表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生屋さんはとても尊いお仕事です。  作者: やおまみ
第1章 はじまり
3/11

3.ニゲラⅠ

 はてさて、私がこのちょっぴり胡散臭い就活団体こと『異世界転生屋さん』に入るべきか否か迷っていると、思考を妨げるようにレイジが私の肩をポンと叩いた。


「僕たちの仲間になるかどうかはさておいて、とりあえず、アカリさんにはここでの暮らし方を教えないとね。ついておいで。」


 そう言ってレイジはどこかへ向かって歩き始めた。まだ仲間でも何でもないのに何でそんなに親切なんだろうと不思議に思ったが、「新入りの生活補助も僕らの仕事」なんだそうだ。ああ素晴らしきかな慈善団体。ご厚意をありがたく受け取ることにした。

 しかし、だだっ広い何にもない空間にしか見えないけど、ここから先に何か建物でもあるのだろうか。そう思いながらしばらく歩いたところで、「到着!」といってレイジが立ち止まった。


 いや、何もないですけど。


「アカリさん、ほらここ見て。時計台があるだろう?」

 何を言っているんだと思いながらレイジの指す方向を見ると、それはそれは立派な時計台が()()()

「うわわわわっ!!!!!」

 驚いて後ずさると、後ろにいたユキにぶつかった。キャッ!という叫び声とは裏腹にピクリとも動かないその恵体にはじき返されて、私は前方に思いっきり転がった。


 ――壁だ。何があっても崩れることのない鉄壁。やだこの幼女堅い。


「ちょっと!痛いじゃないの!気をつけなさいよね!この鈍間!」

「ご、ごめんなさい……。」

 くぅ~~~~!勝てない!いくら思うところがあっても素直に謝ってしまう。だって覇王色を纏っているんだもの!!!


「ごめんね、アカリさん。驚いたよね?立てる?」

 レイジが手を差し伸べてくれた。うぅ~、鈍くさい姫でごめんなさい。しかし良くできた王子様だなあ……。顔立ちや日本語の流暢さ、そして名前から察するに日本人なんだろうけど、本当に金髪が良く似合う。(目の色は私やユキの目が黒いので、元から青いのでなければきっとカラコンか何かなんだろうけど。うん。目の色が自在に変えられるのなら私の目は今頃真っピンクだろうし。)顔の良さは勿論の事、立ち振る舞いや所作も様になっていて本当に王子様みたいだ。それに引き換えこのゴスロリ幼女ときたら……。

 というかこの幼女一体何をしにきたんだろう?さっきから不躾な挨拶をかまし、暴力を振るい、暴言を吐き、暴力を振るい、暴言を吐き……。碌なこと何一つしていないじゃない!これのどこが慈善団体なんだ!暴言・暴力担当のゴスロリ幼女と説明・案内・フォロー・謝罪担当の王子のパーティなんて、偏りすぎて天秤壊れるわ!


 そういえばそのユキにケチョンケチョンに貶された私の服装は、さっきと変わらずそのままです。不親切にも変え方を教えてくれないもので。別にわざと聞かなかったんじゃないですよ?こんな目の潰れそうな服、気に入ってるとかじゃないので。このまま教えてくれなければいいなんて、思っていませんので。


「ほら、ユキさんも謝ろう。」

「何も謝ることなんてないわ!」

「自分でもわかっているよね。ちゃんとアカリさんに親切にしようって約束したんだから。アカリさんの教育担当は僕ではなくてユキさんでしょう。」

「えっ。」

 聞捨てならない事が聞こえたのですが。教育担当はレイジではなくてユキ?まあ、仲間になるかもしれない人間に対して教育担当が付けられるのは何もおかしくないと思う。多分。でもそれがユキとなると話は違う。


「ああ、アカリさんにはまだ言ってなかったね。新しく来た子には教育担当が一人つくんだ。で、アカリさんの教育担当はユキさん。ただ、この通りユキさんはコミュニケーションがあまり得意ではないだろう?だから今日は僕が付き添いで来たんだ。」

「今日は、ということはもしかしてレイジさんは今後は来られないのですか?」

 せめて二人きりにしないで!ユキの言動はフォローして軌道修正してくれるひとが居てはじめて成り立つもろ刃の剣なのだ。多分。


「う~ん。ユキさん次第かなあ……。」

「もう来なくて結構よ!」

 どの口が言うのか。私とまともに目も合わせてくれないくせに!


