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◇◇◇
「おやおや、私と入れ違いでミガリヤ入りですか?」
全身真っ黒の男が、大仰に尋ねた。
対するのは、全身真白い金髪の男。
シーカの城塞近くで、両者は馬車の小窓から顔を覗かせ、剣呑な雰囲気で対峙していた。
「薄情ですね。シーカにいらしたのなら、セツナ殿下にお会いしていかれたら、宜しいではないですか」
黒髪の男はそう言って、ついでのように軽く頭を下げる。
白い男もまた黒い男に負けず劣らずの妖しい笑みを口の端に蓄えたまま、淡々と言い返した。
「私は遠慮しときます。これから、貴方のほうがセツナに会いに行くのでしょう。私は貴方のように、あの子に重圧を与えたい訳ではないのです」
「重圧……ですか。一方的に酷い言われようですね。貴方も私もお互い様ではないですか」
二人の間に立ち込める尋常ならざらぬ緊張感に、互いの従者の方が慌てている。
だが、二人はそんなことなど構いなしに、同じような仮面の笑顔で相対していた。
十分な沈黙を得てから、白い男が口を開いた。
「貴方も人ではないとか、王都で噂になっていますよ。セツナの為にも少しくらい自重されたら、どうですか?」
「それも、酷い言われようですね。これでも、私、充分自重しているんですけどね。今回だって、良かれと思って動いているのです。だいたい、貴方だって罰則対象ですよね。もうずっとミガリヤとサフォリアを行き来することは、禁止されているんですから」
ざああっと、砂塵を含んだ空っ風が二人の間を駆け抜けた。
ミガリヤから流れ込んでくる風は、見上げるほどに高いシーカの石造りの城塞に、弾かれて、返っていく。
それは、人も同じだ。
やる気のないセツナが自ら望んで、やって来た国境沿いの領地であるが、国内が安定しないミガリヤに接している最前線の場所であることには変わりない。
この場所に、セツナ王子がいたからこそ、サフォリアの安全が護られているのだと、その点に関しては、白い男も、黒い男も十分、理解していた。
黒い男はようやく笑みを引っ込めて、かわりに溜息を吐いた。
「きっと……。私が見てているものと、貴方が感じているものは、一緒なのでしょうね。いずれ、ミガリヤとの関係は、はっきりさせなければならない時が来る」
「そうですね。その時、表舞台に立つのは、私の役割ではありませんけど?」
「……ならば、貴方は、今頑張らなければなりませんね」
「これがまた、地味に大変な作業なんですけどね。馬鹿をやるのは、結構大変なんです」
「そういう自惚れの仕方は、セツナ王子にそっくりですね。血は争えないとは、上手い言葉だと思います。…………エヴァン殿下」
黒い男がそう呼ぶと、白い男=エヴァンは
「馬鹿にされている気分ですね」
低い声で呟いた。
そして、黒い男に軽く会釈すると、エヴァンは馬車に進むよう合図した。
――確かに、こういう局面で逆に面白がってしまうところは、王族の強い血の力かもしれない。
(私も……ね)
彼ら以上だ。
面白がった挙句、引っ掻き回して、めちゃくちゃにしてしまう。
きっと、相当セツナは怒っていることだろう。
(ああ、ぞくぞくするなあ……)
黒い男=ヨハンは、にやにや笑いながら、エヴァンとは逆方向に馬車を出したのだった。