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深夜特急の車窓からー揺れる想い・鈴音

私は洗面台の前でグッと背伸びをした。


さっきのコーヒーはおいしかった。


刺激されたようで、お腹が空いているのが分かる。


思えばこれまで空腹を感じなかった。


彼は夕食はどうするのだろうか?




浮き立つ気持ちで洗面台の鏡を見た。


そこには気が緩んだ私がいる。


ふと思う。・・・本当に彼は信じていいの?


「日本人にこそ気をつけろ!」


インドには金のなくなった日本人がたくさんいる。

彼らは親切な振りをしてインドに不慣れな日本人観光客に近づくのだ。


・・・私の事ではないか。


現に今、出会ったばかりの彼に荷物を預けてしまった。


私は弱ってしまってないか?




日本ではもっとしっかりしていたはずだ。


大学のゼミはリーダーだった。

バイトでも社員よりも頼られ、フロアーを取り仕切っている。


毅然とし、凛とした女性。

それが私だったではないか。




彼のへにゃっと笑う顔を思い浮かべる。


悪い人には思えない。


けれども、彼が親切でいい人であっても他人である。

甘えたり頼ったりするべきじゃない。


鏡に映った私にいう。


「私、一人で行く勇気を持て!気を緩めるな!」


この旅にでることは私自身が決めたのだから。











夕食はどうしよう。


自分で決めるしかない。

カレーしかないか・・・考えながら席に向かう。


インドの食堂車にはカレーしかないらしい。


初日にカレーを食べて以来、私はカレーは避けている。

辛さよりも油がキツかったのだ。


駅の売店では南国の果物が目を引いたがパイナップルやマンゴーなど皮つきの物ばかり。

食べられないので買わなかった。


気合を入れ直して席に戻ると美味しそうな香りがする。


「おかえり、鈴さん。よかったら、これ、いっしょに食べません?

ご飯、まだですよね。」











小さい肉まんのような物が山ほど積まれている。

真ん中には赤いソースが入っているカップ。


「カレーは飽きてるかなって思って、モモにしました。」


彼の言葉は図星だった。

カレーでないのは嬉しい。

本当に美味しそうだ。


「モモ?」


「ネパール系の料理で肉まんと餃子の間の感じかな。カレー感がないから

日本人にも食べやすい味だよ。食べたことないですか?」


「ない、です。」


「じゃ、是非是非食べてみて。」


彼はプラスチックのフォークを差し出す。


「でも・・・」

先程、彼には頼らないと決めたばかりだ。


「鈴さん、お腹、空いてないですか?」


「そうじゃないですけど。」

私はフォークを受け取らない。


「もしかして遠慮してる?」


「そういう訳じゃないですが・・・でもそうです。これ以上ご迷惑をかける訳にはいきません。」


私が意地を張ってしまっているのはわかっている。

ここは素直に甘えてしまえばいいのだ。

でも、ここは譲れない。


「それなら、割り勘で。5ルピーを貰って貸し借りなし。どう?」


「え?はい、それなら・・・」


「はい、まいど!お金は後でいいよ。さぁ、食べようか。」


あっさりと言うと、私に先程のフォークを渡した。


「じゃぁ、半分づつと言うことで。いただきます。」

「・・・いただきます。」




モモは小さな肉まんのような形で、味は蒸し餃子に近い。


皮は薄めですごくモチモチしている。

中の肉餡はシンプルな味付けだ。


口に入れると肉の旨味がグッと広がる。




おいしかった。


久々にきちんと食べた気がする。

もっとがっつきたい。食欲が止まらない。


が、彼にみっともない姿も見せられない。


内心が表情に出ないように取り繕う為、彼が食べるのに合わせて食べていく。




彼はのんびりと1個づつ味わっていた。


「うん、まぁまぁかな。今回は車内販売にしては当りだな。」


「ハズレを引くこともあるんですか?」


「ハズレだらけですよ。今日の朝ごはんは大笑いしちゃうような不味さでした。大失敗!」


彼は思い出し笑いをする。

私は失敗しても笑う余裕もなかった。




「この車内販売も、モモ以外はやばい匂いがしたんです。

でも、夕食がモモだっけてのもなぁ。

他に何かあればいいですけど。

やっぱ、ヤバそうでも試してみればよかったかな?」


そう言いながら、ゴソゴソと彼は自分の荷物を漁る。


「あ、マンゴーがあった。食べられますか?」

「実はあまり食べたことがないんです。」

「そうなんです?じゃ、試してみてください。」


彼はマンゴーをとりだすと、折りたたみの小さなナイフで皮を剥きだした。


「ナイフ、持ってるんですね。」


「果物ってどこでも売ってるし持ち運びしやすいんです。ナイフがあれば列車内でもホテルでもちょっとした時に食べられる。最悪、ごはん代わりにもなります。」


皮を剥き種から削いだマンゴーを紙皿に並べると、私にナイフを見せてくれた。


木製の柄の部分渋味のあるツヤがあり、刃には不思議な模様が刻まれていた。


「初めての中国の旅行をした時に買ったんです。小さくていろいろ便利。

それから、旅行の時はずっと使ってる。」


「何かいいな、そういうの。」


「お気に入りアイテムがあると、旅が楽しくなりますよ。さ、マンゴーも食べみてください。」


マンゴーは甘くておいしかった。











お腹もいっぱいになり、最後にまたコーヒーを出してもらった。



あ~、敵わないなぁ。



私にとっての『旅』は泣きそうになりながら頑なになって進むものなのに、

彼にとっての『旅』は何も気負わず、ゆったり楽しむものらしい。


鏡の前でした私の決意も彼にとっては子どもが意地を張ってるようなものだろう。



全くもって敵わない。



「コーヒーが美味しい。」私が呟く。


「食後のコーヒーはやっぱり落ち着きますよね。車窓を見ながら飲むコーヒーは好きなんです。」


彼は窓の外を眺めている。




闇の中に少し欠けた月が出ている。


月の光に照らされ、うっすらと湖が見えた。


水面に映る月が走る列車を追いかけてくる。


やがてカーブに入り、ゆっくりと湖は離れて行った。




湖を見送った後、彼の方を見る。


彼はコーヒーを飲みながら、まだ車窓を眺めていた。


さっきは躊躇った言葉が自然と口から出てきた。


「あの、佐藤さん。明日、ジョードプルに着いたら一緒に行ってもいい?」







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