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「どうして、ここに?」

「………………殿下? セツナ殿下がこちらに?」


 エレカが大仰に腰を抜かして、よろめいていた。


「しっかりして。エレカ!?」

「聖女さま、おかしいです。今まで、ほとんど、御身を晒されなかった殿下が、現実世界でお言葉を述べられています」

「……何か……現実世界に、生息はされているみたいね」


 セツナは城内で給仕をしている人間とっては、珍獣の王者のような存在らしい。

 エレカを支えつつ、ロジリアは暗がりに目を凝らした。

 暗くて、静かな空間に、そぐわない派手な金髪が輝いていた。


「何を二人しておののいているのだ? 私の城だ。どこにいたって良いだろう?」

「いや……まあ……本当に、そうなんですけど」


 問題はそこではない。登場の仕方だった。

 部屋の奥から出てきたのは、最初からここに潜んでいたということではないのか?

 明かりが漏れていたのは、セツナがここにいたからだ。


「一言くらい声をかけて下されば?」

「私は今まで寝ていただけだぞ。ここら一帯を人払いして、棺二号の中にこもって、うたた寝をしていたのだ」

「棺……二号」


 おぞましい。

 まさかの『棺収集家』だったとは……。


(しかも、人払いをしていたから、警備が甘かったなんて……)


 城主の命令では、誰も逆らえないではないか。

 セツナは、歩くたびに本の山を崩しながら、エレカとロジリアの前にでてきた。

 彼の背後には、棚だと思っていた空間に四角い黒い箱が立てかけてある。


 ――あれが、棺二号のようだ。


 それにしても、彼は起立した姿勢で、あんな窮屈な場所に立てこもっていたのだろうか。


「……棺は、死ぬ時に入るもので、こもるためのものではないと思い……ますが?」

「しかし、いずれ入るものだ。慣れておいた方がいいだろう」


 ……もう、何をどう突っ込めば良いのか分からなかった。


「殿下、大変失礼いたしました」


 我に返ったエレカが膝を折り、たどたどしく、スカートの端を摘んで一礼する。


「殿下は自室に閉じこもっていて、ほとんど外に出ないと伺っておりましたので、こちらにいらっしゃるのが信じられず……」

「そうだな。滅多なことでは、部屋を出ないのだが、近々、やって来る育ての親について、思いを馳せていたら、地下に逃げたくなったのだ。ああ、そうだ。お前たちも、話し疲れたのではないか? 特別に、私の棺に入れてやっても良いぞ」


 まさかのとんでもない提案を、はにかみながら、されてしまった。


「えーっと」

「あっ! そうでしたっ!」


 何とも言えない空気を繕うように、エレカが大声を轟かせた。


「私、何をしていたのかしら! そろそろ、お偉い方がいらっしゃるから、忙しくなるってメイド長が仰っていたのに。早く仕事に戻らなければ!」

「ヨハンのことだな」

「……ヨハン……」


 ロジリアが小さな声で呟くと、やけに耳の良いセツナが片眉を吊り上げていた。


「もしかして、お前、ヨハンのことを知ってるのか?」

「いえ。まったく、存じ上げませんが?」


 その人物が来訪する話が出たせいで、サフォリアに入国の許可を取り付ける機会が流れたのだ。

 完全な八つ当たりで、ロジリアはその名を覚えていただけだったのだが……。

 セツナは、頼んでもいないのに、ぺらぺらと説明を始めてしまった。


「実はな、そのヨハンというのは、私の養父でカナンの義父なのだ。ここの侍従長をカナンに継がせて、隠居していたはずなのに、突然ここに来るなどと言い出してな。私は怖くて怖くて、昼寝もできなくて」

「誰かにこの恐怖を話さずにはいられない体になってしまった……と?」

「そう、まさに、そのとおりだ! このままだと私は、不眠のあげく、どっかの血管が切れてしまうかもしれない」

「大げさな。育ての親かもしれませんが、それでも城主さまの家臣じゃないですか」

「…………死人が出るかもしれないぞ」

「死人……」

「そんなっ!?」


 その一言に竦みあがったエレカは、よろめきながら立ち上がった。


「私、ヨハン様とは、初めてお会いするので、粗相そそうがないようにしないと。殿下、全速力で戻らせていただきます!」

「まあ……ヨハンが来ると言っても、そんなに支度を急ぐこともないだろうが……。ともかく、ここに私がいることは、皆には黙っておくんだぞ」

「承知いたしました!」


 エレカは、身を縮ませて何度も首肯すると、あっちこっちに体をぶつけながら、その場から立ち去ってしまった。


「…………あれ」


 ――てことは。


(私、取り残された?)


