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――金色の瞳を持つ者は、神の申し子。この国を救う救世主となるだろう。
そんな預言が、まことしやかに伝わるミガリヤ国の王宮で、初めて国王が聖女と任命したのがロジリア=ヒースロッドだった。
ミガリヤにおいて、国王はこの国のレムリヤ教の最高権力者も兼ねている。
高位聖職者しか身にまとうことのできない、若紫色で作られた清楚なドレスは、特別な光沢を放つ素材で作られていて、赤髪に映える銀色のティアラを縁取る幾多の宝石は、希少な翡翠を使っていた。
内乱が続き、疲弊しているミガリヤ国内において、期待を一身に背負った格好だ。
本来であれば、この地で聖女としての義務を果たすのが当然なのだろうが……。
そういう訳にはいかない。
ロジリアは、聖女の使命に燃えて、国王に自分を売り込んだわけではないのだ。
(そんなことのために、私はわざわざ、こんなおっさんに取り入ったわけではないのよ)
内心、ロジリアはとてつもなく、焦っていた。
身体がだるい。
今日もあと少ししか、立っていられないだろう。
ちなみに、国民には、聖女が出現したという情報は伏せられている。
使命を果たした後に、大々的なお披露目会を設けて欲しいと、ロジリアは国王に懇願して、言い含めていた。
「陛下……。私は、至急、隣国サフォリアに赴き、使命を果たしたいのです」
しおらしく、ロジリアが下座から言うと、緋色の椅子に座る壮年の男ミガリヤの国王、ルース=ミリオンは、鷹揚に頷いた。
「国を救う聖女殿のお言葉だ。構わぬ。使命を果たすため、サフォリアに行くがよい」
家臣が一堂に揃った謁見の間。
それは、あらかじめロジリアが国王との打ち合わせした通りの茶番だった。
一見人が好さそうに、にこにこしているルースの、その目がまったく笑っていないことに、ロジリアだけは気づいていた。
(私なんて、どうでもいいんだろうな……)
けれど、それはお互い様だった。
「ありがとうございます。陛下」
ロジリアは、いかにも感極まった声を作ってみた。
穏やかな雰囲気を演出する中で、近くに寄るよう命じられたので、ロジリアは仕方なく、緋色の絨毯を進み、金色の玉座の真ん前で膝を折った。
ルースが席を立ち、ロジリアの前にやって来る。
「……託したからな。聖女殿」
耳元でささやかれた言葉に、ロジリアは呆れながら頷いた。
「…………聖杯を」
誰にも聞こえないような小声は、毒が仕込まれているように粘着質だった。
(しつこいわね。ちゃんと、分かっているわよ……)
この男は、聖女なんてものを信じてはいない。
むしろ、神話の世界に登場する怪しげな神具の方に執心しているようにも思えた。
回り回って、ようやく奪い取ることに成功した王座を、更に確固たるものにするために……。
そのためなら、どんなことでもしてやろうと企んでいる。
(でも、私だって……)
振り返れば、自分と同じ赤髪の少年が頼りなげに立っている。
(あの子を護るためなら、何だってするわ)
ロジリアはきつく心に決めて、艶やかな笑みを浮かべ……
「速やかに……手に入れてご覧にいれましょう。……国王陛下」
そう、言い放ったのだった。