ジョードプルにてータラチャンと藤さん
ぼくは部屋から飛び出すと屋上に上がった。
屋上は2段になっており、下の段に物干し場、残り半分の一段上がバーになっている。
屋上からはジョードプルの街並みがきれいに見える。
正面に城塞、右に街並みと時計塔、その奥に宮殿。
〜うむ、ここで反乱のイメージだな〜
サナはご満悦である。
6段ほどある階段を登るとバーではタラチャンと一人の日本人が腕相撲をしていた。
「オー、ランチか?ちょっと待って。」
タラチャンが歯を食いしばり勝負をかける。
日本人の男がグ〜と言いながら耐える。
黒いタンクトップに短パン、格好はラフだがひげはきれいにソリ、髪も短髪で小綺麗に刈り上げている。
歳は30代前半にぐらいだろうか。
テーブルには彼のノートパソコンが置いてあった。
タラチャンのアタックをしのぎ切り、逆にカウンターで勝負を決めた。
彼は息を切らしながら声をかけてきた。
「こんにちは。今日、ここに来たって日本人だろ?オレ、藤って言うんだ。よろしく。」
「ええ、こんにちは。佐藤です。今朝の列車で着いて。藤さんはここには長いんですか?」
「今回は1週間ぐらいかなぁ。もう、何回も来てるんだ。」
タラチャンが声を掛けてくる。
「ランチ、食べますか?日本人食べやすいようにできますよ。」
彼も追加で言った。
「たぶん、うまいと思うよ。オレがアドバイスしたんだ。」
「へぇ〜、じゃ、連れを呼んできます。」
ぼくが物干し場に降りると鈴さんが上がってきた。
白いふわりとした風通しの良さそうな長袖の上着を着ている。
先程のキャミソールの上に羽織っているようだ。
「弦さん、いた!もう、急にどこに行ったかと思った。」
ギュッとぼくの服の袖を摘む。
「いや・・・それはそうとランチ食べない?」
「いいよ。さっき誰かと話していなかった?」
鈴さんは周りを見る。
「上に日本の方がいるんだけど、その人がタラチャンに日本人に合うようにカレーの味をアドバイスしたって。」
そう言って、バーの階段を登る。
階段の上ではタラチャンが待ってましたとばかりに言った。
「ランチは2つでいい?タラチャン特製のジャパニーズカレーでいいんだろ。藤さんも食べるか?」
「そうだな、食べようかな。」と藤さん。
「では、一緒に食べませんか?」
「じゃ、そうしようかな。」
「OK!そっちのテーブルに座って。3人分持っていく。」
タラチャンが厨房からでてきた。
カレーはバターチキンカレー+チャパティだった。
日本人に合うように、スパイス軽め、ヨーグルト多めにしてあるそうだ。
チャパティとは薄いナンのようなもの。
「美味しい!わたし、インドでこういうカレーを食べたかったんです。」
鈴さんが嬉しそうに言う。
「日本のインド料理はこういう感じだよね。」
藤さんは食べ慣れた感じで手で食べていく。
少し味を堪能した所でぼくは話始めた。
「改めて。ぼくは、佐藤です。彼女は酉の平さん。」
「藤です。よろしく。いいなぁ、彼女と旅行なんて。」
「藤さんはインドに長いんですか。タラチャンと仲が良さそうなですね。」
え?・・・ぼくが否定する前に鈴さんが話しを進めていく。
「もう、一週間になるな。それに何度も来ているんだ。」
「お仕事は・・・連休が取れるんですか?」
鈴さん、結構斬り込む。とはいえ、ぼくも興味があるところだ。
「働いてるよ、ここでも。IT関係で契約社員というか、フリーランスというか。」
藤さんは後ろのパソコンを指差した。
「テレワークでね。月に何回か会社に顔を出せば大丈夫。」
「ここで、働いているんですか⁉何と言うか・・・そんなことが可能なんですか?」
ぼくが驚いて聞いた。
「これでもちゃんと仕事はこなしてるからね。会社では真面目と思われているよ。信頼されていれば、どこで働いているかなんて考えもしないよ。」
なかなか衝撃的な話だ。
今まで、バイトをしてお金を貯めては旅に出ている人は何人も見たが、働きながら旅に出る人は初めてだった。
でも、納得した部分もある。
藤さんの身なりが綺麗なのだ。
映像であっても仕事関係の人と会うためだろう。
「なんでジョードプルなんですか?」鈴さんが聞く。
「うん?ここの景色や乾いた空気が好きだからかなぁ。」
「あの、これらの写真の場所って分かりますか?」
鈴さんはお父さんのアルバムを出して尋ねた。
パラパラとアルバムをめくり、藤さんは考えて言った。
「この辺は城塞とブルーシティー。あと俺は行ったことがないけど、これは宮殿の中の写真だな?。」
「宮殿って、ウメイド・バワン・パレスですか?」
「そう、あの丘の上にある建物。可能性は高いと思う。」
城塞とは反対の南東方面に大きなモスクのような建物がある。
鈴さんのお父さんはあそこにも行ったのか。
「あと、これもメヘラーンガル城塞。城壁の上だな。漫画のシーンに似てると言われてるからよく知ってる。」
高いところからジョードプルの街並みを写した写真。
「あの海賊の漫画、知ってる?ジョードプルはその砂漠の国編のエジプトと共に、モデルの一箇所と言われているんだ。
オレ、あの漫画が好きでね。まぁ、聖地って場所の一つだ。」
あれ、何か引っかる・・・
サナを見るとスッと目を逸らす。
海賊の漫画の舞台、サナの麦わら帽子、サナの謎の呟き・・・
鈴さんと藤さんは、写真の位置について話している。
「ごめん、ちょっと席を外すね。」
サナを頬をつまむ。
ぼくは建物の影に連れて行ったのだった。