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◇◇◇


 ――自分わたしの命を、使え……。


 いとも簡単に、セツナはヨハンと取引きをしてしまった。

 ミッシェルが、止める暇なんてなかった。

 セツナに躊躇いなんて微塵もなかったのだ。


(……何のためらいもなかったな。殿下) 


 ロジリアがセツナを気に入っていることは、以前から、ミッシェルも気づいていた。

 周囲には『変人王子』と話を合わせていたが、ロジリアはセツナと話しているとき、明らかにいつもと違い、照れがあった。


 恋心……とまではいかなくても、ロジリアは初めて異性と、しかも王子様なんて遠い存在と、親密になれたようで、嬉しそうだった。


(でも……まさか、殿下も、姉さんのことを想っていたなんて……)


 そればかりは、さっぱり読めていなかった。

 いつも、何を考えているのか掴みどころがないのに、ロジリアが生命の危機に晒されたとき、初めてセツナは激しい感情を露わにした。


 自分の大切な寿命を、ほんの少し一緒に過ごしただけの異国の娘に懸けてしまうなんて……。


 おかげで予期しない形で、ロジリアの寿命は延長となり、ついでにミッシェルの目も以前と同じ……とまではいかずとも、だいぶ見えるようになった。


 セツナが元々長寿だったためか、生命力が強いのか?



「これで、良かった……んだよね。姉さん」


 二回目の延長だ。

 ロジリアがセツナに何て言葉をかけるのか、今から怖い気もするが……。


(僕も……殿下に感謝しなければいけないんだろうけど……) 

 

 セツナもまた、自らの命を削ったせいだろう。

 いまだに、眠ったままだ。

 一体、どちらが先に目を覚ますのか?


(僕の目も、どんどん、見えてきているみたいだし。そろそろ目を覚ますかな?)


 視界が広がっていく。

 おぼろげだった世界に、鮮やかに飛び込んでくる色彩は、ずっと焦がれていたはずのものなのに……。


 ――どうも、すっきりしない。


 事が済んだあとは、ロジリアが生きていることに歓喜して、素直にセツナにも感謝したのだが……。

 次第に、ミッシェルの心は曇っていった。

 

(どうして……僕は、こんなに浅ましいんだろ?)


 姉離れ出来ていないという、カナンの皮肉は図星だったらしい。

 気丈で強い姉は、いつもミッシェルを護ってくれる大きな傘だった。

 そうして、ミッシェルもまた病弱な姉を助ける役を担っているという自負があった。


(姉さんは、僕がいなければ、生きていられない……なんて)


 自惚れだった。


 ―――……もう、ロジリアに、ミッシェルは必要ないのだ。


 ロジリアには、セツナがいる。


 寿命がどのくらい延びたのかは分からないが、たとえ、残り少ない時間であったしても、今度こそロジリアは幸せになれるはずだ。


 ……ロジリアが幸せなら、それで良い。

 それで良いはずだから、ミッシェルのぽっかり胸に穴が開いたような気持ちは、やり過ごさなければならないものなのだ。


「僕も、少し……休もうかな」


 幸い、城の中は自由に歩かせてもらっている。

 ロジリアのために用意していた客室は、いつものように使えるようだった。

 部屋に足を踏み入れて、ほっと一息を吐いたところで、ミッシェルは部屋の奥に黒い人影を見た。


「…………えっ?」


 さっと掻き消えた影を追って、慌てて露台に追いかけた。


「きゃっ!」


 その悲鳴で、誰なのか特定できた。

 身を伏せていたのは、ここにいてはならない人たちだった。


「…………どうして、ここに、君が?」

「えっ、ミッシェルさん。やだ。目が見えるんですか?」

 

 やだと、言われても……。

 明らかに狼狽して、両目を見開いている少女は、間違いない。ヨハンがどこかに連行したはずのエレカだ。

 萌黄色の貫頭衣に、おさげ頭。

 目が見えない頃に、想像していと通りのあどけない容姿をしていた。


 ――それと。


「……貴方は?」


 ミッシェルは静かに誰何した。

 長身の青いチェニック姿の逞しい体格の青年が、エレカの頭を押さえつけて、身を潜めさせている。


(いやー。バレバレだけど……)


 ミッシェルは、一度も鉢合わせしたことなかったがなかったが、エレカと同じ栗色の髪の青年が誰なのか容易に想像がついた。


「貴方は、エレカさんの……お兄さん?」


 問いかけたら、青年はずんずんと、ミッシェルに近づいてきた。


 これは殴られて、失神させられてしまう状況なのかと、身構えていたら……。


「………………すいませんでした!」


 いきなり、青年が頭を下げてきたので、ミッシェルは後ろにひっくり返ってしまった。


「なっ、なに!?」

「君がミッシェル君……ですよね。エレカから話は聞いています。俺は兄のマークと言います」

「はあ……マークさん。ああ、でも僕は、直接被害に遭ったわけでもないし、謝る必要ないですよ。それより、ヨハンさんは?」

「ヨハン様は……」


 エレカは、震えた声で告げた。


「殿下に呼ばれたきり、戻っていらっしゃらなかったので……何か逃げてみようかなって思ったら、そのまま……」

「他のお仲間は……?」

「裏口から、逃げてもらいました」


 エレカがうつむき加減に、ぼそぼそと喋った。

 いつもの彼女らしくない。

 掌に巻かれた包帯も痛々しかった。


(一応、手当てされているだけ、人道的なんだろうけど……)


