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◆◆◆


 城には、城主の脱出用に必ず隠し通路が確保されているはずだ。

 そして、それは大抵、城の地下にある。


 ロジリアは生まれてこの方、城に入ったことなど一度もなかったが、昔、そんなことが書かれた本を読んだことがあった。


 問題は、隠し通路をどうやって見つけ出すかだが……。


(ともかく、行かなくちゃ……)


 冷たい石の階段を、息切れしながらずっと下りて行く。

 やがて視界が薄暗くなって、地下に着いたことを、ロジリアは知った。


(怖いくらい、警備が緩すぎるわよね……)


 ここに至るまでに、使用人にも衛兵にも、一人も会わなかった。

 本当に、ここはこの国で二番目に偉い人物の居城なのだろうか?


(まあ、いいわ)


 難なく脱出できるなら有難いことだ。


 ―――だが、地下は本の山だった。


 暗い廊下に、溜息がでるほど、分厚い古本が積み重ねられている。


「こんなところに、本って……」


 地下には、奥の一室しか部屋がないようで、ロジリアは、部屋から漏れている光源を頼りに、乱雑に置かれた本を避けながら部屋へと向かった。

 明かりがあるということは、誰かがいる……ということだ。


(どうしよう? 違う道を、選んだ方が良いかしら?)


 見つかるのは、面倒だ。

 とっておきの力があったとしても、使わないで済むのなら、それに越したことはない。

 それに、ここは空気が悪かった。

 埃を含んだ冷たい空気はロジリアの肺には良くない。

 喉を刺激し、咳を誘う。

 空咳をしながら来た道を帰ろうとしたところ、しかし、咳込んで右往左往しているうちに、ロジリアは部屋の中に迷いこんでいた。


「なに……ここ?」


 廊下も凄まじかったが、部屋の中は更に壮絶な状態となっていた。


「……誰かいるの?」


 蝋燭の明かりの方に、咳の合間に声を投げかける。

 返答はない。

 結局、誰もいないのかと、奥に歩を進めると……。


「……おや、誰かいるんですか?」


 逆に、背後から灯りが近づいてきた。

 ――女だ。

 背格好で分かった。

 徐々に明るくなった視界を追うと、黒のワンピースに、白いエプロン姿の少女が眉を顰めて、ロジリアを覗きこんでいた。


「誰ですか……?」


 しっかり結い上げた栗色の髪に、フリルのついた帽子。

 それは、この城のメイドの格好だ。

 ミガリヤでは、馴染み深い髪色のせいか、それともミッシェルと年齢が同じくらいに見えたからか、何処となく、懐かしさを感じてしまう。

 彼女もまた、ロジリアの容姿をしっかりと確認したのだろう。


「あら、どうしましょう! 高貴な方のようですね?」


 大げさなくらい、驚いている


(替えのドレスに、着替えとけば良かったかしら……?)


 ロジリアの衣装は、高位聖職者の紫色をしている。

 ミガリヤ国内で旅をするには楽な格好も、この城内においては足枷だ。

 普通とは違うと札をつけて歩いているようなものかもしれない。

 もっとも、今更、後悔しても遅かった。


「私は……」


 ロジリアは、自棄気味の笑顔で、彼女と向き合った。


「私は、ミガリヤの……ロジリア。ミガリヤ国王の使者として、こちらに来たのです。でも、道に迷ってしまって……」


 後半部分は、少しだけ本当のことだった。

 勢いロジリアの握手に応じた少女は、怪訝な面持ちのまま自己紹介をした。


「ああ、そうですか。私は、ここのメイドをしております。エレカと申します」

「そう……エレカさん。よろしくね」


 何とか誤魔化せたと、ロジリアは内心ホッとしたものの……。


「あれ? でも、ロジリアさまって、ミガリヤの聖女さまですよね。聖女さまが我が国にいらっしゃったという話は、聞いていましたが、ずいぶんと大胆な道の迷い方ですね?」

「…………それは」


 残念なことに、ますます怪しまれているようだ。


「私、あまり外の世界に触れたことがなくて、こちらの城主さまと同じみたいなのよ」

「なんと……。セツナ殿下と一緒ですか。なるほど、それは大変ですね」


 なにやら、謎の同情までされてしまった。

まあ、彼女が納得してくれたのなら、結果的に良かったのかもしれない。


「でも、聖女さまは、幸運でしたね。ここは、この城で一番素敵な場所です。使用人も閲覧大丈夫な書庫で、お宝本の山なんですよ。仕事の合間に来るのに、とっておきの場所なんです!」

「お宝本……?」


 ロジリアは本には、まったく興味がない。

 けれど、この部屋の構造には惹かれていた。


(書庫なら、隠し通路の一つや二つあってもおかしくないわよね?)


