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「こんな日の髙いうちから起こすなんて、この弱い肌に、容赦ない太陽光が当たってしまうではないか」


 やはり、背を向けて逃げたくなるような手遅れ感が濃厚のようだ。


「棺を持ったせいで手が痛い。骨が折れたかもしれない」 

「折れはしないでしょうね」


 冷ややかに指摘したカナンが、ロジリアに真顔を向けた。


「どうでしょう? 聖女さま。この方に邪悪な物が憑いているのか、分かりますか?」

「……そういったものにも、好みがあると思いますから」

「じゃあ、この方は、一体どうしてここまで……」


 多分、その後に続く文言は『末期なのか?』『崩壊してしまったのか?』その手のものだろうと、ロジリアもミッシェルも分かってしまった。

 そんな家臣の憂いを知ってか知らずか、セツナは今更ロジリアと傍らのミッシェルを見比べている。


「――ん? …ところで、お前達は一体何者なんだ?」

「えー……っと」


 ロジリアは答えようとしたが、説明するのもしんどくなって、その場がしんとなった。 

 カナンは慣れているのだろう。

 渋々だが、セツナにロジリアたちのことを、話してくれた。


「殿下。この者たちは、珍しく殿下が興味を持たれた侵入者ですよ。お忘れになりましたか?」

「…………ああ、そうか。思い出したぞ。そんな者もいたな。あれは、いつの話だったか?」

「しっかりなさって下さい。つい先刻の話ですよ」

「……カナン。今は何時だ」

「まだ中天にもなっておりません」

「そうか」


 一つうなずいてから、何を血迷ったのか、セツナは再び棺桶の中に横たわった。


「じゃあ、また明日の夕方に……」

「ちょっと、それは、困ります!」


 ロジリアはセツナの腕を、がっしり強くつかんだ。


「城主さま! 貴方様が棺桶にお住いだろうが、頭の中に異常があろうが、そんなことは、どうでもいいのです。とにかく、私たちを数日でいいから、サフォリアの中に入れて下さい!」

「……姉さん。言い過ぎ」


 ミッシェルががっくり肩を落としているが、ロジリアにはどうだって良かった。

 カナンの話の通り、駄目そうな城主だ。

 だが、使いようはある。

 もしも、ここで許可が取れないのであれば、人質にでもして、さっさと通してもらえば良い。


(我ながら、名案だわ)


 ……しかし、当然、この王子ならではの過激な反応があるだろうと思ったのに……。 


「すまないが、私は一日十二時間寝ないと、眩暈めまいと吐き気に襲われるのだ。そういうことで、おやすみ」


 爽やかに、別れを告げられてしまった。

 冗談じゃない。


「呆れた……。十二時間は子供でも寝ません。それは、ただの寝過ぎですよ。分からないんですか?」

「しかし、私は眠りが浅いのだ。見るのは、悪夢ばかりでな。狭いところに閉じ込められる夢ばかりを見て、全身が痛い」

「いや、それ絶対、棺桶ここに入っているせいだから……。寝返りも打てないですからね」

「……娘よ。じゃあ、お前は、なぜ、この国に入りたいのだ?」

「えっ?」


 急に、真っ当な質問が飛んできて、面食らった。

 王子セツナの澄んだ青い瞳が、ひたとロジリアを見つめている。

 まるで、自分が悪いことをしているような気がしてしまい、ロジリアは、なぜか小声になってしまった。


「それは……聖女として、レムリヤ教の発展のために、この国でも布教を……」

「ふーん。数十年国交のない国の……自称聖女がそんな用件で、我が国に入りたいと? しかも、急いでいる。親書もないのに? おかしな話もあるものだな。ちなみに、今のミガリヤの王は、どういう風貌の男なのだ、申してみよ」

「えーっと壮年の……茶髪で口髭を蓄えられている、大柄な御方でございます」

「私もミガリヤ国王、ルースの風貌については、耳にしたことがある。一応、王とは謁見しているようだな。精緻な十字の首飾りは、ミガリヤ国の聖女の証だろう。しかし、お前の話し方は、何処か他人事だな。本当のところ、布教などどうでもいいのだろう。違うか?」


 …………絶対に、見抜かれている。

 なんてことだろう。

 明らかな変人王子が、意外なキレ者だったなんて想定外だ。


(こうなったら、賭けよ……)


