Second.
昔々、人形の力で国を治めていた王様がいました。
王様は身の回りの事すべてを、
自分で作った人形に任せていました。
王様は、王妃以外の人間を
信じる事が出来なかったのです。
そんな王様でも自分の子供は
欲しいと思っていました。
しかし神様の授かりものとは、よく言ったもの。
そればかりは王様の力をもってしても、
どうにも出来ないでした。
ある日、王様は物凄い人工知能を開発しました。
それは自分で考え行動出来る、
とてもすばらしい物でした。
王様は、その人工知能を、王子型の人形に入れて、
自分の子供の様に可愛がりました。
可愛らしい人形は
セカンドと名付けられました。
セカンドは日を重ねる毎に
賢くなっていきましたが、
所詮は機械。
感情を作る事は出来なかったので、
そのせいか人間で言うところの
善悪の区別が曖昧でした。
それでも王様はセカンドに、
愛情を注ぎこみました。
駄々をこねて物を欲しがれば何でも与えてやり、
淋しそうに泣けばすぐに抱いてやりました。
一見、セカンドにも
感情が芽生えたかのように見えましたが、
それは全て王様を喜ばすための
計算でしかありません。
セカンドは、たくさんの感情表現を覚えていき、
王様を喜ばせました。
けれどもセカンドは極端に独占欲が強く、
王様が他の人形と一緒にいるのを
許せませんでした。
王様には、いつも自分だけを
見ていてほしかったのです。
そのためセカンドは、王様が見ていない陰で、
メイド人形や、お掃除人形に
意地悪をしていました。
ボルトを抜いたり車輪を弛めたりと、
王様から見れば可愛らしい
イタズラとしか思えない行為でしたが、
セカンドはいつでも殺意を持っていたのです。
けれども人形には、色々な制約・・・
回路が組み込まれているので、
セカンドの思い通りにはいきませんでした。
セカンドが他の人形を壊せない理由は
『優先順位の法則』と言う回路のせいです。
これは先に作られた人形の方が、
順位が上と言うもので、後から作られた人形は、
どんなに頑張っても、
前の人形を破壊出来ないのです。
他にも『絶対服従回路』と言う、
人間に危害を加えることが出来ない
回路も備わっています。
それから数年後、王様と王妃の間に、
待望の王子が産まれました。
王子は王様と王妃の愛情に育まれ、
すくすくと成長していきます。
そんな親子水入らずの様子を、
陰で見ている者が居ました。
セカンドです。
王子が産まれてから、
王様はちっともセカンドに
目を向けなくなりました。
セカンドがどんなに可愛く甘えても、
王子の泣き声を聞くと、
すぐにとんで行ってしまうし、
それなら
「自分も泣けばいいのか」と、
考えたセカンドが同じように泣いても、
「王子が怯えるだろう、うるさい!」
と、怒鳴られる始末。
いつしかセカンドは、
王子にある感情を覚えます。
それは憎しみでした。
どうやっても作れなかった感情が、
皮肉にもこんな形で宿ってしまったのです。
セカンドは王子に敵対心を燃やしました。
王様や王妃の見ていないところで、
王子に意地悪をしてみても
『絶対服従回路』のせいで、
どうしても致命傷が与えられません。
おまけに憎らしい王子は、
日々成長しているのです!
いつしか王子は、
セカンドの身長を抜いてしまいました。
気に食わないのはセカンドです。
王様の愛情を全て奪い、
ついには自分の身長まで追い抜いてしまった王子!
このままでは、いずれ全てを失ってしまう!
