武蔵は退屈しているんですが? 後編
本日2度目の更新です。
前話をご覧になっていない方は、そちらをお先にお読みください。
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その光景を見ている誰もが自分の目を疑った。
スティング・エナドリンはこの国でも有数の使い手だ。
それは、王国最強の十二騎士の第五席にその名を連ねていることからも明らかだ。
そのスティングが試合開始とともに倒れている。
あまりにも信じ難い光景だ。
「は、ははっ! こけちまったみたいだな。こんなんで終わりなわけないよなぁ!」
怪我の一つも無いスティングは立ち上がると大斧を構え直しながらそう叫んだ。
その姿に反武蔵派とも呼べる人間は安堵に胸をなで下ろす。
そう、転けただけなのだ。
達人と言って過言ない実力者であるスティングが、模擬戦とは言え何もないところで転けるなどと言うことはありえないことだが、本人がそうだと言っている。
何一つ出来ず、自分たちが何をされたかも分からず、無様に転がされる等という事実を認めることが出来ないのだ。
いや、何かをされたとも限らない。
何をされたかもわからないということは、相手が何もせず本当にただ転けただけだという可能性も0ではないのだ。
「あら? 私の知る戦場では、寝転んだら死ぬだけだと思うのだけどこの世界では違うのかしら?」
「っぐ……」
武蔵の指摘にスティングは言葉を詰まらせた。
戦場で、それも一騎打ちの場であれば、転んだなどと言い訳は出来ない。
そんな言い訳をするより速く、即座に首を取られてしまうからだ。
武蔵の指摘はこの上なく正しい。
「そ、そうかもしれないが、これはお前の実力を見るための模擬戦だ。偶然勝ちを拾ったからとお前の実力が証明されるわけじゃない」
「そ、そうだ。そういうことなんでなぁ」
自身達の訓練を止め、模擬戦を見ていた兵の中から上がった声にスティングは我が意を得たりとばかりに便乗した。
たしかにそれもまた事実ではある。
しかし、傍目にはそうかもしれないが、唯一言スティングが真実を口にすれば話は終わるのだが、当のスティングが現実を受け入れようとしない。
武蔵は呆れたようにため息をこぼした。
「そう。それなら仕方がないわね」
そうこぼした武蔵は懐から簪を取り出すと楽団の指揮者が持つ指揮棒のようにそれを握った。
「な、なんだそりゃ!? どういうつもりだ!?」
「実力を見せろというのでしょう? 武器の一つも持つべきだと思い直しただけよ」
「武器ぃっ!? その棒きれが武器だって言うのか!?」
スティングは激昂した。
未だ曾て自分をこれほどまでに侮辱した人間がいただろうか?
生まれながらに恵まれた体躯に斧を振るうのに適したアビリティ、自身の努力も重なって男爵家の三男坊だったスティングはクロノスナイツの1人となるまでに至った。
それまでの経歴の中でも幾度となく模擬戦を行い、第一席や第二席を相手に敗北も経験したことはある。
だが、それとて一方的な敗北などというものではなく、互角の戦いで運悪く負けただけだ。
この国でも最強と呼ばれる人間以外には負けたことなどない。
数少ない敗北とて運が結果を左右するほどの拮抗した実力を自分は持っているのだ。
自分はこの国でも最強と呼ばれる1人である。
その矜持を持つスティングは、武蔵が棒きれを武器と言って対峙しようとする姿に憤り以外を感じ得なかった。
「このクソがぁぁッ!!!」
仕切り直しの合図を待つことなくスティングは武蔵に斬りかかった。
一度、二度、三度と大斧を振るい止まることなく前進する。
大斧はモーションが大きいために実力が拮抗した者には避けられることもある。
そうであるからこそ、距離を詰め自慢の巨躯を持って相手を押し倒す。
倒してしまいさえすれば避けることなど出来はしない。
