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8

◆◆◆


 ――すっかり、眠ってしまったらしい。


 ロジリアが目を開けると、セツナはすでに寝台にいなかった。


(私……あれから、どうしたんだっけ?)


 咳き込んで、寒気がして……熱が上がって……。

 ところどころ、記憶はあるが、細切れの状態だ。

 彼がよく効くはずだと、飲ませてくれた薬に、睡眠効果のあるものも含まれていたのだろう。

 すとんと、苦痛から解放されて、深い眠りに落ちた。

 一体、どれくらい横になっていたのか?

 夜になった記憶もあったから、ロジリアは少なくとも、一日以上は寝たきりだったはずだ。


(まったく、私は何をしているんだか……)


 せっかく外に出ても、宿屋で寝てばかりいたら、城にいるのと同じではないか……。

 セツナを振り回して、迷惑だけ掛けているだけだ。 


(慣れない看病までさせてしまって……)


 でも……。

 ずっと、彼が温めてくれいたせいか、それとも、外気が身体に馴染んできたせいか……。

 ほんの少しだけ、ロジリアの身体は楽になっていた。


(……まだ、死ねない……か)


 昼間のぎらぎらした日差しが、出窓からまっすぐ室内に伸びていた。


(殿下は、どうしたのかしら?)


 部屋の中に、気配がない。

 顔だけでも洗いたいと、ロジリアが室内を見渡してみると、たらいの水も、水差しの水も、残り少なかった。

 井戸で、汲んでくる必要があるようだ。

 ロジリアは身体を起こすと、気合を入れて、水差しを持って、ふらつきながら廊下に出た。

 ドレスの長い裾に注意しながら、階段を降りようとする。

 ――が、その時だった。


「…………やはり、もう……あと一回だと」

「どうにか……ならないのか?」


 深刻な声音が聞こえてきた。

 セツナだ。


(誰と話しているのかしら?)


 声がしているのは、ロジリアが宿泊している部屋の向かいの部屋だ。

 ほんの少し開いている扉の隙間から覗くと、セツナは白い衣に往診用の黒い鞄を持った壮年の男と向かい合って、立ち話をしていた。

 医者の格好は、世界共通らしい。

 ミガリヤの医者も、ああいう風貌をしていた。


「申し訳ございません。現代の医学にも限界がございまして……。むしろ、今まで身体が持っている方が奇跡的なことなのだと思われます」

「そこのところを、どうにかして欲しいと私が頼んでいるのだ」 

「……こればかりは……どうにも」


 医者は、困り果てているようだった。


(それって……私のこと?)


 それ以外、考えられなかった。

 セツナは、眠っているロジリアを医者に診せたのだ。

 しかも、そこにいるのは、医者だけではなかった。

 彼の周囲を、従者と思しき屈強な男性たちが取り囲んでいる。

 早々に、城に戻っていた従者が戻ってきたらしい。


(やっぱり、もう駄目なんだ……)


 ロジリアは、まるで他人事のように、今のやりとりを受け入れていた。

 あと一回というのは、ロジリアが喀血するほどの発作に見舞われた時……ということだろう。

 

(そう……。あと一回か)


 まだ動けそうだと主張する自分と、もう限界だから、楽になりたいと主張する自分が、ロジリアの中でせめぎ合っていた。


 ……そして。


「まだ、城には戻りたくないのが、本音なのだが、しかし……」


……城に、戻りたくない?


 謎の一言をセツナが呟いたあとで、傍らの従者が慌てて、小声で何事かを告げた。


「…………そうか、女中が城に」

「……はい。ただいま城におります。血相を変えて、カナン様のもとに、飛び込んできましたよ」

「分かった」


 セツナは眠そうに目を擦りながらも、考えをまとめようとしているようだった。

 つまり……それは。


(ミガリヤからの刺客たちは、確保できて……。エレカは、無事だったのね)


 …………良かった。

 エレカが、血相を変えて城に戻って来たということは、ミガリヤの刺客と彼女は関係なかったということだ。


(私の早合点だったのね……)


 エレカを黒幕に仕立て上げなくて、良かった。

 そのことだけに満足したロジリアは、あと少し休もうと、部屋に戻ろうとして……。

 しかし、久々の感覚に、目を瞠った。


「えっ……?」


 とくんとくんと、心音が大きくなり、二つに重なろうとしている。


「どうして……今?」


 最近、感じていなかった、魔物が近くにいる合図が激しくなっていた。


(ちょっと待って!? 魔物は、シーカを目指している?)


 どうして、王都ではなく、ここに来ようとしているのか……。


 魔物アイツの目的は、何なのか?

 

 考えなければならないことが山積しているのに、ロジリアの頭は追いついていかない。

 ともかく、逃してはならないということだけが、ロジリアの足を動かした。

 

「ともかく、追いかけなきゃ……」


 拍動を頼りに、ロジリアは一度部屋に戻って貴重品だけを持って、外に出た。

 病みきった体に、真昼の日差しは強すぎたが、せっかく再会した魔物の気配を逃したくはない。

 ほとんど、諦めかけていた瞬間を迎えることができるかもしれないのだ。


(辻馬車をつかまえて……とりあえず……先に)