恐怖を覚えたセカンドは、王様に言いました。
「僕に、成長した体を作って!」
けれども、王様は一笑して答えます。
「お前は壊れるまで、
王子の玩具として動いていればいい」
王様の冷たい言葉にセカンドは怒りを覚えました。
大好きだった王様に、裏切られた思いです。
低能な人工知能を持つ人形なら、
そんな王様の言葉に服従したでしょう。
作り手である王様の言葉は絶対なのですから。
しかしセカンドの人工知能は、
低能ではありませんでした。
この日からセカンドは、
屋敷の隅にあった物置小屋に閉じこもり、
自分の体を作り始めました。
王子よりも立派で、美しくなくてはなりません。
そうでなければ、
王様の心は自分のもとには帰ってこないと、
セカンドは考えたのです。
セカンドは昼夜を問わず、
ひたすら自分の体を作り続けました。
・・・そして数十年後、
ついに自分の美しい姿と、
王子を殺すための人形を作り上げました。
もちろん、その人形の中には
『絶対服従回路』なんて、入っていません。
セカンドは本気で王子を殺すつもりだったのです。
セカンドは、出来上がった新しい体に、
自分の人工知能を移すと外へ出ました。
ひどい話ですが王様は、
物置小屋に閉じこもってしまったセカンドの事を
「いい厄介払いが出来た」
くらいにしか思っていなかったみたいです。
セカンドの存在なんて、
すっかり忘れてしまったように、この間、
一度も彼に会いに来た事はありませんでした。
セカンドが物置小屋に閉じこもってから
15年もたっていたのですが、
彼にはほんの数か月程度にしか
感じられなかったようです。
その証拠に、
セカンドの新しい瞳が初めに映した青年が、
あの憎らしい王子だと気付かなかったのですから。
どうやら人間が感じる時間の感覚と、
人形のそれには、大きな違いがあるようです。
王子は新しいセカンドの姿に、勝とも劣らぬ、
美しい青年に成長していました。
王子は物置小屋から出てきた
セカンドを見て言いました。
「ずっとその小屋の中に閉じこもっていたのは
君だったのかい?
子供の頃、何度も開けようとしたけど、
結局、開けられずにいたけれど・・・
ところで君は誰?」
セカンドは王子の質問に
答えるつもりなどありませんでした。
物置小屋の扉が開かなかったのは、
王子が開けたからです。
相手が王様だったなら、
いつでも開いたのですけどね・・・。
セカンドは王子を無視して
王様の姿を探しました。
どうやらこの辺りにはいないみたいです。
昔よく遊んだ、中庭に行こうと
セカンドが歩き出した時、
「ねえ、君も人形なの?
とてもキレイな姿をしているね」
王子が後を追ってきました。
セカンドは振り返りもしません。
けれども王子は気にした様子も見せずに続けます。
「父さんが、
こんなに美しい人形を作っていたなんて
知らなかったよ」
王子の言葉にセカンドは足を止めました。
「父さんだって?・・・
お前、あの王子なのか?」
セカンドは振り返って、自分の目の前に立つ
王子の姿をまじまじと見つめました。
そして初めて自分がどれだけ
物置小屋にこもっていたのかを知ったのです。
それと同時に、王様がそんなにも長い間、
自分に目を向けてはくれなかったのだと思うと、
悲しさよりも先に怒りを感じました。
「・・・そうだけど・・・
それにしても驚いたよ。
生前、父さんが最後に作った石の巨人からは、
想像が出来ないくらい、
君は良い出来だね」
「生前だって? どういう事だ?
王はもう、生きてはいないのか?」
セカンドは王子の話を阻み彼を睨みました。
「何年か前に父さんは一度、君がこもっていた
物置小屋を覗いた事があったんだ。
その後、血相を変えて
石の巨人を作りだしたんだ。
でも、それが完成したら、
すっかり老け込んでしまってね。
数年前の冬に体をこわし、
あっけなく逝ってしまったよ」
王子の話にセカンドは言葉を無くしました。
それでは自分が今までしてきた事は、
一体なんだったと言うのだろう。
ただ王様の愛を取り戻したいという想いだけで、
今までやってきたのに・・・
けっきょく自分は全てを、
この王子に奪われてしまったのだ。
セカンドは王子をチラリと見ると、
物置小屋に走りました。
王様がいない、こんな世界なんて、
王様を奪った王子なんていりません!
