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◆◆◆
人の殺意には、敏感なロジリアだ。
気づきたくもないのに、強い負の感情には、自然と体が反応してしまう。
セツナの物言いを引き継ぐのなら、これこそ、魔物だからこその特殊能力なのかもしれない。
「…………あの? 殿下は、まさかの自殺願望があるようなので、死ぬのなら、今が好機だと思いますよ」
「いや、私のは自殺願望ではないぞ。好奇心の賜物だ」
「…………痛ましい好奇心ですね」
「なんだ? 刺客……か。狙いは誰なんだ?」
「殿下ですよ。私を狙っているのなら、わざわざこんな手のこんだことしなくても、いくらだって好機がありますから」
気配を殺してはいるが、武器を構えた数人がここに迫っている。
まだかなり距離はあるようだが、彼らの息遣いを、ロジリアは過敏すぎるくらいに、感じ取っていた。
彼らは隙を突こうとしているのだろうが、ロジリアには丸わかりだ。
――二人……いや三人か。
セツナもロジリアの緊迫感ある様子から、嘘ではないことを感じ取ったらしい。
「これは良からぬ展開だぞ。私がもし、ここで殺されてしまったら、間違いなく、お前が犯人にされる。お前は良くともお前の『普通の弟』は困るかもしれないな」
「それで、私を脅しているつもりですか?」
「いや、私は純粋に怖がっているのだ」
ここまで不遜に怖がっている人を、ロジリアは見たことがない。
「こういう時の棺ですよね? 隠れたらどうです?」
「馬鹿な。棺ごと串刺しにされるぞ」
「はっ?」
「刺客が私狙いだということは……。私が人払いをして、ここにいることを知っているということだ。絶対対、内部犯だろう? 私が棺にこもる習性があることも当然知っているはずだ」
「そういう時だけ、頭の調子もよろしいようで……。ちなみに、ここに隠し通路はないのですか?」
「ないな。外の井戸まで行かないと……」
…………ああ。
(…………終わったな)
ロジリアの徒労も、すべて無駄だったということだ。
こんなことなら、部屋で大人しく情報収集に専念していれば良かった。
入り口も出口も一つ。
窓もない。
―――逃げ場が、どこにもないのだ。
「何で、私がこんな目に……」
溜息のつもりが、再び空咳に変わってしまった。
本当に、ここの空気は澱んでいる。
……それでも。
ここで倒れることが出来ないのなら、ロジリアがやるしかないのだ。
「隠れて下さい。殿下」
「……しかし」
「いいから」
短く指示すると、ロジリアはセツナを庇うように前に出た。
示しあわせたのだろう。
刺客たちは隠していた殺気を全開し、部屋になだれこんできた。
――予想通りの三人。
蝋燭の淡い光が風圧で、ゆらりと揺れる。
刺客たちは、白い布で顔ほ覆っていた。
そして、ロジリアが前に出ていても、動じていなかった。
あらかじめ、ロジリアがいることを知っていたということだ。
(やっぱり、殿下の言うとおり、内部犯の可能性が高いということ? でも、私はサフォリア国内の問題に、時間を取られる場合じゃないのよ)
ロジリアは、胸元の十字架の首飾りを強く握り締めた。
――と、同時に、狙いを定めた刺客たちが剣を突き出し、勢いよく飛び上がって、ロジリアに殺到する。
唇を噛みしめ、ロジリアは目を閉じた。
空気の流れを感じ、身体の奥底から、力を捻りだす。
……ありったけの気合を込めて。
―――括目した。
ロジリアの金色の瞳が、暗がりに浮かび上がる。
セツナの言う通り、まるで猫のような……魔物の瞳だ。
(やっぱり、聖女なんかじゃないわよね……)
この世には、金色の瞳の化け物が存在している。
(その力の一部を、私は押しつけられたんだから……)
