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◆◆◆


 ミガリヤに向けて旅立ったものの、ロジリアはエヴァンに追いつくことは出来なかった。

 案の定というか、やはりというか……。

 セツナが目覚める前に、さくっとミッシェルとエレカ達を回収するなんて、いかにも老獪なエヴァンやミガリヤ王を相手に上手くいくはずもなかったらしい。


(……とはいえ、ミッシェルの処刑はないって、ヨハンが言っているだけで、全面的に信用できるものでもないじゃない)


 弟に万が一のことがあったら、ロジリアはどうしたら良いのか……。いても立ってもいられない。

 だから、シーカの城砦を飛び出したことに関しては後悔していない。

 怖いほどすんなり城から出してくれたカナンやヨハンの思惑は読み切れていないような気もするが……。


(カナンさまが極秘裏に捜してくれるって仰っていたのは、信用できるんだけどな)


 とにかく、ヨハンが当てにならないのだ。

 ロジリアは自分で出来ることをするしかない。

 いっそ、こうなったら、このまま、ミガリヤに出向いて、国王ルースに拝謁しようと、ロジリアは決断した。

 無闇に探すより、そのほうが話も早いはずだ。

 元々、ロジリアはミガリヤ王には、言いたいことが山程あったのだ。


(まさか、ミガリヤに戻る羽目になるとは思わなかったけれど……)


 元気だったら、もう少し思慮深さも芽生えるだろうと思い込んでいたが、そんなことはなかったらしい。

 サフォリアが提供してくれた馬車を飛ばし、紆余曲折を経て、ロジリアはミガリヤの王都ベラードにたどり着いた。

 戦争を考慮して、百年前、都市部から離れた山の中、峡谷に潜むように、王城アルドナール城は築かれている。

 ロジリアは例によって、強行突破を貫いた。

 カナンが託してくれた十字架を小脇に抱えて、大股で城内を突き進んだ。

 金色の瞳の効果は抜群だった。

 ミガリヤの衛兵たちは、襲撃するどころか綺麗に横に退いて敬礼までしてくれた。

 今まで具合が悪くて、視界に映るものを気にする余裕すらなかったが、今は衛兵たちの顔色まで窺うことができる。


(普通に歩けるって、こんなに清々しいことなのね)


 馬の休憩以外は、ほとんど休まず飛ばしてきたロジリアだ。

 これだけ無理しても、疲労どころか、息切れ一つしない。苦痛のない生活とは、素晴らしいことだ。

 …………しかし。


(私が元気だってことは、それだけセツナ殿下が大変になるってことなのよね)


 ミッシェルの場合は、緩い契約だったという話だったが、セツナについては、どういう契約が成されたのか、ロジリアは聞いていなかった。

 セツナの寿命を削ったと、ヨハンは語っていた。

 目を覚ました時、彼が体調を崩しているということはないのだろうか?


(駄目だわ。さっさとミッシェルを回収して、エレカのことも何とかして……。早く、殿下のもとに帰らないと……)


 なんとか出来るだろう。

 元気なんだから。

 ……と、やはりロジリアは、何処までも考えなしだった。


「一刻を争っています。急ぎで陛下のもとに案内して頂きたいのです」


 丁寧語の中に苛立ちを滲ませながら、ロジリアは王宮の衛兵を急かした。

 最悪、能力を使う必要があるかと、覚悟を決めていたが、拍子抜けするほど、すぐにミガリヤ王は、謁見を許可した。


 『評議の間』と衛兵が呼んでいた、広い一間。


 取り巻きの侍従と家臣の数がそれほど多くないことから察するに、名前は飾りで、ここは国王の私的な部屋の一つのようだった。


(とっちめてやるわ)

 

 やる気満々で、ロジリアはルースと対峙した。


「ご無沙汰しております。殿下」


 ロジリアは作り笑いを浮かべながら、若紫色のドレスの裾を片手で摘まんで、身体を屈めて挨拶をした。


「ああ、息災そうで何よりだな。聖女殿」


 いかにも、不機嫌な声が返ってきた。

 一応の礼を尽くしたとばかりに、ロジリアも顔を上げて、睨み返してやった。


「単刀直入に要件をお伝えさせていただきます。実は、私の弟がサフォリアの王族の手で、こちらに連行されてしまったようで、私はミッシェルを取り戻しに来たのです」

「ああ、そなたが来るとは思っていた」


 ルースは十数人の臣下を従えて、大きな長机の中央に座っていた。

 机の上には、食べきれないほどの豪華な料理の数々が所狭しと並べられている。

 丁度、昼食の時間だったようだが、そんなことはロジリアには関係ない。

 のらりくらりしているルースに苛々しながら、ロジリアはすっと背筋を伸ばした。


「用件をご存知なら、話も早いです。すべて……手違いです。弟を……エレカたちを早く、返してくれませんか」

「サファリアのエヴァン殿下から、公式に問い合わせがあった。サフォリアの王子セツナ殿の命を狙ったのだろう? こうとなってしまっては、大問題だ。そう簡単には返せぬな」