「そんな不安そうな顔しないで。大丈夫。ユキさんは僕より大分先輩だし、色んなことを知ってるから心配ないよ。ユキさんは僕たちの部隊の副長なんだ。」

「ふん!ただのヒラが生意気なのよ!」

 なんと!王子様による華麗なる育児だと思っていたこれは部下による上司の介護だったのか。なんとも世知辛い。


「話を戻そうか。この時計台についてなんだけど。」

 すっかり忘れていた。そうだったそうだった。突然大きな時計台が現れて驚いたところだったんだ。


「この狭間には太陽が無いだろう?おまけに僕たちの身体は寝なくても大丈夫で眠気が来ることも無い。だから僕たちは時間というものをどうしても忘れてしまいがちだ。ただそういう状態はどうにも不便で精神衛生上も良くない。だから僕たちはこの時計台を基準に動いているんだ。」

 寝なくても大丈夫……というのはどういう事なのだろうか。死んでいるから?私の身体は一体どういう状態なのだろうか?


「この時計は今の原世界の日本時間と同じになるようになっているんだ。時計台には日付も表示されているね。今何日の何時?」

 レンガ造りの赤い塔には四方に大きな丸い時計がついている。その上には液晶画面がついており『9.10(Thu.) PM』と表示されている。ん~、アナログなのか、デジタルなのか。

「えっと……9月10日の午後2時ですね。」

「うん。ちゃんと見えてるね。」


 これは私がトラックにぶつかった日の三日後の日付だ。こっちに来てから経過した時間と元の世界にいた時間の比率は分からないけれど、あの日から三日が経過しているらしい。

 しかし日本時間。ここには日本人しかいないのかな?「世界」とかいう規模の話なら日本人以外もいてもおかしくない気がするけど。それとも他の時計もあるのかな?駄目だ。分からないことが多すぎて話についていけそうにない。順を追って説明してくれないだろうか。とりあえず、「寝なくても大丈夫」問題から解決してもらおうか。


「睡眠が必要ないっていう事についてだけど、まず僕たちの身体、これは精神であって肉体ではない。いわば霊体みたいなものなんだ。まあ死んでるんだし当然だよね。肉体は原世界に置いてきたはずで、日本から来たのであればもう燃やされて骨だけになっているはずだよ。」


 霊体……。そうか死んじゃって、生まれ変わっていない訳だから、私たちは幽霊みたいなものなのか。精神かぁ……。「身体」やら「精神」やら「魂」やら「意識」なんかを巡る議論はいつの時代も尽きないけれど、これが本当なら世紀の大発見と言えるだろう。私は元より肉体と魂は別派。じゃないと生まれ変わりなんて起こりえないでしょう?思うに、メルロ=ポンティなんかはロマンが足りないし、ハイデガーなんかは「死」というものを重くとらえすぎなのよ。輪廻転生を信じよ。いや、私は無宗教だけども。


「そういう訳で僕たちには睡眠も食事も必要ない。体を動かすエネルギーが必要ない訳だからね。寝ようと思えば寝れるし、食べ物を食べる事だって出来るけど。」

 なるほど。だからお化けって夜に出るのかな、寝なくても大丈夫だから。私はてっきり学校とか仕事とかの縛りがなくなって昼夜逆転してるだけかと思ってたけど。「朝まで宅飲みしてたら3限遅刻しちゃったよ(笑)」とかほざいてる大学生みたいな感じかな~、と。いや、特定の誰かに対する愚痴とかではないよ?

 そんなくだらないことを考えて居たら、レイジが少し困ったようにくすっと笑った。


「まあ深く考えたってしょうがないよ。で、時計台がいきなり現れたように見えたことについてだね。さっき言ったように僕たちには肉体が無い。だから本当は何も見えないし聞こえないし触れない。だけどこの狭間では自分がその存在を“認識”したものだけは見たり触ったりすることができるんだ。そしてその認識は他の狭間にいる人たちと共有することが出来る。」

 認識……。つまりここに突然時計台が現れたように感じたのは、元々ここにあった時計台を私が今認識しただけ、ということなのだろうか?認識=存在――。いよいよ哲学じみた話になってきたなぁ……。

 考えることを拒否し始めた私の肩をレイジがポンと叩き、私の背後を指さした。


「ほら、アカリさん、こっちを見てごらん。あの建物が僕たちセカイ管理システム第三部隊、〈異世界転生屋さん〉の事務所兼宿舎だよ。」

 何もなかったはずのそこには、立派で荘厳な5階建てくらいの西洋風な建物がデデンと建っていた。


「さあ、さっそくだけど中に入って。隊長が待ってる。」


 哲学なんてとんでもない。SFどころか「とても不思議」なオカルト世界に来てしまったようだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