 希望を抱いて、ロジリアは暗がりに目を凝らす。

 エレカから手燭を借りたロジリアは、部屋の奥に明かりを向けた。

 確かに、本の背表紙に書かれた題名からして、ミガリヤでは読んだことのない書籍の類だ。

 しかも、どれも、神術、魔術関係の書ばかりである。希少本というのは間違いないだろう。


「……すごいわね」


 ふと目に留まった赤茶色の本に、ロジリアは興味が湧いてしまった。


「創国神話って、初めて聞いたかも。聖書とは違うのね?」


 独り言のつもりだったのに、エレカは嬉しそうに反応してくれた。


「もちろん、まったくの別物ですよ。聖書は教えですけど、神話はレムリヤ教の成立までの話ですから。聖女さまは、ご存知なかったのですか?」

「……えっ……ええ。恥ずかしいことに」


 ロジリアは、自称聖女だ。

 信仰心なんて持ってやしない。

 聖書も神話にも、つい最近まで自分で読んだことすらなかった。


「創国神話は……ですね。その昔、サファリアもミガリヤも一つの国だった頃のお話なのですよ。レムリヤは世界の救世主で、信仰の対象となっていますが、実在した人物なのですよ」

「それは知っているわ。だから、言葉も通じるんでしょう?」

「そうそう。経典も一緒ですからね」


 興味深かった。

 特に、神やら悪魔に関する知識は、今後のためにも、ロジリアも知っておきたかったことの一つでもある。


「この大陸を支配するため、レムリヤが神々に助力を乞うたってことですよね。神は神具を渡して、彼を助けたとか……。レムリヤは、サフォリアの初代国王となるので、この国中心の話で、他国には広がりにくい神話かもしれませんけど」

「エレカさん、その……神具のことなんだけど?」

「ああ、エレカでいいですよ。私はここのメイドですし、聖女さまより、だいぶ年下だと思うので」

 

 そういうところは、しっかりと、分別をつけたいようだ。

 ロジリアは、ごほっと咳を一つしてから、改まって尋ねた。


「では、エレカ。神具の……聖杯のことを、知ってる?」

「……聖……杯ですか?」


 彼女が真剣に、息を飲むのが分かった。

 ロジリアは『聖杯』が何であるのか、まったく知らないのだ。

 最初から果たすつもりなく、ミガリヤ国王の依頼を引き受けたが、あまりに無知なことに、後ろめたさも感じていた。


 エレカはいかにも不審人物を見たように、両目を眇めた。


「おや? 聖女さまなのに、聖杯のことも、ご存知ないなんて」

「えっ、それは……その」


 慌てて、もっともらしい言い訳を探してみたが、エレカはくすくす笑っていた。


「冗談ですよ。聖杯は、この世界を浄めた必須道具です。それを手にする者は、世界を支配することが出来るとか、伝説もあります」

「世界征服?」

「あくまで、伝説の話ですけどね……」


 そんな恐ろしい代物だったのか?


(だから、ミガリヤ国王は、私にそれを?)


 さすがに、無理難題すぎる。


(だいたい、神話の世界の神様の道具なんて、現存しているはずないじゃないの)


 そんな素晴らしい神具を持っているというのに、どうしてサフォリアは、世界征服をしないのか、その方が不思議ではないか?


(なんか、特別な使用方法があるっていうこと?)


 いずれにしても、厄介以外の何物でもなかった。

 聖杯探しなんて、途方もないことをしていたら、ロジリアの少ない寿命があっという間に尽きてしまう。


「聖女と聖杯。……良い響きですね。あっ、聖女さまは、魔物退治にでも赴かれるのですか?」


 エレカが笑っている。


(魔物退治……ね)


 当たらずとも、遠からずというところだろう。


 エレカが茶化した口調で言ったのは『魔物』がこの世に実在しないと思っているからだ。 

 ……当然のことだ。

 ミガリヤ人とて、子供のしつけのために『魔物』の話をすることはあっても、この世に存在しているとは思ってもいない。

 欲に塗れた人間の方が、はるかに恐ろしいと思うだろう。


(私も、まさか本当に実在するなんて、思ってもいなかったんだけど……)


 彼女につられて笑いそうになったロジリアだったが……。

 …………その時、ぎいっと背後の棚が動いた。


「なっ!?」

「………………ほう。やはり、お前、魔物と関係があるのか?」

「ま、魔物っ!?」


 エレカが悲鳴を上げた。

 きっと、その声の主こそが、魔物と思ったに違いない。

 ……が、こつこつと靴音を響かせながら、近づいてくる不審人物の正体をロジリアはとっくに見抜いていた。


 そうだ。

 問題は、この青年がここにいる理由の方だった。

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