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◆◆◆


 ――城塞の中の街、シーカ。


 ミッシェルから、話だけは聞いていた。

 セツナが領主を務めるミガリヤとの国境の街だ。

 ロジリアの目的は、サフォリアの中心地に向かうことだったが、それでもここはサフォリアの領土である。

 最南端の街の割には、人々の往来は激しい。

 やはり性格に問題があるとはいえ、王位継承権第一位の王子、セツナが支配する土地だからだろう。

 街は下り坂に沿うように築かれていて、馬車は平地にようやく入ったところで止まった。

 このまま真っ直ぐ突き抜けたら、もっと遠くに行けたのかもしれない。


(やっぱり、違うわ)


 空気の良し悪しには、敏感になってしまったロジリアだ。

 ミガリヤの砂塵を含んだ乾いた風に慣れてしまっている分、体を撫でるそよ風は感動的だった。

 それに、人々の笑顔も弾けている。

 新鮮な野菜に果物が樽一杯に積まれていた。活気があって、とても賑やかな街だった。


 平和な世界だ。

 サフォリアは、たとえ距離が近くても、ミガリヤにとって、あまりにも遠い場所にあるようだった。

 ロジリアの胸に、複雑な感情がよぎる。


 やはり、何処か自分は浮いている。


 ここにいてはいけない余所者だと、痛感してしまうと、何となく胸を張って歩けない。

 咳の警戒も含めて、猫背になりながら歩いていると、背後から荒い呼吸が聞こえる。

 振り返ってみると、ロジリアよりもっと身体を丸めて、肩で息をしながら、ゆっくりと歩いているセツナがいた。


「殿下?」


 彼の背中からはみ出している細長い白い物体は棺桶だ。真ん中には、大きな十字架の飾りがついていて、セツナのお気に入りであることは知っているが……。


(どうして、馬車に置いて来なかったのよ?)


 ロジリアは、怒鳴りたくて仕方なかった。


「やっぱり……殿下のお嫁さんになる方は、大変だわ」

「……………………疲れた。私は、もうここで息絶えるかもしれない」

「息絶える前に、背中の荷物を下ろすという選択肢もありますよ」

「ちょっーと、殿下!」


 その更に背後から、エレカがすたすたとやって来た。

 今まで、彼女は馬車を信頼できる店に預けに行っていたのだ。


「殿下……。こんなことをお伝えするのは、大変気が引けるのですが……」

「さっさと言え。私が意識を手放す前に……」

「では、申し上げますが……」


 エレカは無関係と決め込んでいたロジリアの袖まで掴んだ。


「ものすごく目立っております。二人とも」

「―――あっ?」


 その時、初めてロジリアはエレカの指が示す方向に目を向けた。

 不審人物に、興味津々の衆目が、自分とセツナに集中していた。


「何で、私まで?」


 全身、白ずくめの礼装で棺を背負っている、いかにも怪しいセツナに比べて、ロジリアは城で用意してもらった簡素な榛色の木綿地の地味なドレス姿だ。

 いつ汚れても良いように、あえて安物の動きやすい素材をと、頼んだつもりだった。

 自ら聖女と名乗らない限り、バレるはずがないのに、皆、ロジリアのことを知っているようだった。

 唖然とするロジリアに、年老いた女性が走り寄ってきた。


「その真っ赤な御髪に、その凝った十字架の首飾り。貴方さまがミガリヤからいらっしゃった聖女さまですね。どうか病に伏せる私の息子に、神ご加護を! お願いします!」

「…………わ、私?」


 どういう訳か、ミガリヤの赤髪の聖女情報が出回っているようだ。

 

(私なんかに、助けを求めてきても……)


 人命救助ができるくらいなら、自分の命と、ミッシェルの目をとっくに治しているはずだ。

 にわか聖女のロジリアに出来ることは、せいぜい金色の瞳で、向かって来る敵をなぎ倒すことくらいである。


(どうしよう……)


 老婆だけでない。あらゆる人がロジリアの袖を引っ張った。

 蒼くなっているロジリアの隣で、セツナもまた試練を迎えていた。


「あんた、その白ずくめの怪しい気障な格好。セツナ王子が日ごろ身に着けていらっしゃる着衣のようだな?  ……もしかして、貴方様は?」

「なに? 怪しい気障な格好だと?」


 初めて指摘されたとばかりに、セツナが目をみはっている。

 自分の格好がいかに危険なのか、今まで知らなかったらしい。

 二人の困惑を、エレカは悟ったのだろう。

 突然、ロジリアの手とセツナの袖を手に取って、大声で呼びかけた。


「お二人とも! 恐れ多いことですが、すこーしばかり、走りますよ!」

「はっ!?」

「行きます!」


 宣言するや否や、エレカは、セツナとロジリアを引っ張って、脱兎のごとく、その場から駆けだした。


「うわー! ちょっと!」


 ――待って欲しい。


 症状が奇跡的に落ち着いてはいるが、ロジリアは病人なのだ。昨日、やっと歩けるようになったくらいなのに。


(し、死ぬ!? 本気で死ぬわよ)


 全力疾走などしたら、それだけで命に関わる。

 しかし、エレカはロジリアの病気の深刻度なんて知らない。人気のない裏の路地に入った途端、人が変わったかのように、声を荒げた。


「まったく! 布教だと仰るので、てっきり街中で説法でもするかと思ったんですよ。でも、いつまでも黙っていらっしゃるし」

「それ……は、殿下が……」


 ロジリアは絶え絶えに息を切らして、辛うじて言い返したが、興奮しているエレカには通用しなかった。


「聖女さま……。最近、ミガリヤから赤髪の聖女がやって来たと噂が流れています。布教に来たと思ってる人もいるので、みんな貴方を見かけたら、聖句の一つでも唱えて頂こうと寄ってくるのは当然なのですよ」