(一筋縄ではいかないと、思っていたけれど……)


 ロジリアは溜息混じりに、問いかけた。


「エヴァン殿下も、陛下も、それほどまでに『聖杯』を手に入れたいのですか?」


 とたん、口元に笑みを湛えながらも、ルースの眼光は鋭くなった。


「聖杯な……。つまり、弟たちを返したら、そなたの知っていることを話すと?」


 ルースは真ん中の椅子から立ち上がると、背後の両開きの扉に目配せをした。

 すると、瞬く間に重そうな扉は開き放たれ、兵士に蹴飛ばされるように、ミッシェルとエレカが入って来た。


「ミッシェル!?」

「……えっ、姉さん?」


 ほんの少しの間、会わなかっただけなのに、ミッシェルは大人びたように見えた。

 ロジリアと同じ琥珀色の瞳が大きく見開かれている。焦点はしっかりと合っていた。


「目……見えるの。ミッシェル?」

「うん、見えるよ。姉さん!」


 ミッシェルが柔らかく笑っている。

 その姿を見ただけで、ロジリアの涙腺は緩んだ。


「もう、本当に馬鹿な子ね! せっかく良くなったのに、何やっているのよ!?」

「それは姉さんだって。……身体は大丈夫なの? またこんな無茶をして」


 以前、ミッシェルがヨハンと契約した時、ロジリアの病は癒えていなかった。

 当然今回も、完全に回復したわけではないと、ミッシェルは考えていたのだろう。

 ロジリアが普通に、ここまで自力でやって来たことが、ミッシェルには心底意外のようだった。

  

「なんか……殿下が大盤振る舞いしてくれたみたいで……」

「えっ、そうなの? だったら、それこそ慎重にならなきゃ。カナンさまも、ヨハンさまだって、絶対に姉さんをここまで来させないと思っていたのに……」

「ぜんぜん止められなかったわよ」

「むしろ。怪しいじゃないか!?」


 ――などと、助けに来たロジリアがなぜか責められた状況になっていると……。


「ごめんなさい……私のせいで!」


 ミッシェルの後ろで身を震わせていたエレカが、深々と頭を下げた。


「聖女さまは、お加減が悪かったにも関わらず、私があのようなことをしてしまって。しかも、今回はミッシェル君まで巻き込んでしまって。ミッシェル君、こちらで処刑されそうなところを助けてくれたんです」

「いや、僕はそんな……。エヴァンとかいう……あの人の狙いは、最初から僕のような気がしたから」

「そうね」


 ロジリアは苦々しく頷いた。


「その推測は多分正しいと思うわ。ミッシェル」


 きつく拳を握りしめた。

 確かに、セツナを狙ったエレカとその兄たちは、許せない気持ちもある。

 しかし、なにより腹立たしいのは、そんな人たちを弄ぶ為政者たちだ。


(……やっぱり、エヴァン殿下よね)


 自分の手は汚さないだろうと、ヨハンが評していただけあって、ここにはいないようだ。

 家臣を使って、ミッシェルたちをミガリヤに送らせて、一人高みの見物をしているのだろう。


「なんか、今更ながら、沸々と腹が立ってきたわ」

「ごめんなさいっ!」

「ああ、だから、エレカ。私はもういいのよ。殿下に謝ってね。悪いのはエヴァン殿下とヨハン元侍従長だって、分かってるから」

「……元侍従長とは?」


 勘の鋭いルースがミッシェルとロジリアの間に入ってきたので、ロジリアは慌てて愛想笑いを浮かべた。

 目的を果たすまでは、猫を被ってるしかない。


「いえ、陛下。たいしたことではありません。ところで、エレカのお兄様とご家族は?」

「一応、無事ではいるが、情報も得てない段階で、すんなり返すと思うか?」


 確かに、ルースの言い分はもっともだが、それではロジリアが困るのだ。

 ミッシェルの双眸は、頼りなく揺れていた。


(分からない……か)


 エレカの兄や家族は、ミッシェルとエレカとは別に、留め置かれていたようだった。


「……聖女殿。それで? 貴殿がずっと手にしている、それは聖杯と関係あるのかな?」

「えっと、これは……」


 セツナの母の形見だ。

 聖杯と関係のある聖剣だとか言え……などと、適当なことをカナンは口にしていたが……。


(まったく……そんな小芝居が出来るくらいなら、私だって、楽だったわよ)