刺客の男たち、それぞれに金色の目を合わせる。
魔力を持った双眸は、金縛り効果を持っていた。
――転瞬。
ロジリアに剣を突き立てるほんの手前で、刺客たちは、けたたましい音を立てて、その場に倒れ伏した。
何人たりも、ロジリアの身体に傷をつけることはできない。
瞳を合わせることで、相手の身体を拘束し、操る力。
それこそが、ミガリヤの国王が認めた、聖女ロジリアの力だった。
もっとも、荒っぽい力なので、ミガリヤ国王の前で一度しか披露はしていないし、力の消耗が激しいこともあって、国王はロジリアの力の無意味さを早々に悟ったようだった。
もしも、この力が継続的に使えるようであったら、ミガリヤ国王とて、ロジリアが逃げ出さないように、もっと入念な計画を立てたはずだ。
「…………圧倒的だな」
背後で、セツナが息をのむのが分かった。
散々、適当なことを口走っていたくせに、彼なりに動揺しているらしい。
「ご覧になりましたか? 殿下、これが魔物の力ですよ」
平然と皮肉を告げたつもりが、駄目だった。
力を使った代償がすでにロジリアの身体を蝕んでいた。
喉の違和感に負けて、少し唾液を飲み込んだら、待ち構えていたかのように、咳の発作が止まらなくなった。
「ごほっ、ごほっ、ごほっ」
「おっ、おい? お前、大丈夫か?」
呼吸困難を防ぐため躍起になっているロジリアに、ようやくセツナも我に返って、立ち上がった。
「とにかく、殿下は早く、こいつらを捕らえて……」
ロジリアは涙目になりつつも、気を抜くと、真っ暗になりそうな世界を懸命につなぎ止めていた。
しかし、セツナは床に転がっている刺客たちには見向きもせず、背中を丸めて、その場に膝をついたロジリアの背を両手で擦ってくる。
一体、何を考えているのだろう。
この王子は愚かだ。
「おい、大丈夫か? 水を持ってこさせようか。あと、医者も……」
「殿下……」
(まったく、何してんのよ?)
おもいっきり怒鳴りたい。
でも、声が出ない。
ロジリアが心配していたとおり、その隙に、刺客たちは体勢を建て直し、足を引きずりつつ、外に出て行ってしまった。
もっとロジリアは刺客たちを傷つけておけば良かったのかもしれないが、いや、それでもロジリアは精いっぱいのことは、してあげたはずだ。
「殿……下」
「ああ、うるさいな」
まるで、こちらの言うことをきかない。
だからこそ、王子様なのだろう……。
(まったく、何やってんのよ。こっちは命がけで暗殺阻止してやったのに……)
……息が苦しい。
怒りに打ち震えていても、二度も同じことを言う元気がなかった。
「……お前、魔物の割に、力を使うと体に負担がかかるのだな」
セツナが神妙に呟いた。
何度も背中をさすってきたので、摩擦で背中が温かくなってきた。
ミッシェルの手より、大きい分、効果がありそうだ。
「私は、だい……じょう……ぶ」
至近距離から覗きこんでいるセツナの顔を、ロジリアは、おもいっきり押し退けた。
この程度のことで、同情などされてたまるものか……。
「しかし……」
「……ちょっと、風邪……気味なだけです」
よろけながら、更に距離を置こうとした。
――だが……。
「待て待て。本当に、ちょっと待て」
がっしりと、下から腕を取られた。
意外なほどに力強く感じたのは、ロジリアに体力がなかったせいなのか……。
「お前、風邪ではないな」
セツナの一言は、確信に満ちていた。
「―――何で」
そして、ロジリアもようやく自分の身に起きたことを悟った。
点々と床を移動する赤い染み。掌から滴り落ちる生温かい感触は……。
「お前……血まみれだぞ?」
「……あ」
その時、ロジリアの脳裏をかすめたのは、吐血している現実よりも、稀少本の弁償代金についてだった。