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異世界転生屋さんはとても尊いお仕事です。  作者: やおまみ
第1章 はじまり
6/11

6.ユウガオⅡ

 嵐が去った後の私の部屋は、驚くほど静かだった。甘ったるい苺の香りが先ほどまでの惨事を思い起こさせる。惨憺たるひと時であった。

 でもこんなに長く他人と一対一で喋ったのは久しぶりだったかも。お友達にはなれそうにないタイプの人だけど、結構喋りやすかったなぁ……。向こうが一方的に喋っててくれるからかな?


 何ともなしに窓の外を見やると、時計台が綺麗に見えた。午後5時30分。寝るにはまだ早い時間だなぁ……。

 こういう暇な時って何してたかな?漫画読んだり?う~ん。漫画とかも生み出せたりするのかな?大好きだった少女漫画、「パンケーキにシロップを掛けて」通称白パン、全10巻。地味で大人しい主人公に、カリスマモデルのイケメン君がお洒落を教えてあげて、主人公はどんどん可愛くなっていく。その過程で二人は段々と恋に落ちていく……という王道恋愛漫画。モデルの彼が偉そうなのに優しくて素敵だったんだ。もう一度読みたいなぁ。と、机を見ると一冊の漫画が……!これは!れっきとした白パンじゃないか!おぉ読める読める。


 と、いう事はこの空間では漫画読み放題なのでは?他に読みたいものあったっけ?あぁ、そうだ。同じ作者さんの前の作品、「ヒモとパンダのワンルーム」通称紐パン、全15巻。パンダみたいなゴリゴリのメイクをした白ギャルの主人公が、大人しくて家庭的なヒモ男を拾って一緒に暮らしていくお話だ。気にはなっていたんだけど、ちょっと設定が特殊すぎて読んでなかったんだよね。おぉ、そうだ!この表紙、見たことある!どれどれ……。しかし、残念なことに、現われた本のページをめくるとどこもかしこも真っ白だった。

 ……どうやら読んだことのない本の中身までは生み出せないようだ。



 仕方なく、白パンをひとしきり読むと、気付けば時刻は午後8時過ぎになっていた。私はシロップを控えめにかけたパンケーキをモサモサ食べながら、日記を書くことにした。


「『ユキさんに紅茶を頂くときには、砂糖を勝手に入れられない様に気を付けよう。』っと……。」


 ここで5年、10年過ごすことになるのなら、きっとこの日記が良い思い出の品になるだろう。ユキ達ともう少し仲良くなれたら一緒に読むのも良いかもしれない。






「眠れない……!」


 時刻はとっくに午前1時。布団に入ってから3時間は優に経っている。眠ろう、眠ろうとすればするほど目がさえていく。頭の中にどうでもいい疑問がどんどん浮かんできて苦しい。異世界ってどの程度の空想から生まれるんだろう?私が夢で見た世界とか、授業中に妄想したようなちょっとした世界も異世界として存在しているんだろうか?異世界に転生者が転生して、運命が変わったら、それを生み出した人の頭の中の空想にも影響があるのだろうか?作品の結末が変わったりするのだろうか?異世界って――……。


 そもそも眠気も無いのに寝ることなんてできるのだろうか。寝るってどうやるんだっけ?だめだ。全然眠れそうにない。それもこれも「今日眠れないかも~」なんて脅かしてきたユキのせいだ……!


「腹いせに、眠れるまで付き合ってもらおう……!」


 私はユキに迷惑をかけてやるべく、勇んでベッドを飛び出した。


 ユキの部屋は確か“右隣り”の部屋だったな……。部屋を飛び出した勢いのままに右を向き、隣の部屋をノックした。早く出てこいゴスロリ幼女……!私は眠れなくて気が立っている!少し緊張しながら待っていると、ドッ、ドッと足音が近づいてきた。


「だれ……?」

「えっ……」


 微かに聞こえた声に物凄く嫌な予感がする。ま、ま、まさか……。しかし無情にも審判の時は訪れる。

 ガチャッ。


「えっ、アカリさん……?」


 あじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃ!?!!?

 目の前に現れたのは生意気ゴスロリ幼女先輩ではなく、麗しの王子先輩だった。しかも、ぱ、ぱじゃ、パジャマ………。ハーーッ……!駄目だ!このままでは完全に不審者になってしまう!なんとか言い逃れしないと!出会って初日で犯罪者に!!!!


「あ、あの、わた、わたし、まちがえ……。」

 駄目だーーーーー!!!全然喋れない!!この!無能な口め!縫い付けてやる!!!!!!

