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武蔵は退屈しているんですが? 前編

結局武蔵視点にしました。

ついでにちょっと長くなったので前後編です。

28

 頬を撫でる一陣の風を受け、武蔵は微かに微笑みを浮かべた。

 練兵場にかすかに残された血と汗の匂いは、長い歴史と弛まぬ努力の証明だ。

 常人では感じ取れるはずもないその匂いを風の中に感じ取った武蔵は、ドリンコ王国の騎士に対する評価を1つ上げた。

 彼女は努力する人間が好きだ。

 星の数すら及ばない幾億の世界の中で、自身に比肩する能力を持つ者すら稀であり、そんな存在が同じ世界にいることなど天文学的確率よりもなお低い。

 世界のには自分よりも強い人間がいることを知っているが、世界の中では最強である武蔵にとって、人は皆自分よりも下であることは変えようのない事実なのである。

 努力したからと武蔵に比肩する力をつけることなど不可能だ。

 それでも努力をすれば、いつかは自分をなおも高めてくれる好敵手になり得るかもしれない。

 そんな微かな期待を感じさせてくれる人間が好きなのだ。

 そういう意味では、武蔵を召喚した人間――葉太は落第点であろう。

 線は細く、運動神経も特別優れた点はない。

 まず間違いなく武術どころかスポーツの経験もないだろう。

 しかし、武術やスポーツで自分を高めようとしないからといって、即座に武蔵にとって無価値な人間になるわけではないのだ。

 自分の好きなものに打ち込めることもまた美徳であり、その意味で見ると柳野葉太という少年は面白い、と武蔵はそう考えていた。

 漫画やアニメなどを好むオタクなどと呼ばれるような趣味であろうと世界の真理を知る武蔵にとっては、他の世界の歴史を学ぶ歴史学者という見方をするからだ。

 その世界においての物理法則や常識から逸脱するような技術ばかりであっても、時として歴史を揺るがすような発明につながることもある。

 武蔵の知る限りでも、狸のようなロボットが使う道具からインスピレーションを受け瞬間移動装置を発明した世界も存在するほどだ。

 そして、葉太の場合は世界を移動する際に与えられた能力との相性もあるが、異世界の歴史を深く学んでいたおかげで宮本武蔵という存在を限りなく本物に近い形で再現して見せた。

 英霊召喚という規格外の能力に因るところも大きいのは間違いないが、それだけ詳しく自分を知っている――そう考えると武蔵としても悪い気はしない。

 ストーカーのような行為で情報を得たと言うのなら話は別だが、断片的にしか得られない物語という形で得た異世界の情報だけで自分を深く知っている。

 葉太は気づいていないようだが、英霊召喚によって召喚された者は、召喚者との間に繋がりのようなものが作られる。

 相手の考えや感情が多少分かる程度の微かなつながりではあるが、それでもわかるほどに葉太から流れてくる感情は圧倒的な好意に溢れている。

 心からの好意を寄せられて悪い気がする人間はそうはいない。

 それは武蔵でも同じだ。

 伊織のいないこの世界では、繋がりもなければ目的もない。

 そうであるなら何か目的が定まるまでは、この自分に好意を寄せてくれる少年の力になってやろうとそう思ったのだ。

 その結果はどうであろうか?