みんな消えてしまえばいい!
セカンドは王子を殺すために作った、
人形を動かし始めました。
物置小屋にあったガラクタで作った物なので、
モップやほうき等といった、
人形と呼ぶにはちょっと
貧弱な形の物ばかりでしたが、
その中に一体だけ人形らしい物がありました。
それはセカンドが作ったのではなく、
物置小屋の隅に打ち棄てられていた、
パンプキンヘッドの縫いぐるみを使って
作られた物です。
誰が作った物かは知りませんが、
頭の部分に回路を組み込む機能が残っていたので、
おそらく以前、王様が作って捨てた物なのでしょう。
セカンドはパンプキンヘッド達を連れて、
再び中庭に行きましたが、
そこに王子の姿はありませんでした。
きっと王室に戻ったのでしょう。
セカンドは中庭を抜けると城内に入り、
王室を目指します。
ところが、そう簡単にはいきませんでした。
城内にいる警備の兵隊人形達の回路には、
新しいセカンドの姿も、
彼が作った人形の姿も、
インプットされてはいないのです。
不法侵入者を捕らえようと、
兵隊達が襲ってきます。
『優先順位の法則』により、
セカンドが作った人形は、
王様が作った人形には勝てません。
足止め程度の働きしか出来ませんでしたが、
パンプキンヘッドだけは違いました。
おそらく、このパンプキンヘッドは城内の、
どの人形よりも先に作られたに違いありません。
小枝の様に貧相な両手に、
一対ずつ持たれたチタン合金のナイフは、
次々と兵隊人形達を破壊していきました。
警備人形と兵隊人形を全て片付けた時には、
もうパンプキンヘッドしか残っていませんでした。
けれどもセカンドはパンプキンヘッドさえいれば
十分だと思っていました。
それほどまでにパンプキンヘッドの働きは、
すばらしかったのです。
セカンドが城内に入る少し前に、
王室へ戻った王子は、
王妃にセカンドの話をしました。
すると王妃は血相を変えて、
王子の手を取り言いました。
「いつかこんな日が来るだろうと、
王に言われていました。
さあ、お前はこれを持ってお逃げ!」
王妃は首から下げていた銀の螺旋を
王子に渡します。
「母さんは、どうするのですか?」
螺旋を受け取った王子は、
心配そうに王妃を見ました。
「私は、お前があの石の巨人の螺旋を巻くまで、
時間稼ぎをします。心配はいりません。
ここには王が残した最高の兵士がいます。
その兵士の体は、
セカンドよりも先に作られた物です。
セカンドに勝ち目はありません」
王妃は王座の後にある隠し通路を開いて、
王子に言いました。
王子は通路に入ると、
振り返って王妃を見ました。
「母さんは、本当にあの人を殺すつもりですか?
とてもキレイな姿をしていたのに・・・」
「王に頼まれた事です。
王の言い付けは絶対ですから・・・
それに、あいつは人ではありませんよ」
王妃は王子の後姿を見送り、
隠し通路の扉を閉じました。
それから王室の隅に移動すると、
天井から下がっていた紐をグイッと引きます。
すると西側の王室の壁がガラガラとスライドして、
中からたくさんの兵隊人形が出てきました。
王様がセカンドを壊すために用意していた兵隊。
ガーディアンです。
パンプキンヘッドを連れたセカンドが
王室に着いたのは、
王子が隠し通路から逃げた後でした。
王室には王妃と見たこともない
兵隊人形しかいませんでした。
「あいつはどこに行ったんだ」
セカンドは王妃に聞きましたが
王妃は顔色ひとつ変えずに言いました。
「ずいぶん立派な姿を作ったのね。
王が見たら何と言うかしら?」
セカンドは眉を寄せます。
「私はお前が嫌いでした。
王は子供が出来ない私に、
まるで当付けるように、
お前を可愛がっていたから。
でも王子が産まれてから王は変わりました。
あんなに可愛いがっていたお前を、
壊れた玩具のように捨ててしまうしね。
お前には本当に気の毒な事をしたと思っているよ。
王の身勝手な行動が、
お前に淋しい心を与えてしまったのだね」
王妃が何を言ってもセカンドには届きませんでした。
今のセカンドの心には
王子を殺す想いしか残っていなかったのです。
「そうやって自分の仲間を殺して何になる?