 まさに万事休す。箸にも棒にも掛からないとはこのことよ……。私はもうここには居られません。旅に出ます。探さないでください。


「ああ、ユキさんの部屋と間違えちゃったんだね。ごめんね、びっくりさせちゃって。ユキさんの部屋はアカリさんの部屋の右隣りの部屋だよ。あ、そっちから見て右ね。」


 なんと!この愚鈍なる私の置かれた状況を完璧に理解しただけでなく、驚きすぎて顔色がなすびのヘタ色になっている私を気遣い、何も悪くないのに謝ってくれるなんて……!徳が高すぎて頭を上げてなどいられまい!!!私は飛び上がって勢いよく土下座をし、地面に額を押し付けた。


「お休み中のところお邪魔をしてしまい、大変申し訳ございませんでした!」

「わわっ、そんな!僕は大丈夫だから!気にしないで!頭を上げて!」


 あまりにも慈悲深い……。しかし頭を上げることなど、不祥な私にはできません。何故なら寝間着姿の王子様があまりにも神々しくて、一度視界に入れてしまえば網膜が焼き切れてしまうからです。どうかそのまま、何も言わずに部屋にお戻りくださいませ。

 しかし無情にも、レイジは私のもとへ近づき、すっとしゃがむと私の肩に優しく触れ、頭を上げるよう促した。


「本当に全然気にしなくていいからね。それよりどうしたの?もしかして、眠れないの?」


 消し炭ッッッッッッッ!!!!!


 図星を指されてつい顔を上げてしまった私の目映ったものは、あまりにも暴力的な光景だったので、一瞬で記憶を速やかに抹消いたしました。寝間着のおのこなどこれまで視界に入ったことがないもので……。


「そっか、そうだよねぇ。大丈夫だよ、最初は誰だって不安で眠れないものだから。」


 無言で固まった私を見て、納得したという顔で励ましてくれた。挙動不審なのは不安や申し訳なさからくるものだと思ってくれているらしい。良かった、都合の良い風に受け取ってくれる方で。危うく警察に突き出されるところだった。はて、狭間には警察が居るのだろうか。それによって今後の身の振り方が変わって来るのだけど……。


「僕で良かったら、眠くなるまで付き合おうか?ちょうど庭にお花が咲いたばかりなんだ。散歩でもしようよ。」

 ひぃぃぃぃぃぃ!恐れ多い!!!!


「そんな、これ以上ご迷惑をかけるわけには……!」

「迷惑なんかじゃないって。僕がアカリさんと散歩したいだけなんだ。付き合ってくれないかな?」


 ひぇ……。

 お言葉に甘えてしまいやすい空気をつくるのが上手すぎる……!こんな「では、お言葉に甘えて……。」以外の返答が一切用意されていないかのような状況……私には打破するだけの対人スキルが圧倒的に足りない!


「でも……。」

 ここで流される訳にはいかないのだ。何故ならこのままでは犯罪者になってしまうから。くぅう!直視してはいけない!焼失してしまう!

 私はなるべくダメージを受けないために、パジャマの第3ボタン辺りを凝視した。視界よ狭まれ!ボタン以外を視野に入れるな!

 すると、何でも都合よく解釈して最適なフォローを入れるマンことレイジが「あぁ……。」と困ったように笑った。


「ふふ、恥ずかしいな……。ごめんね?着替えてくるからちょっと待ってて。」


 何をどこまで察してくれたのだろか……。いや、世の中には知らないほうがいい事もある。



 呆然としているうちに、レイジが昼間と同じ王子様然とした服装に着替えて出てきてしまった。「待っててくれたんだ?ありがとう。」と言われてしまったら、もう否定するだけの元気も残っていなかった私はふふふ、と曖昧に笑う事しかできなかった。


 レイジに案内されて庭に出ると、ふわりと良く知っている花の匂いがした。金木犀だ。


「ちょうど昨日咲いたんだ。アカリさんってお花が好きでしょ?連れてきたら喜ぶかなって思ってたんだ。少し歩きながらお話をしようか。」

 そう言ってレイジは金木犀の咲いた花壇の周りをゆっくり歩きだした。私もそれに倣って歩く。

 え、私ってお花が好きなのかな。まあ、金木犀は好きだけど。というかレイジはなんで私が花好きだと思ったんだろうか?