幸いなことに武蔵は華奢な女である。
ぶつかることさえ出来れば、踏ん張ることすら出来ずに倒れることだろう。
そう考えていたスティングであるが、大斧を避けられるだけでなくどういうわけだか距離を詰めることさえ出来ていなかった。
いや、距離は詰めることが出来ているのだ。
しかし、一向に武蔵に触れることが出来ない。
いくら前進してもピタリと同じ距離だけ武蔵が下がることで最後の一押しが出来ないのだ。
幾度となく大斧を振るい、前に進み続けてもまったく触れられない。
スティングはようやく武蔵と自分の実力差を悟り、そのあまりにも隔絶した差に絶望した。
「ぐぅっ!」
いくら体力があろうともどれだけ鍛えようとも限界というものはある。
王国最強と呼ばれるクロノスナイツに名を連ねるスティングとてそれは同じだ。
大斧を振るう腕は限界を迎えつつあり、大斧を置いて息を吐きたい衝動に駆られる。
だが、そうはできない。
武蔵との実力差はもうわかった。
自分では勝てないだろうと理解しているスティングであるが、止まるわけにはいかない。
止まれば即座に武蔵の反撃が始まるだろう。
それは即ち攻撃が止まった瞬間に自分の敗北が決まるということである。
そうであるならば止まるわけにはいかない。
自分は王国最強の剣であり、王国を守護する盾でもある。
それが砂粒よりも小さな可能性であろうとも勝利する可能性を諦めるのは許されない。
大斧が当たれば武蔵とて無事では済まないだろう。
諦めることなく振るい続ければ、当たるかもしれない。
当たらないからと手を止めれば、自分は戦士として死んでしまう。
スティングは決死の思いで大斧を振るい続けた。
「ふふっ」
「っ!?」
スティングの大斧を躱し続ける武蔵は笑みを浮かべた。
自身との力の差を思い知り絶望してなお心が折れないスティングは本物の戦士だ。
本物の戦士が相手の戦いは心が躍る。
武蔵は自分でも気づかぬうちに笑みを浮かべてしまったのだ。
しかし、楽しい時間も終わらせなくてはならない。
葉太達が観戦する場では戦士の矜持も、その思いも知らぬ豚がフゴフゴと耳障りなことを叫んでいる。
正直なところを言えば、武蔵にとってあの豚たちは取るに足らない存在だ。
何を言おうがそれも全て口だけで、自分にとって何の価値もない存在でしかない。
そうであれば、わざわざ自分が何かをする必要も感じられないが、耳障りなことに変わりはない。
この楽しい時を自分の勝利で終えれば彼らも黙ることだろう。
そう武蔵が考え、せめて目の前の戦士が自信を失わぬように大斧を簪で受け止めようとしたその時にその声は武蔵の耳に届いた。
「武蔵を馬鹿にするような言葉を取り消せ」
それは武蔵が仮初めの主と認めた少年の声だった。
あの少年には戦う力などない。
大人を前にすれば、自信なさげに声を震わせながら喋るのが精一杯の少年だ。
その彼が大人を相手に取って自分の意志を通そうとしている。
予想だにしなかった言葉に武蔵は思わず目算を誤り、前髪を一本切られてしまうほどの動揺を見せた。
チラリと視線を向ければ、豚に気圧されながらも拳を握りしめ相手を睨み付ける葉太の姿が武蔵の目に映る。
武蔵はスティングとの戦いを楽しんでいる時とはまた違った笑みを浮かべた。
スティングの足を払い、その背中を踏みつけた武蔵は真っ直ぐと葉太の方へと目を向ける。
あぁ、もしかしたら彼にも可能性はあるのかもしれない。
スティングさんが思わぬキャラクターになった。
ただの噛ませキャラだったはずが、なんか今後も登場しそうな予感。
おかげで前後編(それすら予定外だったけど)の予定が3話に拡大しそうになってしまった。
1500文字くらいで収めるつもりだったのになぁ……
ちなみに、武蔵について作中では語る予定のない設定などを割烹に記載する予定です。
興味のある方はご一読ください。




