深夜特急の車窓からー鈴音のアルバム
<深夜特急の車窓からー鈴音のアルバム>
鈴さんの呟きに何か違和感を感じた。
「鈴さん、インド人が苦手ですか?何かあったんですか。」
鈴さんは「えっ」と少し悩んだ後、
「実はちょっと。何から話せばいいのか…」
話しはじめたら止まらなかった。
空港をでた瞬間、激しい客引き達にまとわりつかれ、
タクシーでは遠回りをされそうになり、
ゲストハウスでぼられそうになってケンカをし、
と、まぁ苦労していた。
鈴さんは話しているうちにいろいろな怒りを思い出したらしく、
「もう、インド人が信じられない!」と興奮してくる。
ぼくはちょっと笑った。
「インドの洗礼というか。旅行者相手にしてる人達は…ね、いつも狙ってるというか。
ぼくも何度もやられましたよ。特にオールドデリーはひどかった。」
「まぁ、でも普通のインド人は意外と親切な人が多いと思いますよ。」
怒りを吐き出してすっきりさたのか、鈴さんもちょっと笑って言った。
「さっきの車掌も不機嫌そうだけどいい人でしたね。」
「ただ、好奇心が強すぎて困るんですよね。何かを1人に尋ねるとすぐに周りの人が集まって。大きなインド人に囲まれると、悪い人たちでなくてもやっぱりビビってしまうんです。」
インド人は体格がいい人は本当にでかい。威圧感があるのだ。
鈴さんも大きくうなづいた。やはり想いは同じなのだろう。
インド人話で一盛り上がりした後、ぼくは、ちょっと息抜きにコーヒーが欲しくなった。
インドの列車では、給湯器が各車両にありお湯は自由に使える。
「鈴さん、コーヒーは飲めます?お茶の方がいいですか?」
「コーヒー、飲めますけど、いいですよ、そんな・・・」
「遠慮されるほどたいしたものじゃなくて。申し訳ないけど、ただのインスタントのコーヒーです。」
そう言って僕はお湯を取りに通路に出る。
鈴さんも慌てて立ち上がった。
「一人でちゃちゃっと行ってきます。鈴さん、荷物見ていてもらえると助かります。」
「ええ…分かりました。」
ぼくは、早足で給湯器に向かう。
サヤ以外との日本語の会話は久しぶりだ。
楽しかった。
「そういえば、バックパッカーは初めてですか?」
「ええ、海外はハワイぐらいです。」
鈴さんはコーヒーを一口飲む。
ぼくも口に含めると、コーヒーの香りが広がる。
・・・ただのインスタントだけど。
「それは、思い切って来ましたね。初のバックパッカーでインド一人旅は
なかなか難度が高いですよ?」
「正直、本当に大変です。」
意気消沈する鈴さん。
「でも、どうしてインドに?」
「実は、行きたいところがあるんです。」
鈴さんは話し始めた。
「春に父が病気で亡くなりました。父は観光雑誌のカメラマンで世界中を回ってました。不愛想でいつも自分の写真はダメだとぼやいている人でした。」
そう言って、小さなアルバムの写真を1枚見せた。
「このゲストハウスは父の常宿で、カメラを預かってもらっているそうです。父は体調を崩してから、「いつか取りに行きたい」と、ずっと気にしていました。」
写真にはインドの民族調ながら少し小洒落たゲストハウスの前に日本人とインド人、2人の男が笑顔で立っている。
「父の代わりにカメラを取りに行ってみようかと思ったんです。」
「場所とか連絡先とかは分かってるんですか?」
「それが、全く。ただ、写真の流れからするとラジャスターンのどこかだと思うんです。」
ラジャスターンとはインドの西側、砂漠の広がる広大なエリアだ。
「それで、とりあえずどこに行くつもり何ですか?」
「ジョードプル。父が美しい街だってぽつりと話していました。写真もいっぱい残してるんです。」
「へえ、ぼくもジョードプルに行きますよ。2泊の予定です。」
「本当ですか?!」
「ぼくはどうしてもメヘラーンガル城塞が見たくてね。」
正確にはサヤが見たいと騒いだのだが。
「それなら、あの、お願いが…いや、なんでもないです。」
「??、何かあります?」
鈴さんは何かをごまかしたように笑った。
鈴さんはやんごとなき事情で席を外している…つまりトイレである。
ぼくは鈴さんのアルバムを見ていた。
ジョードプルのブルーシティの街並み、荘厳な夜明け、威容誇る城塞、
数々の写真が挟んである。
「ジョードプルの写真は確かに多いな。あとは、ジャイプールの風の宮殿、
ジャイサルメールの砂漠、アルワールの街並み、何処かわからないけど市場。」
鈴さんのお父さんはたくさんの街を周っていた。
生き生きした人々の表情が印象的だ。
全ての街に行ってみたくなる。無理だけど。
~なかなかいい写真じゃない~
サヤは写真をのぞき込んで言った。
〜それで、弦。鈴の探してるゲストハウス、見つかると思うかの?〜
「難しいと思うよ・・・ラジャスターン州って日本と同じ位広い。情報が写真1枚ってのは。」
〜そうか〜
「サヤが写真の縁を結ぶとかで探せないの・・・写真に縁なんてないか。」
〜いや、物にも縁はあるぞ。例えば弦の小さなナイフ、強く弦と結ばれておる。他にも妙に気に入っている物、捨てられない物はないか?〜
「ああ、あの高校のジャージとか。」
〜うむ。物にも縁はある。縁のある物に導かれるのはよくあることだ。そして縁を結ぶ糸口が見つかれば、物を介して場所とも縁を結ぶこともできる。しかしのう、結び先がわからなければどうしようもない〜
「魔法のように、うまくはいかないよね」
ぼくの言葉にサヤは不満そうに言った。
〜これも命運魔法の一つなのじゃが。まぁ、魔法にもことわりがある。
できること、できんことがあるよ〜
話をながらサヤがふっと通路を覗いた。
~車内販売が来るぞ。そろそろメシかのう?そなたは腹が減らんのか?~
車内販売の威勢のいい声が聞こえる。
もう、すっかり日が暮れこれを逃すと、車内販売も来ないだろう。
「ま、ぼくが悩んでもしょうがないことか。」
カートを押した親父に声をかけた。
何か旨いものがあればいいけど。
インドの車内販売は外れ率が高いのだ。
ぼくは恐る恐るカートを覗いたのだった。