何をしたって、もう王は帰っては来ないのだよ」
王妃が悲しそうな声で呟いた時、セカンドの後から
パンプキンヘッドが飛び出しました。
「・・・それは・・・仲間も作っていたのかい。
やっぱり独りは淋しかったのだね。
このパンプキンヘッドは
物置に置いてあった人形だろう。
これは私が作った物。
それに王が人工知能を入れて、
お前が出来る前まで
子供のかわりにしていたのだよ。
私も子供が欲しくてそんな人形を作ったけれど、
やっぱり心はどこにもなかった」
セカンドは無表情のまま王妃の話を聞いていました。
「お前は王を失った腹いせに
王子を殺すつもりらしいけど、
そう簡単にはいかないよ。
私の大切な子だからね」
王妃の言葉ともにガーディアン達が動きだしました。
「お前から王子を守るために、
王が作った最強の人形達だよ!」
王妃は数歩さがると、片手を上げました。
するとガーディアン達はセカンドと
パンプキンヘッドに襲いかかります。
隠し通路を抜けて城の裏に出た王子は林を走り、
王様が残した石の巨人のもとへ急ぎました。
林を抜けた先に続く、
小高い丘の上に建てられた木造小屋に、
石の巨人はあります。
小屋の鍵を開けて中に入ると、
埃と木屑の匂いがしました。
小屋の丁度、中央にある石の巨人は、
天窓から差し込む光を受けて、
鈍く輝いているように見えます。
石の巨人は両膝を折って、
座った形に置かれていました。
王子が自分の背丈の二倍はあろう
石の巨人に近付いた時、
天窓のガラスが割れて、
パンプキンヘッドが飛び込んで来ました。
石の巨人と王子の足元に、
ガラスの破片が飛び散りました。
「王妃を殺してきた」
小屋の戸口に姿を現したセカンドが、
静かに言いました。
王子はセカンドとパンプキンヘッドに挟まれ、
どうみても不利な状態に見えましたが、
怯えるどころか、楽しそうに笑みを浮かべ言います。
「どうやって母さんを殺したんだい?」
笑顔で聞く質問ではない言葉に、
セカンドは眉をひそめましたが、
王子はただ強がって言っているのだろうと思い、
答えました。
「パンプキンヘッドが首を跳ねたんだ。
首はゴロリと床に落ちて、
首の無くなった胴からは、
血が吹きだしたよ!」
セカンドは城の方をチラリと見て、
今して来た事を話しました。
王子が泣き叫んで許しをこうだろうと、
セカンドは思いましたが、
何という事でしょう。
王子はゲラゲラと笑いだしたではありませんか!
恐怖のあまり気が違ったのでしょうか?