 どうやら魔物がいる場所は、シーカの城砦近くらしい。

 セツナは、サフォリアでは、ぶつぶつ交換は出来ない話していたが、聖女と認められた時に渡された高価な翡翠のティアラなどを渡せば、お金の代わりにはなるはずだ。

 ロジリアは雑踏の中、人にぶつかりながら、懸命に歩いた。


(こんなことで、負けてられないわ。ミッシェルの目を戻してあげられる可能性だって……まだ、ある。このまま一人で犬死するより、刺し違えた方がマシよ)


 とにかく、辻馬車を捕まえようと、通りで立ち止まっていたところに、前を歩いていた通行人たちの言葉が飛び込んできた。


「なあ? 他国の聖女さまと王子が市井に下りてきているって話は、どうなったんだ?」

「それさ、妙な話だったんだよ。昨日、女の子が、街沿いの人たちに、これからお二人がいらっしゃるって、触れ回ったらしいんだ。……で、いざいらしたら、お忍びで活動するから、裏通りに誰も入れないようにとか、規制かけたりしてさ。一体、何だったんだろうな?」

「…………えっ?」


 ロジリアは、ぴたりと足を止めた。


(それって、絶対にエレカのことよね?)


 こんなところで、エレカの話を聞くなんて……。

 しかも、彼らの話が正しければ、彼女は身の危険が起こることを察知していたからこそ、街の人間を規制したということになる。


 エレカは赤髪の聖女がサフォリアに来ているという、噂が出回っていると話をしていた。

 しかし、後で立ち寄った食堂では、誰一人として、ロジリアを聖女と呼ぶ人間はいなかった。


(エレカは、城に戻ったって話だけど?)


 彼女が何らかの理由で、セツナの命を狙っているとしたら?


 ロジリアは、ぎゅっと拳を握って、下を向いた。


(心配で仕方ない)


 セツナのことが、気になって仕方ない。


 彼は、ロジリアに心配されるような、弱い人ではなかった。


 きっと、エレカのことなど、何とも思ってもいないだろう。

 

 だけど、このまま去ってしまって、もう二度と会えなかったとしたら……なんて。


(こんな時だからこそ、私はミッシェルのことだけを、考えなくてはいけないのに……)


 ―――どうしても、セツナのことを、考えてしまうのだ。


「…………私」


 枯れたと思った涙が一滴、こぼれ落ちた。


「一体、何やっているんだっ!」


 ……と、そこで、大きな掌がロジリアの目を覆った。

 この手の感触を懐かしいと思えるほどに、ロジリアは昨夜、彼と密着していたらしい。


「…………殿下?」


 視界が暗い分、ロジリアには、セツナの感情の波が手に取るように分かった。


 ――怒っているようだった。


 それも、めちゃくちゃに……。


「お前の弟の過保護の理由が、分かるようだな……。こんなところで行き倒れたら、目も当てられないぞ」

「殿下」


 ロジリアはしゃくりあげないよう、注意を払いながら、懸念事項を告げた。


「エレカのことですが……」

「お前が気に懸けなくてもいい。分かっている」

「………………ですよね」


 やっぱりだった。

 セツナは、すべて最初から分かっていたのだ。

 分かった上で……。


「あの女中を同行させたのは、私だ」


 すべて策略だったと、白状する。


(嫌になるな……)


 セツナは刺客を押さえるだけではない。

 エレカを試して、敵の正体を探るため、ロジリアとシーカの城砦を出たのだ。


「だったら、いいのです。殿下にも会えたし」

「何がいいんだ?」

「私、行かないと……」

「どこに?」


 雑踏の中、セツナは一目を憚らず、ロジリアの涙をぬぐいながら、首を傾げていた。


「まあ、行くならそれでも良いが……まず、薬を飲め。移動するのは馬車でないと、駄目だぞ」

「馬車だと逃げられてしまうかもしれませんから。……私一人の方が良いと思います」

「ロジリア?」


 セツナから離れたロジリアは、よろよろと歩きだした。


「魔物……か? おい! 待て、ロジリア」


 背後でセツナが呼んでいたが、ロジリアは素知らぬふりを貫いた。


「………………」

「待てと、言っているだろう!」


 セツナはどかどかと大股でやって来ると、後ろからロジリアの肩を抱きしめた。

 立っているのがやっとだったロジリアは、あっけなく彼の腕の中でひっくり返ってしまう。


「おーっ」

「朝っぱらから、見せつけてくれるぜ」


 周囲の歓声が無遠慮に飛んでいた。


「まったく厄介な女だな……。ほんとうに腹が立つ!」


 腹を立てながらも、手放すつもりはないらしい。


「なあ……」

「…………?」

「城に戻るか……」


 今までに聞いたことがないくらい、優しい声音でセツナが囁いた。

 彼の温もりの中で、一瞬、何もかもすべて吹っ飛びそうになったロジリアだが、答えには窮した。


「でも、あいつが……」

「だからこそ……だ」


 ……何が?

 分からない。

 セツナの憮然とした表情から、答えを導き出すほどの余裕は、今のロジリアにはなかった。


 …………と、その時だった。


(えっ!?)


 鼓動の重なりだけではなかった。

 初めて、魔物の所在が頭の中に、浮かんできたのだった。


(でも、どうして……!?)


 ロジリアは、セツナの腕を強く掴んだ。


「どうして、魔物あれが…………城に……?」

「……ロジリア」


 セツナは、ロジリアの肩に触れる手に力を込めた。

 その冷静さが、かえって不気味なくらいに……。

 彼はロジリアの耳元で、悲しそうに呟いたのだった。


「………………お前が探していた魔物に、会わせてやる」

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