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紅蓮のロジリア 〜喀血聖女と棺桶王子〜  作者: 森戸玲有
エピローグ
41/41

3


「ロジリア? 一体、いつ叔父上と仲が悪いと、私が言ったのだ?」

「へっ」

「ロジリア嬢。エヴァン殿下も、陛下と同じ、セツナ殿下に王位を継がせたくて仕方ない御方なのですよ」



 いつの間に背後にいたのか、カナンが早口で言い切った。


「何ですって?」


 思考が停止して続きをうながしたら、笑声を轟せて、エヴァン自ら告白した。


「そうですよ。私は昔から王位など興味はありません。ですが、残念なことに、私を担ぎ出そうとする勢力はいる。私の立場を邪推して、ミガリヤまで情報を送ったりする者までいて、非常に面倒なのです。セツナには、いい加減観念しなさいと伝えてはいるのですがね」

「はあ」


 ……ということは、つまり最初からエヴァンは王位を継ぐつもりなど、さらさらなくて、ミガリヤ国王の興味を惹くために、悪役を買って出ていただけという……ことなのか?


「なによ、それ。嘘でしょうー」

「姉さん、しっかり……」

「どうした? また具合悪いのか?」


 よろけたロジリアを、セツナがすかさず支える。

 こちらの気持ちなど、彼は何とも分かっていないのが、むかついた。


「具合悪くもなりますって! こんな……めちゃくちゃな。上手くいったから良いものの、一歩間違って たら、大事だったんですよ」

「叔父上のことだから、全員死なないようには考えていただろう。別によくあることだ。たいしたことではない」

「…………いや、たいしたことだと思います」

「面白い、変わった娘だね。セツナ」

「ええ。叔父上。本当に驚くほど変わり者で」

「あー! 貴方たちに、言われたくありませんよっ!」


 息を切らして怒声を上げたら、しん……と、その場が静まり返った。

 渋々、沈黙を破ったのは、セツナだった。


「ともかく……だ! 全部、お前のせいなんだからな。ロジリア」

「えっ、何でまた、私なんですかっ!?」


 また想定外にめちゃくちゃなことを言ってくれる。

 目をぱちくりするロジリアを見下しながら、セツナは常にない迫力で謎の宣言をした。


「私は、サファリアの王位を継ぐぞ」

「…………ええっ!?」

「何でまた急に?」


 ミッシェルが冷静に質問すると、セツナは体を震わせながら、叫んだ。


「仕方ないからに決まっているからだろう! すべて叔父上やヨハンの思惑どおりだ。腹立たしいがな」

「ほほう。頼もしい言葉だね、セツナ。ヨハンもきっと無駄に喜ぶだろう」

「やめてください」


 棒読みでそう言って、乾いた拍手を送るエヴァンを、セツナは白けた表情で見送っていた。


貴方おじうえに会う用が済んだら、父上にロジリアのことを紹介します。そうすることが、お望みなんでしょうし」

「おめでとう。やっとこの国も安泰だ。まあ、正直その娘だと、父上も困惑するかもしれないが……。私からも弟君を巻き込んだお詫びに、兄上に口添えをしておこう」

「なんか、ものすごく嫌な予感がするんですが?

一体、どういうことなんですか?」


 またおもいっきり意味深な言動に、ロジリアが二人の顔を見比べていると、エヴァンの目配せで気配なく彼の背後にいた従者が大きな白い塊をカナンに手渡した。


「……叔父上、これは?」

「お前が怒るだろうことは、想定してましたからね。せめてものお詫びの品です。もらってください」

「……おーっ。これは新しい棺桶。私のために、わざわざ作ってくださったのですか? 美しい! 私はこんな棺桶が欲しかったんです」

「馬車の中でも、酔わないように、王都の技術者たちを総動員して、造らせてみました」

「おおおっ! さすが叔父上!!」

「殿下……」


 ロジリアとミッシェル二人で頭を抱えていても、セツナは気づかない。

 面白いくらい、派手に興奮していた。

 先程、ロジリアの話をしていた時は、大違いだ。


(王位継承の話をしていた時は、この世が滅びそうなほど、憂鬱な顔をしていたくせに)


