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「えっ、エレカ?」 


 どうして、ここに彼女がいるのか……?

 今日のエレカは、いつものメイド服ではなく、萌黄色の地味な貫頭衣ワンピースだった。


「殿下の命で、御者をすることになったんです」

「そ、そうなの?」


 今の今までまったく、ロジリアは知らなかった。

 セツナによって、ロジリアが馬車に乗せられた時、御者台の人物は、黒い外套を纏い、フードを目深にかぶっていたのだ。


(あれは、バレない為の秘策?)


 今日に限って彼女が私服なのも、セツナの言いつけに違いなかった。


「いや、殿下が窓硝子を叩いたら『馬車を止めろ』との合図だということでしたので……。様子を見に来たんですが、聖女さま、大丈夫ですか?」

「私は、平気だけど……」


 エレカの身の上こそ、心配だった。


(どうして、この不穏な時に、エレカを御者なんかに選んだのよ。従者は護衛もかねて、武人がついて来るものなんじゃないの?)


 よりにもよって、ロジリアより年下の少女一人を供にするとは、不用心にもほどがある。


(とりあえず、エレカだけには、帰ってもらわないと……) 


 でも、ロジリアは馬を操ることができない。

 サフォリアのお金を持っていないので、身につけているものを換金する必要がある。

 すぐに御者と馬車を手に入れることは不可能だった。


(私が考えなしだということよね。分かってるけどね)


 ………自己嫌悪に陥っているロジリアをよそに、エレカは使命に燃えていた。


「殿下と聖女さまと、ご一緒できるなんて、大変名誉なことです。特に、聖女さまは、お忍びで布教をするんですってね。聖女さまの布教って、どんなものが見られるのか、楽しみです」

「はっ?」


 ――布教?

 ロジリアは、いよいよ耳を疑った。

 恐れ多いとは思いつつも、セツナを小声でとっちめた。


「…………待ってください。布教って、どういうことですか。殿下?」

「そう言わないと、あの娘が不安がるだろう。ヨハンが来ると言う時に、私が城を抜け出すのを手伝ってくれる人材などいないのだ。いいから、お前も私に合わせて黙ってろ」

「騙まし討ちじゃないですか。それ、詐欺の手口ですよ」

「別に嘘ではないぞ。お前は仮にもミガリヤ公認の聖女なんだから、ついでに布教もしてみろ」


 小声で、応酬してくるセツナが信じられなかった。

 ロジリアは、こほんと咳払いをした。


「いっそ、殿下とエレカ二人で、城に戻ったら、いかがでしょう?」

「ふざけるな。今、戻ったら、私がヨハンと鉢合わせするかもしれないだろうが?」

「あのですね……。私は、殿下の家出にお付き合いするために、外に出たわけではないんです。戻って下さい。私は一人で十分ですから。勝手なことを申し上げますが、ミッシェルのことだけ、くれぐれも、よろしくお願いします」

「お前……本当に勝手なことを言ってくれるな。いくらなんでも、自分よりも重病人を放置して、私が帰れるわけがないだろう?」

「えっ? 聖女さまのご病気は完治されていないのですか?」


 事情を知らないエレカが、さっと顔色を変えている。

 ロジリアは、セツナを殴りたい衝動を必死でこらえて、わざと元気に振る舞うしかなかった。


「違うわよ! ご病気なのは、殿下の方よ。特に頭の方が……」

「何だと? 私はかなりの病弱だが、頭の中はいたって、健全だ」


 ――言い合いながら、睨み合う二人を、一番年少のエレカが両手を叩いて止めさせた。


「ちょ、ちょっと! そこまでにしませんか。聖女さまも、殿下もお身体に障りますって」

「…………ごほっ」


 まさしく、そうだ。

 調子に乗ったせいで、咳が出てしまった。


(こんなことで、体力を消耗させてどうするのよ)


 続きそうだった咳を、ロジリアが深呼吸して、落ち着かせたところで、エレカが気遣わしげに声をかけてきた。


「聖女さま、少し休憩しましょうか。外の空気を吸えば、体も楽になるかもしれません」

「女中、何を言うのだ。このまま……馬車で遠くに」


 ――と、セツナは速攻で言い返したものの、ロジリアとエレカを見比べてから、すぐに答えをひるがえした。


「……いや、まっ、それも、そうだな。外に出るのも良いかもしれない」 

「はっ?」

「少し、歩いてみよう。待ちに待ったサフォリア国内だぞ。外の方が、お前も何かを感じるかもしれないだろう?」

「……でも」 


 セツナは今までの不機嫌が嘘のように、やんわりと微笑った。


「それで、女中よ。ちなみに、ここは何処なのだ?」

「えっ……。ここはまだ、シーカの城塞都市ですよ」

「なんだ。すぐ近所じゃないか。てっきり隣の街くらいには、入ったのかと思っていたが?」

「まさかー。まだ、城を出てすぐですよ。そんなはずないですよ」

「ふーん。つまらんな」


 少し慌てたように笑ったエレカに、セツナが冷ややかな眼差しを送っている。


「すいません」


 ……と、エレカが慌てて謝罪すると、セツナはさっさと質問を切り替えた。


「もう一つ尋ねるが、女中よ。お前の腕で、馬車を飛ばして、王都までどのくらいかかりそうだ?」

「王都……ですか」


 エレカはあからさまに眉を顰めて、唇を尖らせた。


「どんなに私が頑張っても、馬車を飛ばして二十日以上はかかります。王都ラクシスはここより北と聞きました。私は生まれてから一度も、王都には行ったことがありませんので、迷ってしまったら、更に日数がかかるかもしれません」


 ――二十日……。


「有り得ない……わ」

「ははっ。終わったな……。ドジリア。まあ、こういう日もある」

「もしや、殿下は、王都までの距離をご存知だったのでは?」


 先ほどのセツナの嘆きは、それだったのだ。

 知っていて、彼は逃避行を強行している。

 馬鹿にされたものだ。


「怒るなよ。大体、王都行きを聞いたのは、ついさっきのことだ。それまで、私はお前の望みが分からなかったのだぞ。まさか、聖女さまが、そんな常識も知らないとは、思ってもいなかったのだからな」


 嫌味か……。

 セツナの冷ややかな口調に、ロジリアは己の無謀を感じ取っていた。


(知らないわよ。サフォリアのことなんて……)


 いくら距離的に近いとはいえ、ミガリヤ国内に、サフォリアの情報などほとんど入って来ないのだ。


「…………あのー。どうします?」


 エレカが一人きょとんとしていた。

 彼女には、さっぱり、話が見えてこないのだろう。

 ロジリアとて、もう分からなくなってきていた。

 しかし、このまま休憩をとらずに一日、馬車に揺られて平気な自分が想像つかない。


「あ、ごめんね。エレカ、私も、少し風に当たるわ」


 ロジリアは肩を落としながら、馬車を降りたのだった。

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