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3

◆◆◆


 ――それから、三日後。


 ようやく少し動けるようになったロジリアは、朝早くから馬車に揺られていた。

 セツナは、忘れっぽい性格だと自ら宣言していたにも関わらず、口にしたことをちゃんと覚えていたらしい。

 幸い、サフォリアの医者の力で、ロジリアの熱は平熱に近いところまで下がっていたので、彼の外に出してやる……という言葉に、あっさりと従ってしまったのだが……。


 ――――でも、こんなはずではなかった。


「気分が悪くなったら、ちゃんと言うのだぞ」


 セツナがいる。


 ……監視つきなら、入国を許可する。


 その監視人とは、セツナのことだったらしい。


(…………暇なの?)


 確かに、城にいてもセツナは寝てばかりで、働いているところなど見たこともなかったが……。


(それにしたって)

 

 近過ぎだ。

 

 セツナは身体がくっつきそうなほど密着して、ロジリアの隣に座っているので、心が落ち着かない。

 否が応でも、セツナのご尊顔が目に入ってしまう。

 棺桶生活が長い割に、金糸のような髪の毛は、相変わらずさらさらだ。赤毛で癖っ毛のロジリアには、羨ましいくらいだった。


(……て、いやいや。見入ってどうするのよ)


 ロジリアは気持ちを切り替えて、セツナから距離を取った。


「どうして、殿下までいらっしゃるんですか? 監視付きとは聞いてましたけど、疲れるのは嫌なんですよね?」

「言っただろう。私もヨハンという恐ろしい化け物から、逃れたかったのだ」

「それにしたって、お命が狙われているのに、城を出るなんて、不用心ではないですか?」


 実際、不用心どころの騒ぎではない。


 ――暴挙だ。


 セツナは、誰一人、従者を連れていないのだから……。


 通常、一国の王子が出歩く時は、行列のように従者を連れて歩くものなのではないか?


「別に、その城で命が狙われたのだ。何処にいても、同じではないか。むしろ、外の方が安全かもしれないだろう」


 ――まあ、一応……理には適っている。


 内部犯なら、尚のこと城内にいるのは、危険だ。

 だが、セツナは元々、犯人を調べるつもりがないようだった。

 そんなやる気のなさで、開き直って言われたところで、同意なんて出来るはずもないだろう。


「……殿下の事情はわかりましたが、私と行動を共にする必要はないと思います。私は一人で、良かったんですよ」


 そうだ。

 ロジリアは、早く一人になりたかったのだ。

 たった、それだけの思いが、どうして叶えられないのか。


「しかしな……。お前一人では、他の領地に入るまで、たらい回しにされたあげく、待たされて、野垂れ死ぬだけだと思うが?」

「……それは」


 普段ぼうっとしているくせして、こういう時だけミッシェルより手厳しい。


「たとえ、入国許可証があったところで、他の都市に行くのなら、手形が必要だ。お前がいくらレムリヤ教の聖女とうそぶいたところで、外国人には違いない。手形がなければ足止めされるだけだぞ。それこそ、正面突破などしてたら、命がいくつあっても足りないぞ。ミガリヤでは、そういう点で苦労をしなかったのか?」

「………………めちゃくちゃ、しました」


 手形を取ることがどれだけ面倒であるかを、ロジリアはミガリヤで嫌というほど経験していた。

 あまりの煩雑さに、苛々して、聖女なんて更に厄介なものを背負う羽目になってしまったのだ。


「ほら、見たことか……」

「うっ」


 反論できない。


「良かったな。私を一緒に連れて行けば、何処の領地も、入り放題だ。安心するが良い」

「そうですね。ええ……殿下でしたら、私の骨まで暇つぶしに拾ってくれそうなので、安心かもしれません」


 負け惜しみに皮肉を込めて答えると、セツナはそれが気に入らなかったのか、酷薄な微笑で迫って来た。


「今のお前では、魔物を見つける前に死体になるぞ。いいか? 私を置き去りにするなよ。もしも、置いて行ったら、私の命令で確保している、お前の弟がどうなることか……」

「……そんな、人質みたいな真似を」

「望んだのは、お前だろう。姉公認の人質のようなものだ」


 酷い言い草だが、それもまたセツナの言う通りだった。

 ……だけど、待ってほしい。

 ロジリアは、今日シーカの城砦を出るなんて一言も聞いていなかったのだ。

 セツナに掻っ攫われるようにして、強引に馬車に乗せられたのだ。


(……せめて、次の街くらいまで、ミッシェルを連れて来られたら良かったんだけど?)


 かなり長い時間、城に置いてもらって、サフォリアは弱者をなぶる趣味はないだろうと、安心しきっているのがいけなかったのか……。

 今頃、目覚めたミッシェルは、姿を消したロジリアに、大騒ぎをしていることだろう。


(大丈夫かしら……。ミッシェル)


 いかにも、冷酷そうな、カナンに酷い目に遭わされていないだろうか?