 二人の仲が悪くないというのは、本当のようだ。

 いや、しかし、叔父が甥に『棺桶』を贈るということが、ロジリアの常識を駆逐していくのだが……。


(……て、そんなことは、どうでも良いのよ)


 このままでは、ロジリアだけが悶々としたままになる。


「あの……。私、お尋ねしたいことが、山のようにあるのですが……」

「聖女殿。それを、私が説明する義務はないですからね。セツナに聞くと良い。セツナは多分、最初から何もかも分かっていたのだろうから」 

「いや……しかし」

「では、私はこれで失礼しますよ。セツナ。次に会う時は、陛下とお呼びする時かもしれないですね。聖女殿と弟君も……これからのこと、楽しみにしていますよ」


 優雅に最敬礼をしたエヴァンは足早に、手前に停めてあった馬車の中に引き上げて行った。

 エヴァンは、頭の回転の早い人間だ。

 長々と説明することで、ロジリアが荒れることを予見して、足早に引き上げたのだろう。


「…………ということで、殿下?」


 感情を抑制しながら呼びかけたロジリアだったが、すっかり新しい棺桶に釘付けになってしまったセツナは、こちらの配慮も知らずに、早速その中に入ってしまっていた。こんな時だけ、すばしっこいのだ。


「やっぱり……か」

「すごいね。姉さん、本当に……入ってる。穴があったら、入りたい……ではなく、棺桶があったら、入りたい方……なんだね?」

「そういえば、ミッシェル……。貴方、視力が戻った目で、これを確認するのは初めてだったわよね? まったくねえ。殿下が棺桶に入っていたのは、子供時代の心の傷が原因だとばかり思っていたけれど、心の底から、棺桶がお好きだったみたいね」

「さあ、それはどうでしょう?」

「…………はっ?」


 ロジリアがカナンを睨むと、彼は面倒ごとを避けるように、後ろ足で離れて行った。


「殿下も人が悪い。追々、貴方と気まずくなりそうだから、説明から逃れて、今のうちに隠れているのだと、私は思いますがね?」

「……ん?」


 また、カナンも、もったいぶったことを言う。


「気まずいって?」

「義父上は、ずっと殿下の嫁探しをしていたのです」

「…………よ、め?」

「だから、嫁ですよ。まあ、このように大変、個性的な王子なので、似合いの女性というのは、なかなかおらず……。国内はまた権力争いなどで面倒なので、国外で見つけても良いかと思ったらしく……。多分、それもあって、ミガリヤに赴いたようです」

「………姉さん。落ちついて聞こうね?」


 ミッシェルが恐々としながら、ロジリアを見上げている。

 心配には及ばなかった。

 ロジリアには、カナンの言葉の欠片も、理解できていないのだ。自己嫌悪するくらいに……。


「ヨハンさま……あの魔物が……殿下の嫁を見繕うために、ミガリヤに来ていた……と?」

「ええ。まあ……そこそこの家柄で、殿下と釣り合う強烈な個性の女性。ついでに、自身の能力をその女性に分配することができたら、聖剣も本来の力を発揮することができます。殿下も、最初は義父上の思惑通りになって堪るかと、抵抗していたのでしょうが、結局、貴方を選んでしまった。ご自身が一番、悔しいのでしょうね」

「姉さん、これって全部最初からヨハンさまが仕組んだって……」

「待って、ミッシェル。言わないでちょうだい」


 事を理解するのに、随分とかかった。

 それでも、ミッシェルの口から答えは聞きたくなかった。


「私はそんな話、殿下から聞いていません。そんな……大事なことを」

「ひどいな、ロジリア。私に寿命まで使わせておいて、お前は逃げようと言うのか?」


 どうやら、聞いていたらしい。

 セツナが棺の中から、強気に言い返してきた。

 姿を見せない臆病者ヘタレのくせに、何を言うのか?


