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深夜特急の車窓からー夕暮れの中、ぼくはジョードプルに向かう

<深夜特急の車窓からー夕暮れの中、ぼくはジョードプルに向かう>


「お兄ちゃん、今日、牛乳買って実家に寄ってくれない?」

「残念、ほなみ。無理だわ。今、インドでジョードプルってとこに向かってってるとこ」

「インド?じょーどぷる?何それ、カレー屋?」


LINEはネットが繋がればどこでも通話できて便利だけど、

どこでも連絡が来るのも困ったもんである。


~ほなみに、旅に出ること言ってなかったのか?~

サヤがぼくに不思議そうに聞く。


「言ったら反対されたでしょ」


サヤは肩の上でケタケタ笑う。

〜情けないやつじゃ。弟扱いされてるのぉ〜

からかうサヤにうんざりしながら、ぼくは流れる車窓を見た。 


窓の外は夕焼け。


列車は赤と闇の荒野の、一直線のレールを走っている。

時折、黒い影となった農夫と水牛が草を食むのが見える。


濃い朱の色が徐々に濃い紺となり、そして闇が広がっていく。






ぼくはインドの旅に出た。


ニューデリーから西の砂漠の街、ジョードプルに向かう寝台列車に乗っている。


車内片側に3段ベッドが向かい同士並び、6ベッドで一つのコンパートメントを形成している。

反対の通路には窓に沿って縦に2段ベッドが並ぶ。


昼間は暇を持て余し、拙い英語のぼくにあれこれ話しかけていた乗客達も今は気だるそうに車窓を見たり、ゆるゆると食事の準備をしている。


ぼくは、下段のベッドに座らせてもらい、ただ闇に染まり行く景色を見ていた。




~地図の上から人は見えない、か。~

夕焼けの中、馬車に乗る人影を見て、肩の上のサヤが呟く。


彼女は、異世界から転移した存在、紗咲耶ササヤという。


天狗のような恰好をし、背中には黒い羽がある。

頭にかぶっているのは、最近、何故か気に入っているらしい麦わら帽子だ。


彼女は、異世界を探索するよう師匠に言われ

精神世界に偶然漂っていた、僕の召喚意識の糸を見つけ

手繰って結び、この世界に顕在化した、らしい。




と言っても、サヤはぼく以外には見えない。


もしかしたら、厨二病をこじらせたままのぼくの

「空想の産物」かもしれないと思ったこともある。


一時期、何もいない肩の上に精霊がいるものとして話しかけていた痛い時期があるのは事実である。


でも、違うのだ。断言する。

ぼくは『過去の英雄を召喚して戦うゲームの

金髪の剣の少女』のような属性が好きなのだ。


洋風で気品があって健気で真面目。過去に影があると尚、良い。


断じて和調で偉そうなのは違う。

更に彼女はわがままなのだ。


世の中には同じように見えても、わかっている者なら絶対間違えない物がある。

音楽好きと言ってもロックと思って演歌を間違えて聴かないように

ラーメン通が博多ラーメンが売りの店で絶対に醤油ラーメンを頼まないように。


わかってくれるだろうか。

ぼくは間違えてもこの天狗っ子を幻覚で妄想したりしない。


つまり、彼女は幻覚や妄想ではない。と思う。

それに彼女はぼくの知らないことを話したりする。

何かしらの存在なのは確かなのだ。




そんなサヤが、夏休み前のある日に頼みがあるとぼくの前に座った。

いつもは、偉そうで我が儘な彼女がぼくの前に正座をし、真剣な顔で話しかけてきた。


~我は聖地へ巡礼に行かなければならない。異世界にいる我にとって大切なことなのじゃ。弦よ、われを助けてたもう。~


少々うざくは思っていても、嫌っている訳ではない。

今回のぼくの旅はそうして始まったのだ。





辺りが闇に包まれたころ、大きな街に入っていた。


列車は速度を落とし駅にゆっくりと入って行く。


屋根もない低く広いホームには大きな荷物を頭に載せた客や

果物やナンを抱えた物売りがごった返している。

その後ろの方にはどこから入ったのかのんびりと残飯を漁る牛。


窓越しに見るその景色はテレビのドキュメント番組のようだ。


列車が停まりドアが開くと、昼間の熱気を残す風が車内に吹き込んで来た

ホームの喧噪が車内に伝わる。


一気にテレビのような景色が現実空間となった。


同じコンパートメントの客達も大量の荷物を背負って出ていった。

ここに残ったのはぼくだけだ。


乗り込んで来る者、ホームに出る者。

同時に行われる混乱に車内も活気に包まれる。





〜あの子、日本人かの?〜

乗り込んで来る人々の中にアジア系の若い女性が見える。


黒髪をアップに束ね険しい表情をしている...確かに日本人っぽいかな?


一人大きなリュックを小さな体にしょって、通路を狭そうに入ってきた。


切符と席番号札をみながら、自分のベッドを探している。


そこに好奇心があふれた3人組男達が彼女を囲んで話しかける。

でも彼女は彼らに目を合わそうとしない。

意思の疎通をする気はないらしい。


行き交う人と彼女達で通路はごった返してきた。





〜女の一人旅とは珍しいのぉ〜と、サヤ。


「女性2.3人組のバックパッカーならよくいるけどね。」


インドと言うと、日本とはかけ離れた世界を想像する人も多いが

日本人旅行者はそこら中にたくさんいる。


特に大学が夏休みのシーズンは。


~お、あの子から縁の糸がでてる…ちょっとお主と結んでみるかの~

サヤは縁を紡いで結ぶことが出来るらしい。 


「え、ちょっと待って…」




一陣の風が吹いた。




彼女を取り囲んでいた男の一人がふっと思い出したようにぼくを指差す。

彼女が、困惑した視線を泳がせた後、僕を睨む。


う~ん、何故?


驚いたぼくは少し頭を下げた。

ぼくの会釈をどう理解したのか


インド人の男が嬉しそうに彼女を連れてくると、いいことをしたと満足げに行ってしまった。




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