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11.タケダ隊長の活動記録01

 本日、この第三部隊に新しい仲間が増えた。一昨日狭間へやって来たばかりのアカリだ。今朝9時ギリギリに第一会議室へと現われて、大きな丸い目を爛々と輝かせ、「私、異世界転生屋さんに入ります!」と宣言してきたのだ。


 分からない事も多くて不安だろうし、決断はゆっくりでいいと言ったにもかかわらず、僅か2日で決意を固めてきた。……怖い。怖すぎる。


 私は正直、アカリの事がちょっとだけ苦手だ。




 ――アカリをここに連れてくる前の話をしよう。

 原世界からアカリの情報を受け取ったとき、あぁ、これは審査に受からないだろうな、と思った。ただでさえ自死者は受かる確率も少ないのに、目立った功績なんかも無い普通の女子高生だったからだ。その時ちょうど将来有望なナカノ君がやって来たばかりで忙しかったのもあって、3日間の偵察はレイジ一人で行ってもらった。


 しかし2日後、アカリの命日の朝。レイジに調子はどうかと尋ねると、苦々しい顔で「僕は、アカリさんはここに来るべき人だと思います。」とだけ言ってきた。無論私もユキも全然予想していない事だった。


 そしてアカリが亡くなって夕方、レイジが報告書を持って私に最終判断を仰ぎに来た。報告書を見て目を剥いた。そこには最低限の情報しか書かれておらず、ほとんど白紙だったのだ。そしてレイジは深く頭を下げて、「アカリさんをここへ連れてきてください。」と頼んできた。


 ……何もかもが驚きだった。こうやってレイジだけに偵察に行ってもらう事は度々あったが、レイジはいつもこちらが恐縮するほど緻密に丁寧に報告書を書いてきて私に渡すと、何も言わず私の判断を待つ。そして私が下した結論に異議を唱えることも無い。彼は優秀な男だ。自分がまだそのような判断を下す立場に無いと判断し、自分がやるべきだと考えたことだけを実直にやっていたのだと思う。なのに今回は……。


 私とユキは彼に何が起こったのかと心配で、色々と問いただしたのだが、レイジは「言えません。」と答えるばかりだった。


 なぜアカリを連れてくるべきだと思うのか、と問うと「彼女の死因は自殺だが、僕はあれを自殺だと認めることが出来ない。」「彼女の意思を尊重したい。」ということを繰り返し答えた。それ以上の事は何も教えてくれなかった。

 なぜ報告書をちゃんと書かないのかと尋ねると、「この報告書が彼女の目に触れるかもしれないと思うと、僕には何も書けなかった。」と答えた。


 1時間ほどの押し問答の末、私達は彼女を迎えることにした。

 だってなんだか怖かったんだもん、彼。これ以上揉めて何かヤバい事が出てきたら怖いじゃん。私はなるべく事を荒げたくないのだ。




 そうしてやって来たアカリは、案の定審査にはどこにも受からず、狭間に残ることになった。するとレイジは第三部隊に連れてくるべきだと言ってきた。私はもちろんそれに従った。なんか怖かったから。だから正直これからやってくるアカリの事も怖くて仕方が無かった。なんか闇抱えてそうだし。


 しかし、アカリは思っていたよりも普通の大人しい子だった。むしろ大人しすぎて怖かった。

 10年もここにいるので、数えきれないほどたくさんの『新入り』と出会ってきたのだが、これほどまでに落ち着いている人もなかなかいない。急に「貴方はもう死んでいます。ここは前世と来世の狭間です。」とか言われて、とんでもな超常現象ばかり見せられたら普通だったら恐怖、悲しみ、不安でガタガタと震える。泣く人も珍しくない。叫んだり暴れたりする人だっている。


 然るにアカリは、何を聞いても「そんなもんか……。」って顔をしていた。達観しているというか、肝が据わっているというか。怖すぎてちょっと笑ってしまった。

 おどおどしてはいるけれど、それはこの状況に……というよりも人見知りから来るもののようだった。先に会っていたユキとレイジにはおどおどしていなかったからね。

 ……あれ、涙が。


 そうだ。若者というのは何故あんなにも打ち解けるのが早いのだろうか?


 アカリとの最初の顔合わせの時にはもう既に、レイジとアカリがとても仲良さそうにしていた。二人で意味深に目配せしたり、何かをコソコソ話したり……。

 不純だ……。


 次の日にはなんと、若者3人が仲良く一緒に出勤してきたのだ。しかもあの超絶人見知り娘のユキがアカリと凄く仲良くなっていた。驚いた。ユキはとても内気でシャイな子で、会議室に居るときは常に私の傍を離れないし、他の人と話すときには緊張からかいつも真顔なのに。昨日会ったばかりのアカリに対して、今日の仕事内容などを得意げに自分から説明していたのだ。

 きっと年の近い女の子が入ってくれて嬉しいのだろう。教育係にしてよかったなぁ……。

 なんだか我が子の成長を見るような気分になった。




 私も、いつかはあの輪の中に入れるのだろうか……。

 いや、別に彼らは私の事を仲間外れにしているわけではないと思うんだ。仕方がない。そう、仕方が無いんだ。だって年齢がずいぶん離れているのだから。

 ユキが12+5歳だとすると、レイジは19+1歳、アカリは17歳。そして私は33+10歳…………仕方がないではないか!そうだ。これは不可抗力なのだ。彼らも私に気を遣ってくれているのだ。


 ……彼らが私を慕ってくれているのは知っている。ユキもレイジも、私の言う事をしっかり聞いてくれるし、尊敬してくれているのは伝わってくる。しかし、たまには私も仕事以外の話で人と盛り上がりたいのだ。所謂雑談がしたい。しかしそれを持ちかける切っ掛けと勇気が足りないのである。大体こんな初老のおじさんが2周り近くも年下の少年少女に、「ちょっとお話しない?」なんて言えるだろうか、いや、言えない。

