深夜特急の車窓からー酉の平 鈴音
<深夜特急の車窓からー酉の平 鈴音>
彼女は睨むような視線で話しかけてきた。
「すいません、日本の方、ですよね。」
「ええ、どうしました?」
僕の返事に少し警戒しながら
「席を探しているのですが、切符の見方が分からなくて。」
彼女は切符を見せる。
「えっと、ここの2つ隣ですね。」
立ち上がって案内する。
「大丈夫です。自分で探します。」
と彼女が言うその間にコパーメントに着いてしまう。
ぼくがベッドを指差すと、彼女は切符とベッド番号を確認した。
「分かりました。もう大丈夫です。」
下段のベッドに座るインド人の男性に警戒した様子でベッドを見上げる。
3段ベッドの一番上だ。
「後は大丈夫です。」少し強めにぼくに言うと、彼女は大きなリュックをベッドに上げようとする。
···背が届いていない。ちっとも大丈夫ではなさそうだ。
フラフラとリュックが落ちそうになる。
彼女の後ろからリュックを支えると、
そのままベッドに押し入れた。
「・・・どうも」
「登る時、気をつけてね。」
そう言うと、ぼくは自分のベッドに戻った。
〜なかなか、かわいい子じゃな!〜
「···そうか?」
発車のベルが鳴る。
車内には食べ物を抱えた乗客達が
ホームから戻ってきた。
さまざな匂い(主にカレー)とざわめきが車内に立ち込める中、
ガタン、と重そうに列車が動き出す。
彼女は荷物を整理すると通路に立ち、恐らく貴重品の入っているであろうウエストポーチをしっかり抱えている。
「先ほどは、ありがとうございます。」
そう言う彼女の前を乗客が行き交う。
まだ、駅を出てすぐの為車内が落ち着いてないのだ。
本当は自分のコパーメントにいた方がいいのだが、
インド人の親子がいて落ち着かないのだろう。
でも、少し通路の邪魔になっている様子だ。
「こっちに座ります?」
ぼくはベッドにスペースを空けようとする。が、
「いい。荷物が見えてないといけないので。」と。
まぁ、そこに座っていれば荷物に不審な動きがあればすぐにわかる。
「でも、落ち着かなくないです?」
二人の間を人が通るのだ。
その時、車掌が切符を確認しに来た。
インドの列車では、車掌に切符を渡し鉄の札を貰うシステムになっている。
車掌は切符の行き先を確認し、降りる駅に近づくと伝えてくれる。
もし、深夜着でも乗越さないですむ。
車掌は無愛想な男でチケット、と一言。
彼女が固まる。
「切符をこの札に変えてもらうんです。」
ぼくの鉄の札を見せる。
彼女は慌てて切符を取り出し、車掌に渡す。
車掌は切符とぼくたちを見て怪訝な顔をする・・・
ふっと思い立ち、車掌に声を掛けた。
「彼女がこっちのコパーメントに移ることはできます?」
「えっと、それでいいです?」彼女にも確認する。
「できるのですか?」とキョトンとする。
しかし車掌は少しめんどくさそうに肩をすくめる。
駄目か・・・と思った時、さっき彼女を連れてきたインド人の3人組の男達が向こうの方から何かを口々に言った。
車掌はそちらをチラッと見るとため息をついて「OK」と答えた。
そして、一段目のベッドの鉄の札を彼女に渡す。
男達がピューと口笛を吹くと
車掌は片手を上げて次のコパーメントに歩いていった。
ぼくがと男達に親指を立てて「サンキュ!」と叫ぶと
彼らも親指を立てて笑っていた。
〜気持ちのいい奴らじゃな〜
サヤも彼ら手を振ったがそれは見えていないだろう。
彼女の荷物を運び終え、僕たちは小さなテーブルを挟んで下段のベッドに座った。
「席、替えれてよかったですね。あの3人組のおかげかな。」
「はい、本当はいい人かも。」
「インド人って目が大きいから、日本人からするとちょっとビビるんですよね」
彼女がフフっと笑う。
少し緊張も緩んできたようだ。
「いろいろありがとうございます。私、酉の平 鈴音。(とりのだいら すずね)」
言葉にキツさがなくなってきている。
「ぼくは、佐藤 弦太郎。酉の平さん・・・珍しい名前だね。」
「名字、長くて呼びづらいでしょ?名前で呼んでください。」
「じゃぁ、鈴さんで。ぼくは弦太でいいですよ。」
「それは流石に・・・」
そんな話をしているとさっきの無愛想な車掌が戻ってきた。
「※※※~※」
車掌の声にビクッとする鈴さん。
見ると新しい布団と枕、毛布を持ってきていた。
「鈴さん、大丈夫ですよ。寝具を準備してくれるみたいです。」
ぼくらをどけるとシーツを取り替える。
無愛想な割に丁寧に寝具が整えていった。
作業が終わると「※※※」と言って片手を上げて行ってしまった。
・・・何だかんだで、親切だ。
鈴さんはそんな彼を見送って驚いたようにポツリと言った。
「インド人にも、悪い人ばかりじゃないのね。」