ナイフや剣を斬るんですが?
まったく意識してないのに気がつくと権力側と敵対するルートに入ろうとしてしまう。
軌道修正が大変なので、武蔵さんはおとなしくして欲しい……
19
僅かに震えるナイフが首筋に触れる度に背筋に冷たいものが走る。
ほんのちょっと手を滑らせるだけで俺の命は簡単に奪われてしまうのだ。
オーガと対面した時の絶望感とはまた違った恐怖心がわき上がってくる。
「な、なんてことを!?」
「馬鹿な真似は辞めなさい!」
やはり彼らは警察のような役割の騎士なんだろう。
見るからに通行人Aだった俺が人質に取られてしまい、手出しが出来なくなっている。
絶体絶命の大ピンチ、俺の命は彼らに懸かって――いない。
「……ねぇ」
「え!?」
正面に居る騎士達ではなく、真横から声をかけられるとは思っていなかったのだろう。
美少女は突然声をかけてきた武蔵の方へ驚きながら振り向く。
「な、なによあんた! こいつの恋人かなんか? このナイフが見えないの!? 近づかないでよ!」
ピタピタと首筋にナイフを触れさせるのは辞めてくれ。
あと、武蔵を挑発するようなことも辞めた方がいい。
「恋人……ではないけれど、私はね? 彼を守ると言ったのよ」
「はぁ?」
「私が守ると言ったのだから、彼を傷つけようとする人間も彼の命を奪おうとする人間も許すわけにはいかないの。わかるかしら?」
「何訳の分からないこと言ってるのよ! このナイフが見えないの!?」
「ナイフなんてどこにあるのかしら?」
「え?」
武藏の言葉に驚きつつ美少女が手に持ったナイフに視線を向けると、その手にはしっかりとナイフが残されている。
が、次の瞬間に彼女が目にしたのは、柄だけしか残されていない握り棒のようなものと化したナイフだった。
カランと刃の部分が地面に転がる。
「な、な……!?」
何をしたのかと彼女は問いたいんだろう。
俺にも見えたわけではないが、武蔵ならば首に触れているナイフであろうと柄と刃の境目を切断するなんて造作ないことだ。
剣閃というものは、刃のきらめきを目で追うことが出来るから見えるのだ。
目に映らぬ速さで刃を振るえば、何が起きたのかわからなくても当然と言えるだろう。
「ねぇ? ナイフなんてどこにあるの?」
いつの間にやら武蔵は烏丸の一振りを手にしており、その刃をヒタリヒタリと美少女の頬に触れさせる。
美少女も武蔵の速さには全くついて行けていないのだろう。
ナイフに向けていた視線を上げたら、目を動かすほんの僅かな間にまるで魔法のごとく武蔵は剣を抜いていたのだ。
美少女の顔が恐怖に染まる。
手にしていた武器がなくなり、自分の頬には剣が振れている。
彼女は命の危機を感じているのだろう。
武蔵がまるで化け物のように見えているかもしれない。
「そこまでだ!」
いつの間にか、俺が人質に取られてあたふたしていた騎士達が剣を抜いて武蔵を囲んでいた。
なんで追っていた美少女じゃなくて、人質解放に一役買った武蔵を取り囲んでるんですかね?
「姫に向けた刃を収めろ」
ひめ? 姫!?
え!? この美少女お姫様なの!?
ユーハのクソ女といい、この美少女といい、この世界のお姫様にはろくなお姫様がいないんじゃないのか!?
「はいはい……ちょっとお仕置きを兼ねてからかっただけよ」
武蔵はやれやれとでも言いたげな表情をしながらも、指示に従って美少女の顔に触れさせていた刃を引く。
命を奪う凶器が離れたことに美少女は、あからさまに安堵の表情を浮かべた。
「彼のことは離してもらえないのかしら?」
「え? あ……」
武蔵の指摘に俺を押さえていた美少女の拘束が緩む。
なんかもう、状況が状況過ぎて美少女に抱きつかれたような形だったのにドキドキの方向性がおかしかったな。
出来ることならまた同じ状況に陥るのは御免被りたい。
美少女が解放され、俺も解放された。
問題は解決したはずなのに騎士達は剣を下ろそうとはしなかった。
「もう行ってもいいかしら?」
さすが武蔵さんは神経が図太いですね。
強者の余裕ってやつですか?
でも、どう考えてもお兄さん方は行かせる気はないと思いますよ?
「行かせると思うのか?」
「なぜ? あなたたちは追いかけていたお姫様を連れ帰れてよかったでしょうし、私たちも行きたいところに行ければいい。それ以外になにか問題でもあるのかしら?」
「王族に刃を向けた者を放置は出来ん」
「ふふふ」
騎士の言葉に武蔵はクスクスと笑った。
可笑しいという思いもあるのだろうが、どちらかと言えば騎士を侮蔑するような色が強い気がする。
「何がおかしい!」
「何が? 本気で言っているの? それともこの国では、王族ならば何の罪もない人間を殺めても罪に問われないのかしら?」
ねぇ、答えて? と武蔵は言った。
しかし、騎士は答えない。
武蔵に気圧されているのか、ただ返答に窮しているのかわからないが、口を開こうともしていなかった。
「剣を向ければ剣を向けられる。命を奪おうとすれば命を奪われる。自分が行動するなら、そうなる覚悟が必要だと教えてあげただけよ。私は何ら恥じることなどしていないわ」
騎士達は何も言えないようだった。
それもそうだろう。
武蔵のやったことは確かに過激だが、そもそも最初に人に刃物を向けたのは美少女の方だ。
これで悪いのは俺たちだけだと言われれば、それはおかしいという話になる。
まぁ、それがまかり通るのが王政の国なのかもしれないけど、騎士達が何も言わないと言うことは、自分たちでも理不尽だと思っているからなんじゃないだろうか?
「っく……あぁぁぁっ!!!」
さて、これからどうすればいいのかと考えていたところで、騎士の1人が突然武蔵に斬りかかった。
武蔵の言っていることがある意味正しいとは思っても、王族に刃を向けたという事実を許せなかったのか、武蔵を論破する言葉が思い浮かばずに実力行使に出ただけなのか、それとも他の理由なのか。
どうしてなのかはわからないが、年若いだろう騎士は剣を振りかぶって武蔵に襲いかかったのだ。
「武蔵、ダメだ!」
思わず俺は叫んだ。
騎士の動きは俺では反応できないほどに速い。
確かに速いんだが、俺の目でも動いたことがわかる程度の速さでしかないのだ。
間髪入れずに叫んだつもりでも遅かったかもしれないが、それでも気がついたら叫んでいた。
カランとナイフが落ちた時と同じような音が響く。
「彼に感謝する事ね。彼が止めなければ、あなたの首がこうなっていたわよ?」
武蔵がそう言うと、騎士は柄だけになった剣を握りしめながらがっくりとその場に座り込んだ。
「すごい……」
その光景を見てそんな言葉を漏らしたのは美少女だ。
その目は何か楽しいものを見つけたように爛々と輝いている。
「ねぇあなた、私に仕えてよ」
「嫌よ」
武蔵は美少女からの言葉もばっさりと一刀両断した。
ちょっとキリが悪いけどここまで