「あ、ごめんね。実は僕、ここに来る前のアカリさんのこと、少し知ってるんだ。気に障ったなら謝るよ。」

 もう謝っているじゃないか、とは言えない。


「いえ、先程ユキさんに伺いました。お仕事の一つだとか。」

 無難な返答を返すと、レイジはふわっと笑った。

 にしても、


「こんなところにも、花は咲くんですね……。」

「季節を感じるために、金木犀と桜の木を庭に植えてるんだって。と言っても、雨も降らないし誰も世話してないのに勝手に咲くから、生きてるわけではないんだろうけど。」

「まやかし……ですか。」

 私の、脳みそを介さず反射的に出てしまったような呟きに、レイジは意味ありげにふふ、と笑った。


「まあ、ここにあるものは全部そんな感じだよ。」

 そっか……。そうだよね。夕方食べたお煎餅も、夜に食べたパンケーキも、味はしっかり感じるのにお腹にたまる感じは全くなかった。この金木犀も、こんなに綺麗でいい香りがするのに、どういうメカニズムで咲いているか分からない。まやかし。五感全てを騙す精巧な紛い物。


「色々考えてたら、また眠れなくなっちゃうんじゃない?」

 レイジが心配そうに私の顔を覗き込んできた。確かに……。


「レイジさんは、ここに来てすぐのとき、ちゃんと眠れましたか?」

 さっきの「最初は誰だって眠れない」っていうのが少し気になってたんだ。もしかしたらレイジも、って。


「う~ん、僕は最初の頃、この狭間で起きてることは全部夢だって思っていたから、寝たら覚めちゃうかな~、そしたらちょっと勿体ないな、くらいの呑気なものだったよ。だから初日からぐっすり。」

 は~、なるほど。確かにこれは夢かもって思うよね。ちょっと長くて、感覚のリアルな夢。夢だと思った方がきっと納得できる。


「でも起きても元の世界には戻れなかった。それを何度も繰り返して、これはどうやら夢なんて可愛いものじゃなさそうだって気付いてからは、すっかり眠れなくなった。怖くなったんだよ。寝て起きたら戻れるはずって信じて裏切られるのが。」


 そっか。私は元の世界になんて戻りたいとは思っていないけれど、レイジさんは、いやきっと他のみんなもそうじゃなかったんだ。きっと私なんかより何倍も辛くて、沢山悩んだことだろう。死ぬっていうのは、きっとそういう事だ。

 レイジは私の方から目線を外し、金木犀の方を見ながら静かに語った。


「……でもずっと起きてるって意外としんどいんだ。そりゃあ身体が疲れることは無いけどさ。日中は他人に気を遣いながらも色々働いて、夜になったら一人で終わりのない思考の海に囚われ続ける。何にも考えなくていい時間ってやっぱりそれなりに大事だよ。」


 レイジは何も言えないでいる私の方を向いて、「ごめんね。暗い話をして。」と笑った。そんな、私が聞いたのに。


「……今は、眠れるようになったのですか?」

「うん。もうすっかり。」

 良かった。素直にそう思う。


「それはどうやって……?」

 そんなに辛く苦しい時間を乗り越えて、原状を受け入れられるだけの大きな出来事があったのだろうか。それとも時が解決したのだろうか。


「意外と簡単だよ。寝る前にホットミルクを飲むのさ。」

 え?ホットミルク……?

 予想外の回答に目を見開いた私の顔を見て、レイジは笑みを深くした。……間抜け面だっただろうか。


「まあ自己暗示のようなものかな。寝る前にホットミルクを飲んだら眠れるって思って毎日飲んでたら、自然に眠れるようになったんだ。たまに蜂蜜なんかを混ぜるのも良いね。アカリさん、牛乳飲める?」

「はぁ……。」


「そんなんで良いんだよ。深く考えたってしょうがないさ。さぁ、部屋に戻って温かいホットミルクを飲もう。優しい味で心もきっと落ち着くよ。」





 ――部屋に帰るとなんだか少し寒いような気がしたので、言われた通りホットミルクを飲むことにした。どうせなら蜂蜜も入れよう。

 飲んでみたホットミルクは、なんというか、温かい牛乳に蜂蜜が入っているな、というだけのシンプルな味だった。特別甘くもなく、ただほんのり優しい味だった。


 隣の部屋で、麗しい王子様も一人で蜂蜜入りホットミルクを飲んでいるのだろうか。この、ただ牛乳を温めて蜂蜜を溶かしただけの飲み物を。なんだか少しおかしくなった。そして少し暖かくなった。


 ベッドに入り、横になるとちょっぴり眠くなってきた気がしたので目をつぶった。



 私はそのまま、次の朝まで目を覚ますことは無くぐっすり眠った。


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