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紅蓮のロジリア 〜喀血聖女と棺桶王子〜  作者: 森戸玲有
プロローグ
1/41

◇◇◇


 ――無味乾燥な毎日を、渋々生きていた。


 だから、彼は今日も、いつもと変わらない一日を過ごすだろうと思っていた。

 とっくに、日が高く上っていることは知っていたが、彼は暗い寝所で、いつまでも、うとうと揺蕩たゆたっていた。

 それが、彼の日常だった。

 それで、満足だったはずなのに……。


 今日はいつもと違う騒々しさに、強制的に起こされてしまった。

 不法入国者が現れたのだと、侍従長が彼に告げた。

 しかも、正々堂々、門番に『ミガリヤ人』と名乗ったらしい。

 隣国ミガリヤとは、ここ数十年ばかり国交がない。

 それでも、不法入国者は後を絶たないわけだが、ここまで堂々とやって来た人間は例がなかった。


 ――愚かな奴だ。


 見回りの兵士にでも変装するなどして、勝手に抜けてくれるのなら、こちらも見逃すことができるが、名乗られてしまっては違法だとつっぱねるしかない。


 役人とは、そういうものなのだから……。


 少し頭を働かせれば分かることなのに、その程度のことも失念していたのか……。


 ――もっとも。


(……私には、関係ないけれどな)


 突き返すのは、青年の仕事ではない。

 青年は漫然とここにいるだけで良くて、他事に気を取られるのは、本意ではないのだ。

 下手に動くとろくなことがないし、第一、疲れるではないか。

 けれども、理性とは裏腹に、青年の好奇心は大いに刺激された。

 ここ数十年、何事にも興味を示さなかったのに、その侵入者が少女だと耳にしたとき、胸がざわついたのだ。


(どうして、女の子が……?)


 少女は、武装もしていないのだという。

 青年は、突き動かされるように、揺籃ようらんのような寝床から出て、最上階の小窓から、少女らしき姿を見下ろした。

 小柄な体躯たいくは報告通り、女性のものだと分かったが、その容貌は目深にかぶったローブのフードに覆われて分からなかった。

 いや、それよりも、気になったのは、少女の足元だった。


 ――無数の矢が突き刺さっている。


 丸腰の相手に武器を向けるなんて、この国らしからぬ暴挙ではないか。

 青年は、密かに腹を立てた。

 ただの威嚇だと、副官は口にしたが、青年は言葉通り受け取ることはできなかった。

 大勢の兵士たちが彼女の動向を固唾を飲んで見守っている。

 どんな屈強な男でも、こんなに大勢の兵士たちに囲まれたら、足が竦むはずなのに……。


(あの娘は、怖く……ないのか?)


 少女は怯えも恐れも見せず、平然としていた。

 頬に赤い一線。

 出血しているのに、毅然とそのまま、しっかりした足取りで跳ね橋を渡って来る。


(橋なんて渡っていたら、逃げ場もないではないか……)


 死ぬために、来るようなものだ。

 矢挟間で、弓兵が再び身構えるのを目撃した。

 青年は息を呑んだ。

 直ちにやめさせるよう、副官には命じたが、果たして間に合うかどうか……。


 ――その時だった。


 少女は、唐突に沈黙を破った。


「私の名前は、ロジリア=ヒースロッド。ミガリヤ王より、聖女を拝命した者です。時間がないのです。早くここを通して下さい!」


 稲妻のごとき大音声だった。


 ――聖女?


 それは、世界を救うための力を持った清らかな乙女のことだ。

 神話の世界の女性のことではないか?


(絶対に、存在しないと思っていたのだが……) 


 強風にあおられ、彼女のかぶっていたフードがはずれた。

 真夏の太陽のように燃える紅蓮の髪。

 金色の瞳がちらりと青年を見たような……気がした。

 

 ―――そうだ。


 青年はその瞳の色を、長い間、待っていたのだ。

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