 少しだけでも、本当のことを、話すしかない。


「殿下。私は……個人的に、捜しているものがあるの……です」

「……何を?」

「人のような……姿形をしているモノです」


 嫌な記憶をたどりながら、ロジリアは白状した。


「…………かたきなんです」

「敵……ね」


 セツナは棺桶の中で両手を枕にして、暢気に口元を緩めた。

 本当に、ロジリアの言葉の意味を理解しているのだろうか。


「敵を討ったら、私たちは、大人しくミガリヤに帰りますから。信じて下さい」

「聖女が敵討ちとは、ミガリヤも物騒なものだな。まあ……でも、辻褄が合わないことはないか。そのお前の私的な目的が、ミガリヤ国王の預かり知らないこと……となれば」

「ええ。ミガリヤ国王には話していません。聖女になろうと企てたのも、すべては、このための策でした」

「……で、ミガリヤ国王の許可も得ず、単身我が国に乗り込んできたと?」

「そうです」


 ロジリアは、きっぱりと肯定した。


「……何か、おかしいな。お前たちは、このまま、サフォリアに亡命したいのではないのか?」

「違いますよ」


 この王子も、ミガリヤの王政が安定していないことは、よく分かっているようだ。

 当然だろうう。

 難民がなだれこんできて、対処に困ったサフォリアは十年程前にミガリヤとの国交を完全に断ち切ったのだから。


「ミガリヤ国内は、現在安定しておりますよ。前国王の弟君ルース様が即位されて、今のところ一年。危機的な状況は、脱したのかもしれません」

「内乱が一時的に落ち着いている……というだけのことだろう?」

「と、ともかく。そんなことより!」


 ロジリアはあと一押しと、前に身を乗りだそうとした。

 ……が、彼に近づいたことが良くなかったらしい。


「……おや? お前、顔が赤いではないか」


 セツナに紅潮している頬を、気づかれてしまった。


(ヤバい。熱があるの、バレたのかしら?)


 これで風邪を伝染させられただの難癖つけられたら、迷惑だ。

 ロジリアの発熱は風邪によるものではないのだ。

 ――しかし……。


「ああ……私も何やら、身体が火照るな。具合が悪くなってきたぞ。喉が痛い。どうも今日は話しすぎたようだ」

「はっ?」


 ロジリアとミッシェルは、同時に声を上げた。

 まともな会話が成立していたのは、今だけの時間ではないか。

 戸惑いと、驚愕を視線に込めて、カナンに訴えると、しかし、彼は鉄面皮のまま、セツナに軽く頭を下げていた。


「承知いたしました。近いうちに、義父上ちちうえが来訪されると、便りも届いたことですし、殿下はそれまで、しっかり休養なさってください」

「義父上…………?」


 ……それは、カナンの父のことなのだろうか?


 しかし、ロジリアたちが口を挟む隙を与えずに、セツナが顔面真っ青になり、体を震わせ始めた。


「何だと……ヨハンがここに来る……のか?」

「ええ……。殿下にお会いするのを、楽しみにしているとのことです」

「そ、そうか。だったら、私は益々眠らなければなるまいな」


 …………一体、どうして、そうなってしまうのか。


「あの、城主さま?」

「では、私はもう寝るぞ。体力をつけねばならないからな。カナン、おやすみ」

「おやすみなさいませ。殿下」

「…………えっ ちょっと、なに? 待って! 待って下さいって!」

「………………」


 だが、棺桶に横になったセツナが目を閉じると、すぐさま寝息を立て始めた。


 ――本当に眠ってしまった……らしい。



「そんな……」


 こんな有り得ない現実があってたまるものか……。



「なにが……義父上ヨハンですか!? おやすみ……じゃないでしょうが!? ふざけるな!」


 とりあえず、ロジリアは力の限り、眠ってしまったセツナを揺さぶったが、病弱を訴えている割に、身体つきはしっかりしていて、重い。彼は、びくともしなかった。


「起きて、起きて下さい! 真っ昼間ですよ!!」

 

 頬を軽く叩いても反応が一切ない。


「かくなる上は……」


 拳に息を吹きかけて、頭を狙おうとしたら、さすがに、それはミッシェルに止められた。


「……姉さん、待って。ここで死にたいの?」

「そうですね。頭だけは勘弁してください。これ以上は、私にも無理なんで……」


 真面目に、カナンが訴えてくる。


「もとはと言えば、貴方が!」


 激しく叱責するつもりが、しかし、咳き込みそうになって、ロジリアは慌てて息を呑んだ。

 呼吸が苦しい。

 カナンは、額に冷や汗を浮かべているロジリアの容体を知ってか知らずか、部屋の外にミッシェルと共に連れ出した。


「何にしても、聖女さまは、お疲れのご様子。今日の非礼の詫びに城に一室設けましょう」

「だから……私は……」

「姉さん」


 珍しく、険のこもった声でミッシェルに呼ばれて、ロジリアは冷静を取り戻した。

 視界のぐらつきと、寒気は、熱が上がっている証拠だ。


「分かったわよ。部屋に……」


 城内に部屋を用意してくれるなんて、幸運ではないか?


 ――抜け出してやろう。


 この城を抜けさえすれば、サフォリア国内に行けるのだ。


(……そして、アイツもそこにいる)


 急がなければならない。


 ――ロジリアには、もう時間がないのだから……。

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