 そういえば、ここはミガリヤ以上に、宗教熱心な国だった。


「だって、貴方は……私に、寄ってこなかったじゃない?」 

「わ、私は、ミガリヤについて知識があったのです。それに、本は好きですが、現実主義者なので……」

「分かったわ。これから気を付けるから」


 厄介なことばかりだ。

 これから王都に向かうにしても、毎回こんな目に遭っていたら、絶対、前に進まないだろう。


「やはり、庶民には、私の高貴で優美な佇まいに感じるものがあるようだな」


 反省の色すらないセツナは、活き活きとしていた。


「殿下……もう宜しいでしょう? エレカと一緒に帰って下さい」

「お前、そればかりだな」


 セツナがやれやれといった調子で、腕組みをしている。

 これでは、らちがあかない。


「エレカ、あのね……申し訳ないんだけど、殿下を連れて城に戻ってくれないかな?」

「……しかし」

「殿下は、狙われているのよ。だから、お願い」

「狙われている?」


 エレカは、訝しげにセツナを見遣った。

 セツナは、つんと顔をそむけている。

 説明する気もないようだった。

 こうなったら、ロジリアが彼女に話すしかない。


「……殿下は私が倒れた日に、殺されかけたのよ。今、こんなことを聞いたところで、かえって混乱してしまうと思うけど。本当に、ごめんなさい」


 ……しかし


「どうして、お前が謝罪するのだ?」


 セツナは緩く結んだ髪を撫でながら、忍び笑いをしていた。

 この意地悪めいた表情……美人なだけに、小憎たらしさも倍増してしまう。


「殿下が、謝らないからでしょう」

「私のせいなのか?」

「危険を伝えず、エレカを連れてくるなんて、卑怯じゃないですか」


 ……と、言い合いになりそうになりそうなところで、ロジリアはハッとした。


「……どうしたの? エレカ」


 呼びかけても、彼女の反応がない。

 エレカの視線は、セツナの背後に向かっていた。


「………………聖女さま。もしかして、あれが?」


 彼女の見ているものを、目で追いかけていたロジリアだったが、急に前方が真っ暗になって、ふらりとよろけた。


「何をしているんだ。危ないではないか」


 上手い具合に、セツナに支えられてしまうのが忌々しかった。


「……何なんだ。まさか、また刺客か?」


 セツナがロジリアを抱えたまま、面倒臭そうに呟いた。

 そうだ。

 その「まさか」である。


「殿下のせいですからね!」

「聖女さま……もしかして、あれが刺客ですか?」


 エレカの蒼白な顔に、ロジリアはセツナの手を振り払って、前に出ていった。


「……そうでしょうよ」


 武装した集団が迫って来る。

 距離が近い。

 もはや、全員で逃げている暇はなさそうだった。

 ロジリアは、すうっと、慎重に息を吸い、呼吸を整えた。


「ここは、私にまかせて。エレカは……逃げて」


 ロジリアは密やかに告げた。

 しかし、エレカもなかなか折れない。


「駄目ですよ! 聖女さまは、ご病気なのですから、逃げるならご一緒に」

「私は平気だから、殿下と貴方は逃げて」


 実際、ロジリアの体力的にも、ここから二人と一緒に走って逃げることは、出来そうもないのだ。

 しかし、同様のことを考えていたのは、ロジリアだけではなかったらしい。


「こんな重い棺桶を持って、また走れと言うのか? 無理に決まっているだろう」


 セツナが真顔で、ろくでもないことを言っている。


「殿下は、いちいちうるさいですね」

「わ、私……」

「エレカだけでも、行って」


 幸い、彼女の背後の道は、今駆け抜けて来た道だ。少し走れば、賑やかな大通りに戻ることが出来るはずだ。

 足を竦ませているエレカの背中を、ロジリアはぽんと叩いた。


「大丈夫よ。今なら、逃げられるから。先に馬車のところに戻っててちょうだい」

「聖女さま……でも」

「早く……!」

「………っ」


 涙目になりながら、エレカがその場から走り去って行った。

 これで、一安心だ。


「どうやら、今回も私のせいみたいだな」

「…………今、気がついたんですか?」

「すまない」


 今回ばかりは、殊勝にセツナが詫びて来た。

 一応、彼なりに状況は把握しているらしい。

 

(まったく、だから、城にこもってろって言ったのに……)


 一番に会いたい、魔物の気配を微塵も感じないのに、人の殺気ばかりは、息苦しいほどにロジリアの神経に飛びこんでくる。

 皆一様に覆面をしているが、体格からして、成人男性。人数は三人。

 先日取り逃がした刺客たちと見て間違いないだろう。


「さて……」

「さて……」


 セツナとロジリア、同時に声が被った。


「何ですか? 殿下」

「お前、見たところ、しんどいようだな。奴らの狙いは、私だ。お前は少し離れたところで、休んでいてくれていいぞ」

「……………………はっ?」


 幻聴か?

 セツナが明日の天気のことでも話すかのように、揚々《ようよう》と告げた。


 ――なぜ、今更、そんなことを言うのか?


「こんな時に、冗談ですか?」


 セツナが本気でそう思っているのか否か、とっちめている時間はなかった。


 ――剣を構えた男たちが一斉に、セツナ目掛けて襲いかかってきた。

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