 ミッシェルは身体を屈めて、二人と向かい合った。


「じゃあ、お二人はどうして、まだここに?」

「……聖杯を、探さないと」


(……ああ、そうか)


 ミッシェルは、唇を噛みしめた。


(だから、殿下がよく泊まっていた客室に、二人で手掛かりを探しに来たんだ)


 本当に「聖杯」がないと、二人のミガリヤの家族は、どうにかなってしまうのだろう。


「俺が馬鹿でした。剣の腕を買うと言われ、先払いで報酬を受け取ってしまったばかりに。ミガリヤ王の力で、割とすぐにサフォリアに入ることが出来たので、きっと殿下を脅すことも簡単だと自惚れていました。結局、妹と家族を巻き込んでしまって」

「兄さん……嘆いている暇はないですよ。見つからなかったにしろ、それらしいものを持っていかなきゃ……」

「……それらしい……ものを……ですか」


 二人に圧倒されながらも、ミッシェルは冷静に考えを巡らせていた。


(でも、きっとこれ……裏があるな)

 

 あのヨハンが考えなしに、二人を開放するはずがない。


(…………どうしよう?)


 ミッシェルは、どちらかというと、石橋を叩いて渡る人間だ。

 二人を見なかったことにして、やり過ごすことだって出来るのだ。


 ――でも。

 こんな時……ロジリアは違う。


『大丈夫よ。きっと何とかなるから。わたしが……何とかしてあげるわよ』


 エレカに向けて、そう言うだろう。

 それで、ミッシェルは辟易へきえきしながら、巻き込まれてしまうわけだが、でも、あの強運の姉はいつも危機的状況を覆して、生きてきた。


 ……今回だって、そうだった。


(姉さんだったら、首を突っ込むかな?)


 そういう姉に呆れながらも、ミッシェルはずっと憧れていた。

 出来れば……あんなふうに、自分の良心に従って行動してみたいと。

 そうして……。

 今回のことで、セツナもまた姉に似た人種であることに、ミッシェルは気づいてしまった。

 二人は、ミッシェルが辿りつけないところにいるような気がして悔しかったのだ。


「あの……」


 ミッシェルは一歩足を前に踏み出して、マークの袖を掴んだ。


「ミガリヤ国王を、僕たちで出し抜くことは出来ませんかね?」

「……えっ?」


 目を丸くするマークを押しのけて、瞳を輝かせたエレカが身を乗り出してきた。


「あっ、もしかして、ミッシェルさんは、聖杯の在り処をご存知なのですか!?」

「いや、僕は何も知りません。でも、何か策があれば……」

「そんなこと考えている、時間がありませんよ!」

「エ、エレカさん。お静かに」


 興奮しているエレカを、すぐさま宥めたものの……。


 ――その時。


 ぎいっと、不気味な音を立てて、重い扉が開いた。


(……まずい)


 ミッシェルは何とかやり過ごそうと、二人と共に露台に潜もうとしたが……。

 狙い澄ましたかのように、何者かがやって来る。

 きっと、早い段階から部屋の前ににいて、気配を消していたのだろう。

 ……だから。


「なかなか、面白いことを聞きました」

 

 それは、セツナとも、カナンとも、ヨハンとも違う、低い男の声だった。


「…………貴方は?」

 

 見つかってしまっては仕方ないと、立ち上がったミッシェルは、そこで、セツナとよく似た男性を目にした。

 眩しい金髪と、深い海の色の瞳。

 派手な白い格好をした男だ。

 セツナに比べて短髪なのと、年嵩だということが唯一の違いだった。


「ミガリヤ国王を出し抜く? 素晴らしい計画です。しかも、皆ミガリヤ人みたいで、私の手間も省けました」

「誰……?」


 ミッシェルがエレカに問うが、彼女は首を横に振ったまま、呆然としている。

 きっと、この男と初めて会ったのだ。


「出し抜くのなら、てっとり早い方法があります。サフォリアにとって、大変有益な手段が……」

「それは、どういう……?」

「少し痛みを伴うものですが、丁度良い。皆さんに、協力してもらいましょう」


 途端、蒼白になったミッシェルに反論の隙を与えることなく、控えていた数人の家臣に目配せした男は、ミッシェルとエレカ、そして、マークをいとも簡単に捕えてしまったのだった。

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