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ケット・シーは夜中の蝶

作者: 桜枕
掲載日:2022/04/19

 私は初めて主人に反抗して家を飛び出した。


 「実家に帰らせていただきます!」と啖呵を切りたかったが、そんな事を言う勇気のない私は無理矢理にでも玄関の扉を開けて、裸足のまま家の外に駆け出す事しか出来なかった。



 普段から真夜中の町に出かける習慣はない、というよりも滅多に外出しない私にとって視界に映るもの全てが新鮮だった。

 しかしながら、この地に越してきて何年も経つというのに土地勘の無い私は自分がどこに居るのか、どこに向かっているのか分からず、遂には狭い路地へと迷い込んだ。



「これはこれはお嬢さん。貴女のような方とこんな夜更けに、このような場所で出会えるとは――」



 暗闇から現れた黒猫さんは野性味溢れる足取りで近づき、値踏みするように私を見つめる。

 落ち着きのある声は怖い印象を与える事はなく、気付くと出会ったばかりの黒猫さんに身の上話をしていた。



「――ほぅ、そんな事が…」



 私が嵌めているリングは永遠を誓った証であり、パートナーがいることを周囲に知らせる為の印でもある。

 しかし、それは時に私を縛り付ける拘束具ともなり得るものだ。

 折角のプレゼントだから大切にしたいという想いもあるけれど、たまに喧嘩した時は「今日はしたくない!」という感情が湧き上がる事もある。

 この気持ちは声に出さない限り、主人には伝わらないのだろう。



 私とは違い自由な黒猫さんは好きな場所へ行き、好きな物を食べて、好きな時に眠るらしい。

 そんな生き方も悪くないかもしれない。



「お嬢さんにこの生き方ができるとは到底思えないな。早くお家へ帰って、暖かいお布団に潜ってみてはどうだろうか」



 黒猫さんの言う通り、実家がどこにあるのかも忘れてしまった私の帰る場所はあの家しかないのだ。



「嫌な事があれば、いつでも来れば良い。ただし、必ずここに居るかは約束できないがね」



 私は黒猫さんを振り返らず、主人の待つ自宅へ向かって軽快に走り出す。

 玄関の前に着くと自動で扉が開き、焦燥感に駆られた主人が出迎えてくれた。



 たとえ喧嘩をしたとしても私の主人はこの人だけで、こんなにも心配して大切に抱き締めてくれる。

 

 壁紙を引っ掻いてゴメンね。心配してくれて、ありがとう――。




 そんな気持ちを込めて、私はご主人様の腕の中で「にゃあ」と鳴いた。

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