 まだ出会ってから3日という短さなのではっきりとした答えこそ出せていないものの、そう遠くないうちに自分は彼の下から離れるだろうと考えていた。

 好意を寄せられることは素直に嬉しく思う。

 だが、好意を寄せられたからと言って自分が彼に同じ思いを返すのかと言えば、答えは否である。

 自我を持たない人形のようなものでしかない板垣退助は複数召喚できるようだが、自分のように世界に完全なる個として認められるような存在は同時に召喚できないようだ。

 そうであるならせめて、もう1人戦力となる人間を召喚できるまでは側にいるつもりだが、いつまでも側にいようと思えるほどの魅力を武蔵は葉太に感じていなかった。

 彼は伊織とは違う。

 別人であるからなどという理由ではなく、彼には確固たる意志も自己を犠牲にしてまで成し遂げようとする夢も、願いを叶えるために続ける努力も足りない。

 将来、自分が彼に魅力を感じるだろうと思える部分もない。

 葉太は、伊織とは違って武蔵に夢を見させてくれないのだ。

 可能性を感じさせる何かがなければ、自分は彼を嫌ってしまうだろう。

 そうであるなら、そうなる前に彼の前から姿を消すべきだ。

 武蔵を知る人間には意外なことかもしれないが、彼女は意外と嫌いな人間は少ない。

 努力をする者を好むが、努力をしないからと言って嫌いはしないのだ。

 努力をせずにただ惰性で生きる者はそういう人間だと判断して、興味を持たぬだけで嫌うわけではない。

 好きの反対は無関心なのである。

 では、彼女が明確に嫌う者とはどのような者なのかと言えば、他者の夢を食い物にする人間や自身の欲望を満たすことしか考えずに他者を害する外道などだろう。

 そのどちらにも葉太は当てはまらないが、彼の場合は武蔵という人間をこの伊織ほどとは言わぬまでも楽しい夢を見ることも出来ない世界に生み出してしまったことが問題なのだ。

 退屈で満たされない世界にどのような価値があるのだろうか?

 このまま不満をため込み、世界を呪い、嫌いたくもない相手を嫌いになってしまうぐらいであれば、世界を旅して自分が興味を持てるものを探そう。と、そう考えているのだ。

 そう考えているからといって、に手は抜かない。

 そうなるまでは、葉太の剣としての勤めを果たそうと武蔵は正面に立つ男を見据えた。


「こんな女が本当に強えのか?」


 筋骨隆々とした大男で、筋肉の質も動きも彼が自身の圧倒的な筋力で敵を倒す戦い方をするのは見ただけでわかる。

 練兵場にいる他の兵と比べても上位の実力を持つのだから、この国ではその戦い方をする者でも上位に位置するのだろう。

 武蔵の知るこの世界の中では、純粋な戦闘能力では近衛騎士団長のオランや宰相のカートン、門番をしていたジーナと将軍だというフィリップに次ぐ5番目の実力者だ。

 武蔵の通っていた極東剣士学園の学生と比べても二部でならいい成績を残せるぐらいの実力がある。

 しかし、伊織ほどの夢を見させてくれるかと言えば、否だ。

 彼の力はほとんど完成してしまっていて伸び代がない。

 伊織のように鍛えればどこまでも伸びていきそうな伸び代を期待するのが酷ではあるが、どうしても落胆は隠せなかった。


「やっぱり、吹かしだったんだな。そんな細腕じゃ普通のオーガだって倒せねぇだろ?」


 下卑た視線で武蔵を上から下までなめ回すように見る男に武蔵はため息をこぼした。

 門番のジーナは、実力こそこの男にわずかに勝る程度でしかなかったが、相手との実力を察する観察眼と殺気での斬撃で試合える程度の技術があった。

 しかし、この男は先ほどから13回ほど首を落としていると言うのにまったく気づいた様子がない。

 どうにもこの世界は、どういうわけだか実際の戦闘能力と技術的な面での能力に差があるらしい。


「無駄口はそこまでにしろ。始めるぞ」

「っけ、将軍様はよっぽどこの女がお気に入りらしいねぇ」


 審判をするフィリップを毒づきながら男は武器らしい大斧を構えた。

 肉厚で巨大な鈍器にも見えるそれは、男の戦い方に非常にマッチしているのだろう。

 使い込まれていることがよくわかり、男が鍛錬をサボる才能に胡座をかいただけの男ではないことを察しさせる。

 それでも武蔵は剣を抜こうともせず、ただ立ったまま男を見据えるだけだ。


「ミヤモト、お前は構えんのか?」

「構わないわ」

「舐めやがって……」


 フィリップの問いに武蔵が答えると、男は額に青筋が浮かべた。

 どう見ても大した実力もなさそうな女が自分を相手に武器を構えることさえしない。

 男のプライドは甚く傷つけられた。


「始め!」

「し――――」


 死ねと叫びながら一足飛びに距離を詰め、大斧を振り下ろすつもりだった。

 だが、気づいた時には男は大斧を振り上げた姿勢のまま地面に倒れ伏していた。

 周りで見ていた誰もが驚きの表情を浮かべる中、武蔵は唯一人退屈そうにため息をこぼした。


後編の長さと気分の乗り次第ですが、今日中にもう1回更新するかもしれません(フラグ)


あれ? 前回そんなこと言って3ヶ月ぐらいかかった気がす(ry


2020/03/30 微修正

 大久保利通 → 板垣退助

なんで間違えた俺……

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