「だから、言っただろう。ロジリア。全部、お前のせいなのだ。私は王位など継ぐつもりもなかったのに、お前がここに来たせいで、外の世界のことを知らなければならない状態になり、ミガリヤとの国交の件もどうにかしなければならなくなってしまった。下手したら、戦争だ。王位を継がなければ収拾つかない事態になってしまったのだぞ?」

「確かに……一部始終、私のせいだというのは、ごもっともですけど……でも、私は殿下に、王位を継げとは言っていませんからね」

「お前みたいに、頭が弱くて、態度が横柄で、いつも私に心配と手間ばかりかけさせるような、じゃじゃ馬で素直じゃなくて、可愛げのない外国人を娶るためには、国王くらいの権力がなければ、皆から反対されるじゃないか?」

「な、何よ。それ……。私を娶ってくれなんて、頼んじゃ……」

 

 完全に売り言葉に買い言葉だ。

 娶るということは、結婚するとか、妃にするとか、つまりそういうことだ。


(殿下が話していた「父上へいかに私を紹介する」って、私を結婚相手にするって意味?)


 駄目だ。

 何か話していないと、頭が沸騰してしまう。


「好意もないのに娶るんじゃ、殿下も嫌でしょうに。だったら……」

「ふざけるな! 断る気か? だったら、お前に投入した私の寿命を返せ」

「はあっ!?」

「姉さん、待った! お手柔らかに……この人、恩人、恩人だからね」

「分かってるわよっ!」

 

 すでに口調が乱暴になっていたが、自分の本音はどこにあるのか、ロジリアにすら分からなかった。

 カナンとミッシェルの視線が痛い。

 それだけだ。


「えー……っと、カナンさん、金づちと釘とか、あったりします?」

「姉さん?」

「…………あります」

「あるのっ!?」


 目を丸くする弟の横で、ロジリアは聖剣をミッシェルに託し、カナンから釘と金づちを受け取った。

 何をされるのか予見したセツナが悲鳴を上げる。


「ちょっと、馬鹿っ! ロジリア……何をするんだ。やめろ! 私が出られなくなるだろうが……!?」


 棺の中から、慌てた声が響いた。


「私、態度が悪いし、それに、可愛くもないし、本当にすいませんね!」

「可愛げがないと言っただけで、可愛くないとは言ってないだろうが!」

「ああ、別に嘘吐かなくて、結構ですから!」

「私は嘘なんて言ってないぞ……可愛いと思っているから、妻にしても良いかと思ったんじゃないか?」

「面倒事になったから、仕方なくと、仰っていたじゃないですか?」

「そう聞こえたのなら、言葉のあやだ。少しは察しろ!」

「察しろって……そんなの」

「……姉さん、それ……痴話……」

「違うからっ!!」


 すぐさまロジリアは反論するものの、しかし、病気が癒えている今、耳まで真っ赤になっている理由を誤魔化す術がない。 

 すべてを察しているミッシェルは、呆れ顔で呟いた。


「あー……。僕、色々怒りとか、罪悪感とか、無力感とか感じてたんだけど、全部馬鹿馬鹿しくなっちゃったよ。近い将来、この棺桶の中にいるお方を、義兄様って呼ぶことになるのかな?」

「諸々お察しします」


 珍しく感情を宿したカナンが、優しくミッシェルの肩を叩いた。

 しばらく、二人で沈黙したものの、やがて、ミッシェルはにこりと微笑んだ。


「……でも、カナン様。この方が即位したら、平和になったミガリヤを描けそうな気がします。僕」


 そんなミッシェルの言葉は、当然ロジリアには届かない。


 違う……。

 そうじゃない。

 いや、そうなのか……?

 そうだったら……。


(私、嬉しいのかしら……?)


「ちょっと、殿下……早く出てきて説明してくださいよ! 本当に大切な棺桶に釘打ちますからね!」

「馬鹿者! 凶器の金づちを持った女の前に、顔を出せる訳ないだろう!? 私を殺す気か!?」


 綺麗な星空の下、棺桶の中からセツナの絶叫が轟く。


 …………棺桶王子とロジリアの長い付き合いは、まだ始まったばかりだ。




【 了 】

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