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◆◆◆


 ――黙って見つめ合って、どうする?


 ロジリアは、渋々口を開いた。


「…………殿下。過剰なくらい、良くして下さり、ありがとうございます」


 まずは、礼だ。

 変に気恥ずかしくて、棒読みになってしまったが、彼の手厚いもてなしには、本気で感謝しているのだ。

 しかし、セツナは愛想笑いの一つも見せずに、うなずくばかりだ。


(こんなんだから、私も素直になれないのよね……)


 すぐに手持ち無沙汰になって、ロジリアは小さな溜息を零した。


(大体、この人の家臣は、何をしているのよ?)


 命が狙われている王子と異国の怪しい女を二人きりにすることほど、危険な行為はない。


「……殿下は狙われているのに、単独行動を取るのは、危険ではないですか?」


 黙っていられずに、思ったまま告げると、セツナは憮然と言い返してきた。


「魔物の力を持つお前の傍ほど、安全な場所はないじゃないか?」

「ご覧になったでしょう? 魔物と戦っている間に、私が血吐いて倒れたら、どうするんです?」

「なに? お前は、そこまで調子が悪いのか?」


 わざとらしい裏声が、かえって痛々しかった。

 ロジリアは、苦笑した。

 むしろ、こういった反応の方には、慣れている。


「どうせ、殿下だって、ご存知なのでしょう?」


 さすがに「何を?」とは、彼もとぼけなかった。

 セツナは肩を落とし、無言で棺を床に置く。


(……ほら……ね)


 やはり、セツナはロジリアの病気のことを知っているのだ。

 それでいて、鈍感な言動が多いのは、彼自身、ロジリアとどう接して良いか分からないから……かもしれない。

 ロジリアは、いまだかつて、こんな人の良い特権階級の人間と会ったことがない。

 だから、自分でもおかしな対応になってしまうのだ。


(これも、私の買いかぶりかもしれないけど……)


 セツナは半笑いのまま、身も蓋もない台詞でまくし立てた。


「……まあ、その、ともかくだ。人間はいずれ死ぬものだ」

「微妙な慰めを、有難うございます」

「その……聖女でも、病気になるのだな……」

「余命幾何もないからこそ、聖女なんて、面倒なものに名乗りをあげたのですよ」


 ――ロジリアの余命は、残り少ない。


 ミガリヤにいた時は、亡くなる寸前で命拾いをしたが、ミッシェルの目を犠牲にしても、半年も持たないという状況であった。

 ロジリアのために、医者を呼んだセツナは、そのあたりのことを、よく分かっているはずだ。


「だけど、ほら、医者の言うことは、あてにならないだろう。私なんて、こんなに具合が悪いのに、異常が見当たらないと言われたぞ。おかしな話じゃないか?」

「…………頭の異常は、見受けられますが?」

「そうだな。……頭痛も酷いな」


 …………疲れた。


(眠いな……)


 一人にして欲しいと言わんばかりに、咳払いをしてみたが、案の定、セツナがロジリアの心の内を理解できるはずもないようだった。


「……確か、ドジ……リアだったか……」

「……ロジリアですって」

「ああ、そうだ。そうだったかな」


 絶対ワザとだろう。

 

「殿下は、私に何か御用なのでしょうか? 殿下を狙った犯人として、私を投獄する気になったのですか?」

「まあ……私の襲撃の件は、どうでも良いのだ」


 さて、どうしようか。

 ロジリアの常識がおかしいのか?

 いや、そんなことはないはずだ。


「……絶対に、とてつもなく重要な問題ですよね」

「私は立場上、命をよく狙われる」

「いずれ、この国の王になられるからですか?」

「お前…………この私がサフォリアの王になど、なれると思うのか?」


 …………永遠に続きそうな沈黙に浸ってしまった。


 答えを察したらしいセツナだが、しかし、飄々としている。

 自分なりに、気づいてはいるのだろう。


「だからな。私にその意思はないのだ。周囲にもそのように説明している。順当にいけば、叔父のエヴァンが継ぐはずだ。だから、私なんぞ放っておいても、無害なのだ。ある意味、私は存在のない……空気のようなものなのだから」

「空気……ですか」


 明らかに、今のロジリアにとって、有害な空気となっているのだが……。

 さて、どうしたものか?


