とある備品管理係の回想
39
軍部の訓練が急に過激になった。
同僚にそう話すと、彼は兵や騎士が強くなるのはいいことだ、と笑ったがそれを目の前で見ている私は笑えない。
今までの訓練でも限界まで自分を追い詰めるようなものが多かったのだ。
しかし、これに比べれば、その訓練は遊びのようなものだったのだろう。
何せ、準備運動なのだという。
午前だけで訓練参加者の半数以上――いや、8割以上が倒れる訓練は、訓練ではなく準備運動なのだそうだ。
新しい教官となった女性からそう聞かされたという兵士の1人は、その事実を私に愚痴った後ポツリと田舎に帰って畑でも耕すか。などと呟いていた。
午後の訓練に参加した者は、軒並み何をしたのか口を閉ざし、思い出したくもない様子である。
そんな過酷な訓練を続けていれば、自信を喪失したり、訓練の辛さに耐えきれなくなってこの国から戦える者などいなくなってしまうのではないかと心配になる。
私は練兵場の備品管理が仕事なので、文官の中では軍部の人間との関わりが多い方だ。
だからこそ、そんな不安が湧いてくる。
同僚にそう話しても、私の不安などまったく理解してもらえず、逆にそれはどんな訓練なのかと聞かれてしまった。
話には聞いていても、実際の訓練を見たわけではない。
私は、意を決して午後の訓練の様子を見に行った。
…………地獄だった。
私にはそう表現することしかできない。
午前の訓練はもしかしたら篩いなのではないだろうか?
午後という地獄へ挑むに足る者を選別する篩いだ。
それほど午後の訓練は過酷だった。
いつもは煌びやかな装飾のなされた鎧に身を包み、自信満々な顔をしている近衛騎士ですら、ボロボロになって倒れている。
自慢の鎧を汚しているのは、汗なのか泥なのか……もしかしたら血かもしれない。
これは、私の不安が現実のものになるかも知れない。
そんな恐怖を感じながら私は自分の仕事場所に戻った。
その時だ。
昨日、練兵場の隅を使いたいと言っていた少年が、今日も来た。
上司から彼の要望には出来る範囲で応えるように言われていたため、練兵場の隅を使うぐらいは何の問題もないと許可したのだが、今日は拙い。
新しい教官が来てから通達が出され、基本的にこの第一練兵場に来る者は新しい教官の訓練に参加することが義務づけられてしまう。
見るからに訓練などしたこともない少年があのように過酷な訓練に耐えられるわけがない。
私は、少し離れている第二練兵場に行くよう伝えようとしたが、それは適わなかった。
教官が来て、さっさと練兵場に入るよう言ってしまったからだ。
なぜこんなタイミングで彼女が訓練場の入り口近くにまで来たのかはわからないが、最悪のタイミングだ。
せめて何かあった時すぐに対処できるようにと私も少年について練兵場へと戻った。
そこで見ることになったのは、生き地獄を味わわされる少年の姿だった。
私の考えなど甘いと思い知らされる。
対処することなどできない。
倒れて気を失っても助ける暇すらなく無理矢理に起こされて、訓練の続きを強制されるのだ。
いったいあの少年にどんな恨みがあるのだろうか?
私が見ている中で、兵士や騎士、近衛騎士だって気を失えばそこで訓練は終わりだったじゃないか。
それを、少年だけはたたき起こして訓練を続けさせるなんて……
少年は見る間にボロボロになっていき、その姿は幽鬼かゾンビのようだ。
それでも、教官は情け容赦なく少年を鍛える。
鍛えているのだろう。
ただのいびりや暴力とは違い、少年に何かをさせようという意図が感じられる。
どのような、と言われれば答えに窮してしまうが、たしかに感じられるのだ。
それからも私はただ少年が生き残ることを願いながら、ただただ訓練を見守った。
日が落ちても訓練は終わらない。
月が空の一番高い場所にきても終わらない。
空が白んできたところでようやく終わった。
少年は生きていた。
ボロボロになりすぎて、本当に息をしているか心配になるが、わずかに身体が動いている。
この日の訓練はここで終わりだ。
ほっとして職場に戻ると、とうの昔に交代時間は過ぎていて、職場放棄していたことを怒られてしまったが、理由を話すとなんとも言えない微妙な顔になって説教は終わった。
罰として職場を離れていた時間分仕事を続けるように言われたが、自業自得なので受け入れよう。
どういうわけか、少年は何事もなかったかのように綺麗な服を着て傷一つ無い姿で練兵場を出て行った。
とりあえず、他者視点はここで終わり(の予定)
結局、想定していたほど周囲から見た主人公への理不尽訓練が上手く描写できなかったので、わざわざ4話も入れた意味なかったなぁ……
まぁ、書いたから投稿したって感じなのはご容赦ください。