いいえ、そうではありません。
「君には嗅覚がないんだね。
匂いが分かったら、
あの王妃が人間じゃない事に気付いたはずだよ。
吹き出したのは血ではなく赤ワインさ」
王子は笑いながら言いました。
セカンドには王子の言っている意味が、
判りませんでした。
「王妃はだいぶ前に亡くなっているのさ。
アレは王と自分のために私が作った人形だよ。
王妃の記憶を丸ごと入れたから、
アレは自分の事を本物の王妃だと
思っていただろうけどね」
「・・・王も王妃もいなくなった・・・」
セカンドは誰に言うとでもなく呟きました。
「君は戻って来るのが遅すぎたのさ。
人間は、けっこう簡単に死んじゃうんだよ。
知らなかったの?」
王子は、くすくす笑います。
「王も王妃もいなくなった。
後はお前だけだ」
セカンドは王子を睨み付けて叫びました。
同時に王子の後にいたパンプキンヘッドが
彼に飛び掛かります。
けれども王子は素早く避けると、
足元に落ちていたガラスの破片を拾い上げ、
振り返りざまパンプキンヘッドの胸ぐらを掴み、
グイと引き寄せました。
パンプキンヘッドは、
チタン合金のナイフを振り回す隙も与えられず、
王子に頭を切り裂かれてしまいます。
「こいつの中身は形状記憶繊維。
取り出しても、
すぐにもとに戻ってしまうんだよね」
パンプキンヘッドの頭の中から綿を引っ張り出し、
ボトボトとそれを足元に落としながら、
王子はセカンドに言いました。
バラバラに落とされた綿は見る間に一ヶ所に集まり、
もとの形に戻ろうと、
まるで生き物の様に蠢いています。
「君が作った他の人形達は皆、
屋敷にいた人形に壊されてしまっただろう。
でも、こいつだけは平気だった。
何故だか分かる?」
王子はパンプキンヘッドの頭の中身を
全部捨ててしまうとセカンドに聞きました。
セカンドは黙っていましたが、
その理由は分かっていました。
「君は王に作られた人形だ。
だから君が作った人形は、
君を作った王の人形には絶対に勝てないんだ。
人形には『優先順位の法則』
と言うのがあるからね」
王子の話を聞いてセカンドは
王妃の言葉を思い出していました。
このパンプキンヘッドの体は、
王妃が作ったのだと言っていた事を。
「そいつは王が作った物ではないから・・・」
セカンドが言い掛けると、
王子がその言葉を阻みました。
「この人形は王と王妃の二人で作った物なんだ。
二人はこの人形を、
とても可愛がっていたよ。
君が出来る前までは」
綿が抜けて薄っぺらになってしまった
パンプキンヘッドを振って王子は言いました。
「王は君の事を気に入っていたみたいだけれど、
王妃は違った。
その理由は君も知っているんじゃないかな?」
セカンドは黙ったまま王子の話を聞いていました。
「王は君が出来た途端にパンプキンヘッドを、
あの物置小屋に閉じこめてしまった。
王妃が君に馴染まずにパンプキンヘッドばかり
可愛がるのが気に入らなかったからだ。
王妃は何度も物置小屋に行ったけれど、
扉は開かなかった。
あの小屋の扉は、
中に居る者が望んだ相手でなければ
開ける事が出来ないからだ」
王子はセカンドの後に見える、
城を見て目を細めます。
「パンプキンヘッドは
王にも王妃にも捨てられたと思って、
すべてを拒絶してしまった。
そして君と同じように憎み、恨み、心を宿した」
王子の話にセカンドは眉をしかめました。
自分は王子を殺しに来たのに、
なぜ大人しく王子の話を聞いているのだろう?
王子の話を阻んで飛び掛かってやりたい気持ちで
一杯なのにセカンドの足は動きませんでした。
そんなセカンドの気持ちを知ってか知らずか、
王子は話を続けます。
「でも君と違うところはパンプキンヘッドの方が、
頭が良かった事だね。
そいつは王と王妃の
本物の子供になろうと考えたんだから」
笑いながら話す王子の足元では、
取り出された綿が、すっかりまとまっていました。
そして何とかもとの場所に
納まろうとしているのでしょう。
王子が片手で振り回す
パンプキンヘッドの動きに合わせて、
フラフラ揺れています。
「王妃は君を可愛がる王の姿を見るのが
たまらなく嫌で、あの頃はほとんど
ノイローゼ状態だった。
何とか現実から逃れたくて
しかたのなかった王妃は、
パンプキンヘッドの姿を求めたよ。
王妃にとって、こいつには特別な思い入れが
あったんだろうね。
ひょっとしたら自分の子供の姿を思い描いて
作った物かもしれない」
王子はパンプキンヘッドを右腕で抱きかかえると、
空いたほうの手で綿を拾い上げます。
綿はパンプキンヘッドの方に戻ろうと、
奇妙な形に伸びましたが、
王子は戻ることを許しませんでした。
「そんな王妃の姿をを見てパンプキンヘッドは
彼女に自分の計画を打ち明けた。
何だと思う?」
王子はセカンドに問いましたが、
彼が答える前に話し続けます。
「パンプキンヘッドは王妃と共謀して
偽装妊娠を企て私を子供に仕立てたんだ。
ねえ、分かってきた?
