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紅蓮のロジリア 〜喀血聖女と棺桶王子〜  作者: 森戸玲有
エピローグ
40/41

2

◆◆◆


 どれくらい駆け抜けただろう。

 少なくとも、以前、セツナと一緒にロジリアが立ち寄ったシーカの城下町よりは、遥かに走ったはずだ。


(そんなにまでして、あの魔物ヨハンから逃げたいの?)


 セツナの説明は要領を得ない。一回だけ休憩のため馬車の御者台から降りてきたカナンに尋ねたら、彼はいつもの淡々とした口調で、訝るロジリアに言った。


「……別に、殿下は義父上や陛下から逃げ切ろうとしているわけではないですよ」


 まあ、そうだ。 

 逃げるつもりなら、王都は目指さないだろう。

 では、一体セツナは何を考えているのか?

 …………もしかして?


「もしかして、殿下は殿下でなければ、できないことをするために王都に行こうとしているんではないですか」

 

 規則正しく揺れる馬車の中で、ロジリアは背筋を伸ばして、セツナに訊いた。

 この人のことは、信頼している。

 何処に行こうと、彼からついて来いと言われているうちは、ついて行こうと思っていた。

 しかし、目的を知らないのは、不安だ。

 逃げるためではないのなら、何なのか? 


 ……思い浮かんだのは、今回の件で、まったく姿を現していない黒幕のことだった。


(王都行きは、その人と決着をつけるためなんじゃ?)


 セツナは、ロジリアの指摘ににやりと口角を上げ、なぜか楽しそうに答えた。


「まあな。あの人も今頃、王都に滞在しているのではないかと、思ったのだが……」


 やっぱりだ。

 今回の黒幕、セツナの叔父・エヴァン。

 セツナは、叔父を自ら裁きに行こうとしているのだ。


「大丈夫なんですか? 殿下一人で立ち向かうには、分が悪いのではないですか?」


 ロジリアが眉を寄せると、隣りに座っているミッシェルもすべてを理解したらしい。身を乗り出してきた。


「そうですよ。いっそ、ヨハン様でもいた方がマシだったんじゃないですか?」


 しかし、セツナは意味がわからないとばかりに、首を傾げた。


「……何を言っているんだ。お前たちは?」

「はっ?」


 何か間違ったのか? 

 ロジリアが問い返そうとした途端、がたんと、大きく馬車が揺れて、乱暴にその場に急停止した。

 カナンが御者台から、セツナに声をかけてくる。


「殿下。あの方の方からいらしてますよ」

「丁度良い。手間が省けた」



 セツナは、特に警戒するでもなく、馬車からよろよろと外に出て行った。


「殿下!」


 やけに、積極的だ。

 逆に何処か身体でも悪いのかと心配になってしまうくらいだ。


(エヴァンがわざわざ会いに来た……ということでしょ?)


 ロジリアは、とりあえず重々しい十字の飾りに戻ってしまった聖剣を担いで、ミッシェルと共にセツナの後を追った。

 セツナは、肌寒い風を避けるように、猫背気味で歩いている。

 寒さを感じるのは、この場所が高台にあるせいだろう。

 下界の灯りが、星々のように無数に煌めいて見えた。

 エヴァンも人気がない場所だから、あえて、セツナに接触を持ってきたのかもしれない。

 ロジリアは、今までにない寒気を覚えていた。

 エヴァンが絡まなければ、ミガリヤ王ルースもここまで暴走しないで済んだのだ。相当、狡猾な人間に違いない。


「ご無沙汰しております」


 そう言って、セツナが足を止めた先に、月夜に映える白い外套の男を纏った短髪の男の姿があった。

 

「貴方が……」

「姉さん、間違いない。あの人が僕たちをミガリヤに送ったんだ」


 ミッシェルがロジリアの背中に半分隠れながら、囁いた。

 暗がりでも、眩い金髪。

 血縁だけあって、セツナと似た雰囲気……格好をしていた。

 この男がエヴァン。

 現時点で王位継承権二位。セツナから王位を奪いたい、サファリア国王の弟。

 エヴァンもミッシェルの存在に気付いたようだが、すぐさまセツナに視線を戻してしまった。


「……ようやく会えましたね、セツナ。先日、シーカの城砦を訪ねた時は、体調を崩していると侍従長から聞いていたので、心配していたのですよ」

「体調を崩していた私に、散々な仕打ちをして下さったようで……」

「私は別にその少年や、ミガリヤ人の暗殺者を追いかけろなど、お前に命じた記憶はありませんよ。大体、国交もない国の民が、ぞろぞろ城に滞在しているのは、如何なものかと、お前を案じただけです」

「私を試しておいて、何を仰るのです。叔父上」


 彼は心底億劫そうに、溜息を吐いた。

 とくんと、ロジリアの心臓が跳ねる。

 暗がりで、しっかり表情を掴むことは出来ないが、エヴァンはにこにこと、微笑んでいるようだ。

 まるで、ヨハンのようだ。

 けど、あの快楽的な魔物とは違う。理知的な狂気を感じる。


(……まったく、何なのよ)


 どうして、セツナの周囲には、癖のある人間しかいないのだろう。


「叔父上……。貴方は、どうしてミガリヤを巻き込んだのですか?」

「あの国の方が、こちらを巻き込もうとしていのだから、先手を打った方が良いと思っただけですよ」

「私を狙った暗殺者たちは、貴方が強制送還したせいで、新種の毒を使われて、廃人になりかけたんですけどね?」

「どうせ、助かったのでしょう。大体、強制送還の件は、私だってお前のところの元侍従長に、そのように仕向けられたのですよ」

「確かに、おおよそ、ヨハンのせいではありますが、あれは人間ではありませんから。むしろ、叔父上……。あの者たちが助からなかったら、どうするおつもりだったのですか?」

「別に、何か不都合でも? 大体、お前は自分を狙った暗殺者の心配なんかしてどうするのです。だから、世間が怖くなって、棺桶などから出られなくなってしまうんでしょう?」

「貴方ねえ!?」

「姉さん……」


 もう黙って聞いていられないと、ロジリアはミッシェルの制止を振り払って、セツナの前に立った。


「貴方が殿下に、刺客を送っていたという話を聞きました。いくら、自分が次の国王になりたいからって……」

「ああ……。君がミガリヤの聖女……か。……君がねえ」

「な、何……?」

「いや、私の印象とだいぶ違っただけですよ。たいした意味はありません」


 ……嫌味か。

 低いよく透る声音は、こちらの勢いを削ぐ、静かなものだった。


「セツナに刺客を送ったところで、無意味であることくらい、私だって学習していますよ。『聖杯』が何であるかは、知りませんけど、化け物染みた力を持っているセツナが受け継いでいるのだから、きっととんでもないものなんでしょう。別に、そんなものは、どうだって良いのです」

「どうだって良いって、でも、貴方は殿下を殺そうと……?」

「殺す? 人聞きの悪い。セツナの生存確認だけは定期的にしてほしいと、元侍従長から頼まれているだけです。定期的に仕方なく、私はセツナの相手になるような人間を、送ってはいましたが……。まあ、そのおかげで、私とセツナの仲が悪いと思い込んでいたミガリヤ国王の懐に入ることが出来て良かったといえば、良かったのかもしれません」

「……はっ?」


 話の方向がおかしくないか?


「混乱します。一体、お二人は何なんですか?」

 

 似たような立居姿のセツナと、エヴァンを見比べながら、ロジリアが目を回していると……。

 セツナがロジリアの首根っこを掴んだ。


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