「それでだな。お前の弟、ミッシェルのことだが?」

「えっ、ミッシェル?」


 驚いた。

 弟のことは、ちゃんと名前を呼んでくれるらしい。


「あの者は、やはり目が見えないのか?」

「……ああ」


 別に、こちらから、話すこともないが、隠しているわけでもないのだ。

 ミッシェルだって、セツナにだけは事情を話すように、語っていたはずだ。


「ええ。まあ……。でも、ほんの少し……明かり程度でしたら、見えるみたいですが」

「お前が敵……いや、魔物を討たなければならない理由は、あの弟のためか?」

「別に、ミッシェルのためだけではありません。元々のあるべき姿に戻すだけです。……私は、とっくに死んでいる予定でしたから」

「……死んでいる……のか? お前が?」


 興味深そうに、セツナは身を乗り出してくる。

 確実に乗せられている気はしたが、ロジリアも、ようやくいつもの強気が出てきた。 

 話す体力があるのなら、きっとすぐに歩くことも出来るはずだ。


(コイツなら私の身の上話を面白がって、さくっとサフォリア入国許可を出してくれるかも)


 ロジリアは打算を隠して、神妙な面持ちを作り出した。


「先日、魔物……と、殿下も言っていたじゃないですか。私の目のことです。信じてもらえるか分からなかったので、あえて口にしませんでしたが、ミガリヤで、金色の目をした魔物は、私の命とミッシェルの目を引き替えにしたんです」

「確か、お前は人の形をしていたとか……話していたよな?」

「見た目は、人間の男で……黒髪の長身だったと思いますが……。ただ、人に化けていただけかもしれません」


 自称魔物は、全身黒ずくめの男だった。

 化け物の割には、洗練された所作で、丁寧語を操っていたことを、よく覚えている。


「あの時……私は瀕死の状態でした。現れた魔物は、ミッシェルの目を見えなくする代わりに、私に自分の目の能力を与えて、少しの間だけ……私の命を保証したのです」

「……黒髪の長身に、金色の……瞳。まるで、人そのものだな」


 セツナは長髪を重そうに、掻き分けた。

 その横顔に、なぜか意味ありげな微笑が浮かんでいるような気がしたが、きっと錯覚だろう。

 こちらを向いたセツナは、いつもの死んだ魚のような目をしていた。


「しかし、だったら、むしろ、幸運ではないのか。お前は生きたいのだろう。弟だって、別に視力を戻せと主張はしていない。つまり、それぞれが良かった……ということだ。善意の魔物ではないか?」

「……善意なはずないでしょう。究極の嫌がらせですよ」


 少なくとも、ロジリアはそんなことを頼んだ覚えはないのだから……。


「私が死んで、ミッシェルの目が見える保証があるのなら、私だって無理はしません。でも、それが分からないのですから、魔物を殺して、術を無効にするしかないのです」

「……で? 自分を殺せば、術を無効になると……。それだけ、魔物はお前に教えていったと?」


 ロジリアは、小さく首肯した。

 魔物は、あの場ですぐに身体を動かせなかったロジリアを嘲笑うように、自分を殺してみろと挑発したのだ。


(あいつは、私が必死になって追いかけてくることを楽しんでいるのよ……)


 馬鹿げている……と自分でも思っている。

 けれど、考えている時間も、悩んでいる暇も、ロジリアには残されていないのだ。

 普通に話したら、頭の心配をされそうな話だが、変人セツナであれば、それを面白がって入国を許可してくれるのではないか?

 とにかく、ロジリアは寿命が尽きる前に、サフォリアにいる魔物を討たなければならないのだ。

 しかし、セツナはロジリアの想像以上に、壊れていた。


「はっ? …………殿下」


 突如、セツナは無言でロジリアの手を、握りしめてきたのだ。

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