 もう、なんかもう無理。


 ……会話の切っ掛け。先ずは相手を褒めるべし。

 レイジは良く人を褒めてるよなぁ……。本当によくできた人間だ。こういうところは真似するべきだろう。人を褒められるのは、人を良く見て居る証拠なのだ。かく言う私はあまり人の気持ちを察するのは得意でないし、人の変化にも気付けない方だ。


 そういえば昨日の朝も、確か褒めるチャンスがあった。アカリの目の色が違ったのだ。比喩表現ではなく、物理的に。思えばレイジも、ここに来た次の日辺りで急に目の色を水色に変えてきたような……。若者の間で流行っているのだろうか。


 しかしレイジの時も、アカリの時もそれに触れることは出来なかった。触れていい事なのか分からなかったのだ。年頃の若者と会話するときに一番気を付けなければならない事、それはデリカシーなのだ。誉め言葉もタイミングを間違えれば犯罪になる。私にはセクハラとそうでないコミュニケーションの違いが、イマイチ分からない。



 昨日の夕方にも、アカリと話をする機会があった。


 ナカノ君を送り届けて事務所に戻ったあと、そのまま3人を解散させてから、私は会議室に戻り、特にすることも無くただ時間を潰した後、頃合いになったので会議室を出た。

 ……ああ、これは日課の一つなのだが、私は若者達と退勤を同じタイミングで行うと、必然的に部屋まで一緒に行くことになって気不味くなるのがとても嫌なので、仕事が残っているふりをして1時間ほど会議室に籠ってから自室に戻ることにしている。朝も30分ほど早く出勤している。


 そう、それで昨日も会議室に1時間ほど籠った後、書庫へ向かい用を済ませ、自室に戻ろうとしていたところ、慌てた様子のアカリと出会った。どうしたのかと尋ねると、会議室に用があると言った。……ここは会議室とは真逆だが?

 道を覚えていないのかと尋ねると、「会議室に行くときはいつもユキさん達についていっていましたので……。」と答えた。まあ、まだこちらに来て2日目だし、そんなこともあるだろう。


 鍵だけ貸してやっても良かったのだが、アカリだけで無事辿り着けるのか不安だったので会議室までついて行くことにした。しかし今後のためにも、自室から会議室までは間違わず行けるよう練習をしておくことを進めておいた。


 さて、肝心のアカリの用事だが、それは「会議室に花を飾ること」だった。なぜそんなことをするのかと尋ねると「皆さんに爽やかな朝を迎えてほしいから」と言ってきた。

 ……怖い。一体何を考えて居るのだろうか。全く分からない。勿論了承した。怖いもん。


 しかし、その思考の経路やその結論は理解し難いところがあるものの、その根源にあるものはとても善良な動機であるのだろう。要は「私たちに喜んで欲しい」という訳だ。だから自室ではなく私達の集う会議室に、私達に馴染みのある金木犀を飾るというのである。しかも元々は私にも伝える事無く、こっそりと一人でやろうとしていたのである。媚びを売りたいとかそんなことでもなく、純粋な厚意から来る行動なのであろう。


 それが分かれば話は早い。この子の感覚や価値観は私には分からないが、所謂いい子なのだろう。だからこそユキやレイジもすぐに仲良くなれた、そういうことに違いない。


 そういった事をアカリに伝えると、彼女は元々丸い目を更に真ん丸にして固まった。自分でも自分の行動原理に気付いて居なかったのかもしれない。固まってしまった彼女にどう声を掛けて良いか分からず困っていると、アカリは急に電源が入ったかのように勢いよくどこかへ駆け出した。……やっぱり怖い。


 その後アカリに遭遇しないようゆっくり時間をかけて自室に戻っていると、迷子になったアカリに遭遇してしまった。自室に戻ろうとしていたらしい。案内してやり、会議室までの簡単な地図を渡すことでやっと私は安心して自室に戻ることが出来たのであった。




 そして、今朝、アカリが例の発言をしたことで、彼女は正式に第三部隊に加入する運びとなった。驚いたことに、ユキやレイジは彼女の発言に驚くどころか、「やれやれ、やっと言ったか」みたいな反応で彼女を迎え入れたのだ。え、なんかもうそんな感じだったの?知らなかったの私だけ?


 とまあ、入ってくれたのは良いが、彼女はまだ来たばかりで分からない事も多いので、当分はこちらで決めていた研修のスケジュールに乗っ取って、狭間での暮らしに慣れていって貰うつもりだ。

 そして今、若者3人が出かけているので、私はアカリが第三部隊に加入したことを知らせるべく、他の部隊宛に手紙を書いているところだ。私は基本的に書類仕事が多いので、他のメンバーよりずっと会議室に居る割合が高い。


 ふう、と一息を吐くと、昨日アカリが飾った、簡素な花瓶に入った一房の金木犀が目に入った。

 ……なんだか懐かしいな、金木犀を庭に植えようと言い出したのは、確か君だったか。


 狭間で金木犀の開花を迎えるのはこれで4度目だ。君が居なくなってから、早くも4年が経とうとしているんだな。君は「自分の事は早く忘れてくれ」と言っていたがそれは少し難しい話だ。ここには、君が置いていったものが多過ぎる。


 ――それでも、私が自分を失わずに居られるのは紛れもなく、その君の残していってくれたものたちのおかげだ。


 窓際にポツンと置かれた金木犀。


 昨日、「会議室に花を置きたい」と言ってきたアカリに、何故だかほんの少し、君の面影を見つけたきがした。

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