王は過去を知る
それは、もう戻れない過去へ思いをはせている顔だ。
この才気あふれていたであろう老人は過去に何があったのだろう?
「一つ、聞いてくれるか?」
「何をです?」
「なぁに、この哀れな老人のしがない人生の話じゃよ。」
その話を始める顔はひどく自嘲気味で過去の自分を責めているような顔だった。
自身を責め続けているようなそんな顔だ。
「わしはのぉ、自分で言うのもなんじゃが魔術学院を首席で卒業したかなりできる魔術師じゃった。」
そのあと少しまんざらでもないような顔でだが「自分で言うがのぉ」と言っていた。
茶目っ気あるお爺さんだこと。
「当然、わしも、わしの周りの奴らも魔法師団に入るか宮廷師団に入るかだろうと思っておったし、実際宮廷魔術師団に入団もした。今思えばあの頃が世間的にみて一番輝いておったころじゃろうよ。」
そこで一つ疑問がわく。
世間的にみて?なぜ?神父さんから見ても輝いてはいなかったのか?
「あのっ!」
「ん?なんじゃ?」
「先ほど神父様は世間的にみてと言ってましたが神父様から見てどうだったのですか?」
そう聞くと、一瞬ぽかんと驚いていた神父さんだが急に笑い出した。
「そおかい、そこまできずくか。言葉の粗に目をつけるのがうまいのぉ。流石は院内で一番賢いといわれるだけはある。じゃが、少し侮っておったようじゃのぉ。まさか5歳に見抜かれるとは思ってもみんかったわい。」
「いやぁー」
流石にやりすぎたか?
まあ、今更であろう。
そもそも、5歳で魔法を使えるのがおかしいのだ。
「話を続けよう。若いころのわしは確かに世間的に輝いておった。何せ歴史的にも珍しい平民から宮廷魔法師団に入ったからのぉ。じゃが、あそこははっきり言って陰湿さの塊じゃ。団員は腐っておる。賄賂に、欲に、心においても腐っておった。わしは平民ということで風当たりは想像を絶するほど強かった。」
そんなに・・・
前世におけるわが国でも近衛兵で同じようなことはあったがここでも・・・いや、この国は思うにもっとひどいか。
「まあ、それでもわしは懲りずにそこに居続け成果を出し続けた。そのことが気に入らんかったのじゃろうな奴らは。じゃがのぉ、あれは到底許せんかった。あのことは。」
そう神父さんが言った時、神父さんの怒りが、悲しみが、無力さがその一見力なさそうな老人の体から流れ出した。
「奴らは、わしが気に入らなかったのか、それとも気まぐれにか知らんが、わしの家族を皆殺しにしよった。」
「そんな。」
「許せんかった。何より許せんかったのは奴らが一切処分されんかったことじゃ。表向きには賊にやられたと。じゃがわしは魔力感知にたけておったこともあって気づいてしまったのじゃよ。魔力による殺しで、何より宮廷魔法師団内の者の魔力だった。」
そこまで、そこまでやるのかここの貴族は。
民を守るべき貴族がその責を放棄するだけでなく自身から逃れるとは。
考えられない。
しかし、神父さんはどうしたんだ?
そんな、無力に打ちひしがれるわけでもなさそうだが。
「おぬしの疑問に答えよう。殺したよ。」
「え?」
「その貴族はわしが自らの手で殺したよ。いま思えば、あの時に全部終わったのだろうな。それからは、すべてを捨ててここの神父になったよ。今から20年前だ。」
理不尽。その言葉がこの老人の心を取り巻いているだろう。
その通りだ。
理不尽すぎる。
かといって、解決策はない。
「すまんの。こんな話を聞かせて。しがない老人の人生じゃろ?」
「いえ。」
ちがう。そんなもんじゃない。
この人はそんなもんじゃない。
「何⁉」
神父さんの顔は驚愕に染まる。
そんなこと初めていわれたみたいな。
「戦士じゃないですか?理不尽に抗い続けた戦士だと私は思います。実際しがなくないでしょう?それほどの魔法力、鍛えてないと身に付きませんよ。」
神父さんは笑った。
「そうかい、そうかい。こんな小僧に見抜かれるなんて鍛えたりないみたいじゃのぉ。」
そう愉快そうなのを装って言っていた神父さんの顔からは一筋の光が流れていた。