 つまりは、そういうことだ。

 しかし、エレカとは今ここで会ったばかりなのだから、別に置き去りにされたわけではない。

 この青年が目前にいることが想定外なのだ。


「……さて。何やら、二人きりになってしまったわけだが」

「そ……ですね」


 隣で、セツナがにやにやしているのが気持ち悪い。

 つい先程まで城主と二人という展開を、ロジリアは切実に望んでいたはずなのに、念願が叶ったくせに、怖気づいている。


(しっかりするのよ。私! とんでもない変態に対して、私の本能が警戒しまくっていたとしても、望むところじゃない。この機に、私のサフォリア上陸を認めさせて……それで)


 ロジリアは一歩後退してしまった足を、気合いで三歩、前に踏み出した。……が。

 

「まさか私を追って、こんな所まで来るとはな。金色ロードアイ

「へっ?」


 突如、セツナが意味不明なことを口走ってきた。


「あの、城主さま?」

「その呼び方は好きではない」

「では、殿下」

「まあ、それなら、マシか」

 

 殿下でマシなのか。

 だったら、一体なんと呼ばれたいのか?


「大変失礼だと思いますが、少々寝ぼけていらっしゃるのでは? 私は殿下を追ってなんて……」

「んー。普通にしていると、琥珀色なんだがな」

「はっ?」

「………金色ロードアイ。金色の瞳は我が国では、魔物の目だと、創国神話で伝わっている」 

「初耳です。私の目は、そんな色をしていませんが?」

「そうだな。今はどう見たところで、琥珀色だ。しかし、興奮すると金色になる。朝、お前の瞳の色は、確かに金色になっていた。私以外は気づかなかったようだがな……」


 セツナは、しっかりとロジリアを見ていたようだ。

 もし、最上階の私室から見ていたとしたら、本人の言うとおり、とんでもない視力を持っているということになる。


「どうして、そんなことを訊くんです?」

「女中と、創国神話の話をしていたからな。ついでと思って教えてやったのだ。やはり、お前自身は、なにも知らないようだ」

「……ミガリヤで、金色の瞳は聖女なのです。サフォリアとは違いますよ」


 確かに、たまに瞳の色が金になっていることがあるのは知っていた。

 それをネタに、上手くミガリヤ国王に取り入ることが出来た経緯もある。

 しかし、ミガリヤでは聖女扱いなのに、サフォリアでは魔物だったとは……。


(まあ……魔物の方が、しっくりくるけどさ)


 ロジリアにその瞳を与えた者は、間違いなく魔物だった。

 なにしろ、自分で魔物と名乗っていたのだから……。


「私としては、金色の瞳の魔物が聖杯を奪いに来たという方が、辻褄が合うがな。それに、その方が面白い」

「聖杯について、殿下はご存知なんですか?」

「ああ。もちろん、私はサフォリアの王子だ。聖杯のことは、嫌でもよく知っている」

「…………意外です」

「どこにあるのか、知りたいか?」

「ご存知なら、教えて頂けると、助かります」


 もしも、場所が分かったら、ついでに聖杯を奪って、ミガリヤに戻れば良い。

 そしたら、ミッシェルが王に咎められることはないだろう。

 ……しかし。


「…………あるといえばあるし、ないといえばない」

 

 何だ……それは?

 

「殿下。それは、謎かけですか?」

「本当のことだぞ?」

「そうですか」


 ロジリアは、腕を組み、それについて、少し考えようとして……やめた。

 こんなことをしていたら、ミッシェルに追いつかれてしまうではないか。


「……腹を立てているな。娘」


 セツナは白の外套をはためせながら、こちらに近づいてきた。

 ロジリアは、今までこんなに他人と至近距離で向き合ったことがなかった。

 かつて美術館で見た宗教画の神様のような完璧な容姿をした青年が目前にある。

 だが唯一、その絵と違うのは、彼の双眸がぎらついいることだった。


「腕づくで、聖杯を奪いたいというのなら、ささっと、やってもらおうではないか?」

「何をです?」

「とぼけるな。お前は私を殺して聖杯を奪おうとしているのだろう? 躊躇ためらうことはない。その力をおもいっきり解放するがよい」

「……………………やっぱり、殿下……頭は大丈夫ですか?」


 ロジリアは燭台を下げて、セツナから目を逸らした。

 目が回りそうだ。


(何を言っているんだ。コイツ……?)


 怒鳴りつけてやろうかと、深呼吸をしたら、咳が出てしまった。

 そして、激しく咽ているうちに、ロジリアは、気づいてしまった。


「――殿下。貴方様は、私に殺される前に、すでに、お命が風前の灯みたいですよ」

「…………えっ?」 


 間抜けな声に、ロジリアは本気でセツナを殴りたくなった。


(どうせ、無駄なんだろうけど……)


 殺気を持った何者かが、この場に近づいている。

 ロジリアは、それを敏感に察知していた。

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