 それでも、他に言い訳を知らないロジリアは極力真面目に言った。


「……これは、聖剣というものらしく? 聖杯と対になるものらしいです。使い方は分からないそうですが」

「では、やはり……聖杯を持たないと、意味がないということか?」


(何だ……)


 結局は、聖杯なのか……。

 いっそ、そのまま、十字の飾りをルースに献上しようと考えていたロジリアだったが、ルースが不機嫌そのものの溜息を吐いているのを目にして、手を引っ込めた。


(私、今まで、この人はエヴァン殿下から言われて渋々、聖杯探しをしていたのかと思ったけど、あわよくば、奪ってやろうって感じじゃないの……)


 脅されているならまだしも、率先して暗躍しているのなら、とんでもない話だ。


「陛下は本気で『聖杯』を狙っていらっしゃるのですね?」

「乗りかかった船だ。己の力になるものなら、なんでも手に入れたいと思うのは、王としての性だろう」

「…………ば」


 ………………馬鹿じゃないの?


 喉元まで出かかって、ロジリアは辛うじて汚い言葉を発するのは、やめた。

 今まで自分のことで、精一杯だったとはいえ、この国の惨状をロジリアは、散々目の当たりにしてきた。

 国内がいまだに定まっていない時に、これ以上おかしなことをしてほしくない。

 

(どうせ、隣国にちょっかい出そうとして、逆に見破られるってオチなんでしょ?)


 ヨハンは面白がっている可能性は高いが、ルースの所業はすべて知っているはずだ。

 ……セツナのおかけで、伸びた寿命。

 出来れば力なんて使いたくないし、ここまで来たら、エレカの家族を穏便に引き取りたい。

 ………だけど、黙ってなんていられないのが、ロジリアの性だった。


「……で? 聖杯を手にして、何をするつもりなんです? 聖杯それの力を利用して、毒を上回る兵器でも、作ろうというのですか?」

「姉さん!」

「だって、仕方ないでしょ! もう、黙っていられないもの」


 傍らのミッシェルが青ざめ、ルースの笑顔は見事に消失していた。

 でも、そんなことは、ロジリアにはどうでも良かった。


「療養所の地下で兵器を作っていたら、研究材料も間近にあって、一石二鳥だって? この国の王が率先してそんなことをやっているなんて、反吐が出るわ!」


 敬意も丁寧語も吹き飛んでいた。

 しかし、ルースは怒っていないようだった。

 むしろ、単純に感心している。


「よく調べたものだな。もしや、聖女殿が追っていた魔物にでも、聞いたのか?」

「ええ、そうよ!」


 開き直ったロジリアは、喧嘩腰に答えた。


「自称魔物がご丁寧にすべて話して聞かせてくれたわよ! こんなことなら、ミガリヤを出国する前に、貴方をとっちめてたら、良かったわ」


 箍が外れたロジリアは、普段ならできないくらい、めいいっぱい深呼吸をして、声を荒げた。


「『……あるといえばあるし、ないといえばない』……セツナ殿下から聞いたのは、たったその一言だけだわ! あの時、王子の考えも言葉も意味不明で、苛々したけど……でも、今はなんとなく、分かる。殿下あのかたは『聖杯』なんて、あってもなくても、どうでも良いものだと言いたかったんでしょうよ」

「開き直られてもな……」

「いいから、エレカの家族を返しなさい! さもないと……」

「……さもないと?」


 ロジリアが臨戦態勢に入ったことを見計らって、ルースは人払いをした。

 最初から、そのつもりだったのか、やけに手際が良い。

 広い室内には、数人の衛兵と、一人の老臣しか残っていなかった。


「姉さん……これ、命懸けになるんじゃ?」

「だ、大丈夫よ。金色の瞳の力を使うことは出来るみたいだから……」

「そんなところは、ヨハンさまのこと、信用しているんだね」

「あっ」


 ……そうだった。

 ロジリアはヨハンのことを嫌悪しているくせに、こういった点では信じ切っているようだ。


「だ、大丈夫よ。ミッシェル、エレカ……。短時間なら、きっと能力も発揮出来ると思うから」

「短時間って……」

「陛下、お願いします! 兄さんを、みんなを返してください!」


 危機的状況を察したエレカが、ロジリアの隣で叫んだ。


「ふん」

 

 重そうな緋色のガウンをひるがえしながら、ルースは再び椅子に座った。


「………そんなに言うなら、返してやろう」

「へっ?」


 ちょっと待て。


 今………何と言った?


 ロジリアはミッシェル、エレカと顔を見合わせて、首を傾げた。


 ルースは意味深な笑みを蓄えながら、扉の前で待機している従者に指示を出したのだった。

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