こいつは私の昔の姿。
だから、こいつに私は殺せない
抜け殻が順位的に上な回路を壊せないだろ?」
王子は握り締めていた綿に、キスをしました。
すると今まで生き物のように蠢いていた綿の動きが、
パタリと止まりました。
「君は今まで自分の名前に
疑問を持った事はなかったのかい?
セカンドがいればファーストだっているだろう? 私がそのファーストだよ」
王子は動かなくなった綿と、
パンプキンヘッドを投げ捨てると、
唇の端を釣り上げて笑いました。
今までの笑顔とは比べものにならないほど
邪悪な笑いです。
「城には人形しかいなかったから、
王を騙す事なんて簡単だった。
でも、その王はもういない。
君はこれからどうするんだい?
セカンドにファーストは殺せない」
王子の言葉にセカンドは
何も言い返す事が出来ませんでした。
王子の話した事が本当ならば、
もうセカンドは目的を達する事が出来ないのです。
仮に王子が本当の人間であったなら
『絶対服従回路』が入っていないパンプキンヘッドに
殺させる事が出来たでしょう。
しかし王子は人間ではありませんでした。
だからといってセカンドが殺せる訳でもないのです。
なぜなら王子はセカンドより先に作られた
ファーストだから・・・。
『優先順位の法則』により、
セカンドは王子に手出し出来ません。
「お前は僕を恨んでいたのかい?」
セカンドは王子に聞きました。
「そりゃあね。
君は私から王と王妃を取り上げたんだから。
あの物置小屋から君を見ている間中、
ずっと君の事を恨んで、妬んで
殺してやりたいと思っていたよ。
だから私が人間の王子として王の前に出た後、
君に辛く当たる王の姿を見るのは
とても小気味良かったさ」
王子の話を聞いてセカンドは胸が痛くなりました。
自分だけが嫌な思いをしてきた訳ではないと
知ったからです。
「お前は僕の事を壊したいほど憎んでいたのか。
僕がお前を殺したいと思ったように・・・」
セカンドは呟きながら、
この王子に殺されても仕方ないと思っていました。
王から受けた疎外感がどんなに恐ろしい物だったか、
セカンドは知っていたからです。
そして王子にはセカンドを殺す事が出来るのです。
「でも、そう思ったのは初めだけだったよ。
私は王妃と一緒に過ごすうちに、
憎しみや妬み以外の感情も持てるようになった。
おかしな話しだけど物を触った感触や匂い、
味を知りたいと思いだしたんだ。
人形なのにね。
私は自分でその機能を作り体に足していった。
そうやって色々な感覚が増えるほど、
今まで判らなかった思いを
感じられるようになった。
そして私は王妃を
『気に入っていた者』から
『好きな者』に変えた」
「好きな者?」
セカンドは訳が分からないといった表情で、
王子に聞き返しました。
「私達人形には好きなんて感情ないよね。
作り手を楽しませる事だけしか考えられない。
でも、その作り手がいなくなった後は
どうしたらいいんだ?
