1.プリムラⅠ
私 星野アカリ。
17歳の女子高生。
どこにでもいる普通の女子高生……を全体的にダメにした感じのどうしようもない人間です。顔もパッとしなければ、勉強も運動も何をやっても上手くいかないし友達もできない。
それでも何とか学校生活に馴染もうと、流行りの漫画読んでみたり、隣の子に話しかけて撃沈したり……ちょっと頑張っちゃってる痛い子です。
「本を読むだけなら出来るし、大人しい子なら友達になってくれるかも」と思い入った文芸部も、思いの外<ガチ勢>が多くてラノベくらいしか読まない私は全く馴染めず。すっかり幽霊部員となってしまったのでした。そんなこんなで3年生。部活もみんな引退して、これから受験向けて頑張るぞー!という9月。
私は気づいちゃったんです。
――「私には、青春なんて一生無い。」ってことに。
別にこれまでの人生怠けてたつもりは全然無くて。水泳教室に通ったり、塾に通ったり。コミュニケーション能力を上げようと接客業のアルバイトをやってみたりもした。それでもどれも全く身につかないし、何をやっても駄目、駄目、駄目……。
結局、17年も生きてきて、私は全く、何一つ得ることが出来なかった。こんな状態で10年、20年生きていく価値なんかきっとない。
だから、私。
異世界転生します。
*****************
という訳で、私は車通りの多い交差点で、しっかり赤信号であることを確認してトラックめがけて突っ込んだのですが……。
「ここは一体、どこなの?」
気が付いたら辺りに何にもない、真っ白な空間にいたのでした。もしかしてここは死後の世界?ということはこれから神サマか誰かに会って、転生してもらえたりするのかな?それとももう転生後の世界だったりして……!
しばらく辺りをキョロキョロ見渡していたのだが、ふと視線を落とすとあることに気が付いた。着ていた服が違うのだ。たしかトラックにぶつかって死ぬ前は普通の紺のセーラー服を着ていたはずなのだが、今自分が身に着けているのはベビーピンクのセーラー服に、ショッキングピンクのリボン、そしてサーモンピンクのスカートetc...とにかくピンクなのだ。
それに、先ほどからチラチラ見える私の髪の毛までもがピンク色なのだ。まるでペンキでも被ったかのような綺麗なマゼンタ色なのだ。
これはつまり……
「なんって可愛い格好なの!!」
まるで少女漫画の主人公のような……はたまた魔法少女のような……。
つまりはそんな、理想の世界の理想の女の子に転生出来たという事なのでは!!
ということは、これから私はきっとまるで王子様のような素敵な男性と出会って、素敵な恋をするのである!あぁ、これが求めて居た青春……。
そう、ちょうどあちらにいらっしゃるようなかっこよくて素敵な王子様と……
「初めまして、可愛いお姫様?宜しければ僕に名前を教えてもらえませんか?」
と、中世的で透き通った声が私に呼びかける。
キャー!!素敵!!まさに理想のシチュエーションだわ!
「わ、私の名前は……って、え?あれ?もしかして……本物?」
「ふふ。何を言っているの、お姫様。」
そこには本当に金髪碧眼のスーパーイケメン王子様が立っていたのである。なんて事だ。夢みたい……。私、本当に異世界に来たのね……!
「私の名前はアカリです。あ、あなたは……。」
私が期待に胸を膨らませ返事を返したその時。
物理法則を無視したようなスピードと角度で黒々とした物体が王子様目掛けて突っ込んできたのだ。
――ゴスロリ幼女。
地上のカジキマグロかのごとく飛んできたその黒い物体は、ゴシックロリータファッションに身を包んだ10歳程の美しい少女であった。なんということだ。この世の奇跡をかき集めたような美しさの王子様は、ゴスロリ幼女の飛び蹴りを受けてカエルみたいな声を上げてのびてしまった。
大事故である。王子だけに。
「まったく。うすら寒い事言ってるんじゃないわよ。」
ゴスロリ幼女が吐き捨てる。脳内ダジャレがバレたかと思ったが、どうやら幼女の足元に倒れている王子様に向けて言ったらしい。
幼女はさらりと髪を整えると私の方を見て、青汁でも飲んだかのように顔を顰めた。
「あんたがアカリね?あたしはユキ。こっちのキザ男はレイジ。」
ゴスロリ幼女改めユキは不愛想なまま名前を紹介すると、これで終わりと言わんばかりにふん、と顔を逸らした。え?それだけ?もっと気になること沢山あるんですけど!
「え、あの、私何が何だか……。気付いたらここにいたんです。ここはどこですか?私は……。」
「……ここは“狭間”よ。あっちが前世でこっちが来世。」
「は、はざま……?来世、ということは……!」
「あんたは死んだの。で、前世と来世の狭間にいるの。」
なんということだ。やはり死後の世界はあるのだ。転生はあるのだ。神はいるのだ。ニーチェも真っ青だ。ありがとう神サマ!ありがとう世界!私には新たなる青春が待っているのだ!
と、いう事はこの二人は来世までの案内人?はたまた転生させてくれる神サマ?
「ありがとうございます。それで、どうしたら来世に行けるのでしょうか?」
「さあ?」
間髪入れずにそう返された。「さあ?」って……そんな無責任な。この人たちが案内してくれるんじゃないの?私が二の句も継げないでいると、ユキはこちらを心底馬鹿にしたよな顔をして、ふんっと鼻で笑った。
「審査に落ちたんだから再審査に受かるようにせいぜい頑張ればいいんじゃない。」
どうやらユキはこちらに理解させるつもりが無いらしい。
――審査?異世界転生するには何か試験を受けなければいけないの?
――落ちた?転生できないってこと?それじゃあ私はどうなるの?
「あの審査って……?落ちたってどういうことですか?」
「……ユキさん、そろそろ退いてくれないか。」
心底面倒くさそうな顔をして返事を返そうとしないユキの足元から、聴き心地のよいテノールが聞こえた。嫌だとか、じゃあ伝わるように説明してくれだとか、ポンポンとしばらく言い争いをした後に、ユキはしばらくカーペットになっていた王子様の上からストンと降りた。
王子様改めレイジはすっと立ち上がると、きまり悪そうに髪を軽く整え、小さく咳払いをした後にこちらへ向きなおった。
「改めまして、アカリさん。僕はレイジ、よろしくね。」
「はあ……。あの、貴方達は一体……?」
「ここは前世と来世の狭間であり、僕たちが元居た原世界と異世界の狭間。そして僕たちはここで前世と来世、原世界と異世界をつなぐ案内人なんだ。まあ、異世界転生屋さんってところかな。」
そう言ってレイジは輝く笑顔を見せつけてきた。
い、異世界転生屋さん……?
……なんかダサいな。