知毅です。
なろうでは初投稿となります。普段は近代欧州史を中心に、他、艦これ二次創作なども書いておりますが、ここ数年異世界転生モノも書きたいなぁと思い、筆を執りました。
今後とも、飛ばされたリーシャともども、よろしくお願いいたします。