「戻りたいか?」

「いいえっ!」


 勢いで首を横に振ると……


「お前は、本当に……」


 セツナは澄んだ青い瞳を、弓のように細めた。


「猫みたいな奴だな」

「はっ?」


 意味がよく分からない。


「目が金色に光るからですか?」

「違う」


 じゃあ、何なのかと答えを待つが、セツナはロジリアに意味を教えてくれる気など、ないようだった。

 代わりに、またとんでもないことを言い出した。


「自分がいなくなっても平気かと、真面目に問うのは、遺される者にとっては、酷なものではないのか?」

「………………あれ、聞いてたんですか?」


 寝息まで立てていたくせして、セツナはロジリアとミッシェルの会話を聞いていたようだった。


(まったく、油断も隙もあったものではないわね)


 きつく睨みつけると、さすがに自分に非があることを悟ったのだろう。

セツナは、わざとらしく口を手で覆った。


「あー……それにしても、馬車は揺れるな。吐き気がすごい。いよいよ、私の車酔いが発病してしまった」

「車酔いは、病気というより、体質のような気が……」


(むしろ、私は目まで変になりそうだわ……)


 ずっと睨んでいたら、セツナの白一色の衣装が陽光に反射して、目が痛くなってしまった。

 

「……だったら、荷台の棺桶に入っていれば良いんじゃないですか? 楽になるかもしれませんよ」

「実は、棺桶にいる時の方が、酔いは酷いのだ。特に馬車の棺桶は危険だ」

「……すでに、経験済みなんですね」


 馬車にまで、棺桶なんてものを持ち込むことに、もはや彼の執念を感じてしまう。


「それほどまでに、殿下が棺桶にこだわる理由って何なのです? 理由くらいは、あるのでしょう?」


 どうせ、適当に流されるだけだと、今度はまったく回答を期待していなかったロジリアだったが、意外にもセツナは、あっさり答えてくれた。


「ヨハンがな……。棺桶の中までは、追って来なかったのだ」

「…………はっ?」

「あいつの厳しい指導から逃げていたら、棺桶に辿りついた……ということだ」


 ロジリアは、目を瞬かせた。


「そんなに、ヨハンという方は、恐ろしい方だったのですか?」

「恐ろしいと一言では形容できぬな。あれは化け物だ。苦しんでいる私を見るのが楽しいと、公言する変態だな」


 セツナが、ぶるりと震えた。

 過去の恐怖を、思い出したらしい。


(可哀想に……)


 子供時代の教育がとことん間違っていたために、セツナはとんでもない大人になってしまったようだ。


「それでも、ヨハンという方は、殿下を育ててくれたのでしょう?」

「まあ……な。だから、欠片ほどは、情のようなものがある。でも、出来ることなら、絶対に会いたくないのだ」

「……そうですか」


 いつもの淡泊な話し方とは違い、セツナの言葉には感情がこもっていた。

 ヨハンという養父は、彼にとって、絶対に避けて通りたい、巨大な壁のようなものなのかもしれない。

 

「さあ、とにかく、行くからには遠くに行かなくてはな。馬車をとことん走らせて、王都くらいまで行ってみるか?」

「…………王都?」

「不服か? じゃあ、お前はどこに行きたいんだ? 魔物の気配はどこにある?」

「今のところは、まったく感じませんね……」

「まったく?」

「はい、まったく」


 シーカの城塞を訪れた時には、薄らと感じていたのだが、今はさっぱり、アイツの気配を掴めない。

 ロジリアの話が真実と確信したらしいセツナは、分かりやすいくらい、がっかりと肩を落とした。


「あのなあ……。目的地もなく、城を飛び出してきたのか。サフォリアも広い。闇雲に馬車を走らせるだけでは、お前の寿命が尽きるぞ?」

「でも、王都辺りじゃないかって、思ってはいます」

「適当だな」

「魔物が再び標的を狙うなら、国王がいる王都。適当ではありませんよ。考えた末での目的地です」

「すごいな…………」


 ややしてから、彼はおもむろに額を押さえた。


「それで、よく、お前たちは、サフォリアまでたどり着けたな。ある意味、神が起こした奇跡だ。……いくらなんでも、行きあたりばったりすぎるだろ?」

「私たちは、これでどうにかなって来たから良いんですよ。殿下の方が問題を先延ばしにしてばかりじゃないですか?」

「問題をすり替えるな。……まったく、お前の話を聞いてると、私は産気づきそうになる」

「ん?」


 ――一体、何が生まれるのだろう?


 とんでもない言い違いではあったが、セツナは蒼白だった。

 気怠い顔で、車窓にこつんと頭を打ち付ける。

 本当に、気分が悪いのかもしれない。

 だけど、対処は簡単だ。

 この場でセツナを、外に放りだせば、自然と治るはずだ。


(いっそ、ここで殿下には降りてもらって……)


 本気でそんなことを考えていたら、馬車の方が空気を読んで止まってくれた。


「殿下! もしかして、聖女さまが具合悪いのですか?」


 そして、おさげ髪の少女が勢いよく馬車の中に入ってきたのだった。

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