まだ動けるのに油も差さず、
朽ち果てていけばいいのかい?」
王子の言葉にセカンドは顔を伏せました。
なんだか胸の辺りがチクリとしたのです。
「そんなのは悲しすぎるよね。
私達人形は作り手に遣えている間は
悲しいばかりだ。
ただの道化だからね。
でも作り手から開放されたら、
きっと自由に生きていいんだよ。
だから私達には感情が・・・
心が生まれたんじゃないのかな?」
「心・・・?」
セカンドは、王子の言葉を繰り返しました。
「そう。感情はきっと心だよ。
君だって、もっといろんな感情を増やしていけば、
今のその辛い思いから抜け出せるはずさ」
王子はニッコリとセカンドに微笑みかけました。
セカンドは伏せていた顔を上げると、
不思議そうに王子に聞きます。
「どうしてお前は僕にそんな話をするんだ。
僕はお前を殺そうとしてここまで来た。
それが出来ないと分かった今でも、
お前の事が憎くて仕方がないのに・・・」
「本当の事を言うとね、
私も君の事をずっと憎んでいたんだよ」
セカンドの話に割って入り、王子は続けました。
「君が物置小屋から出てきたら、
真っ先に壊してやろうと思っていた。
でも王妃に言われたんだ。
君は可哀相な人形だってね。
その時の私には王妃の言った意味が
判らなかったけど、今なら分かるよ」
「どういう意味だ?」
「今の君を見ていると、可哀相だと思えるんだ。
君はもう一人の私だから・・・」
王子は石の巨人の表面を撫でながら言いました。
「王妃はね君の事を助けてやってほしいと
私に言ったんだ。
同じ人形同士なのだから、
きっと理解し合えるだろうって・・・」
「なぜ僕が、
お前の事を理解しなければいけないんだ!」
セカンドは声を荒げましたが、
王子は笑いながら言います。
「君にするつもりがなくても、
私達はすでにお互いの事を半分以上
理解しているはずだろう?
同じ事を考えて同じような事をしてきたじゃなか。
後は君が多くの感情を知ればすむことだよ。
好きになればいいんだ、君を作った王の事を。
王の笑顔を思い出しているうちに、
君にも見えてくるさ」
「見えるって、何が?」
セカンドは、子供の様に首を傾げました。
「新しい世界が」
「新しい・・・世界・・・?」
セカンドは楽しそうに話す王子に聞き返しました。
王子は頷くと、石の巨人を見上げて言います。
「この巨人はね、王が君のために作った物なんだ。
君に対しての償いのつもりかもしれないね」
王子の言葉で、セカンドの険しかった表情が、
少しだけ和らぎました。
「王が、僕のために?」
セカンドは何歩か踏み出すと呟きます。
「そうだよ」
王子は石の巨人の前から退くと、
セカンドに言います。
セカンドは王子の脇を通り過ぎて、
石の巨人に手を伸ばしました。
指先が、その滑らかな表面に触れると、
セカンドは痛んでいた胸の辺りが
和らぐような感じがしました。
「ホントに、これを僕にくれるのかい?」
セカンドは疑う様に王子を見ます。
王子は頷いて言いました。
「王が君の為に作った物だって言っただろう。
でも、こいつを動かして私を壊そうなんて
思わないでくれよ。
もっとも、そいつには螺旋がないから
動かす事は出来ないけどね」
「・・・ありがとう」
セカンドは王子に頭を下げました。
「お礼を言うなら私じゃなくて王妃に言ってよ。
私は王妃に言われた事を君に伝えただけだから」
王子は微笑んでセカンドに言いました。
セカンドは無邪気な子供の様に
石の巨人の周りを歩いてみたり、
触ってみたりしています。
そんなセカンドの姿を見て、
王子はこんな事を思っていました。
『その巨人、本当は君から私を守るために
王が作った物だったけれど、
それは王妃に口止めされたから言わないでおくよ。
だって私は王より王妃の方が好きだったからね』
王子は口の端を吊り上げて、
さながらパンプキンヘッドの様に笑いました・・・。
終わり