異世界に召喚されちゃったらしいのですが?
意外と書くのに時間がかかったorz
01
光が収まると周囲の景色は一変していた。
見慣れた学校の教室から見慣れない石造りの建物になっているが、そんなことはどうでもいい。
周囲にいるクラスメイト達も身体が徐々に消えていく恐怖から解放され、しっかりと自分の身体があることに安堵しているようだ。
俺だって足先から徐々に自分の身体が消えていく恐怖なんて二度と経験したくない。
マジで怖いんだよ。
一頻り自分の身体が五体満足であることに感動し終えてから、ようやく誰もが自分たちの置かれた状況に不安を覚え始めた。
ここはいったいどこなのか、何が起きたのか。
叫ぶように状況説明を求める声を上げる者もいる中、冷静に状況把握しようとしているのは我らが委員長の李 胤梢くんだった。
「みんな、とりあえず落ち着こう。慌てたって何にもならないよ」
声を張り上げた委員長の言葉で、怯えた様子ながらもヒステリックに叫ぶマネを辞める者が大半だったが、中には興奮冷めやらずに叫び続けている。
馬鹿な奴らだよ。
委員長の言う通り、慌てたって何にもならない。
むしろ、状況も分からないのだから叫んで体力を消費することの方が愚かな行いだ。
とは言え、黙らない彼らの言い分もわからなくもない。
落ち着いて考えたところで、蛍光灯に照らされた学校の教室から篝火のたかれた石造りの部屋に突如移動するなんて摩訶不思議な状況が説明できるわけがないのだ。
これは、クラスメイトをまとめるのは難しそうだな。
歴史の路地井先生では、よぼよぼで覇気もないから大人の威厳ってやつで生徒達をまとめることは出来ないだろう……って、路地井先生いなくね?
辺りを見回してみても路地井先生の姿はない。
ザッと確認した範囲では、クラスメイトはだいたい揃っているみたいだが、教室にいた中で路地井先生の姿だけがこの場にない。
念のために再度周囲を見回そうとしたところで、ギギギと音を立てて部屋の一角にある扉が開かれた。
けっこうな音がしたため、叫んでいたやつもその時ばかりはさすがに黙って、全員が揃って扉の方へ視線を向ける。
扉の向こうから現れたのは頭を下げたお姫様だ。
顔を上げた姿を見たら、そう表現する他にない。
純白のドレスに身を包み、肩下まで伸びる金色の髪にはシルバーのティアラが載っている。
こう言っては何だが、クラスメイトの誰よりも美しいその容姿は、男子生徒が思わず頬を赤くしてしまうほどの美貌だ。
「我らの声にお答えいただきありがとうございます勇者様……方」
顔を上げながらそう言ったが、どうやら向こうも状況が把握できていないんじゃないのか?
明らかに俺たちが複数いることに驚いて、なんとかそれを悟らせまいと慌てて「方」って言葉を付け足した。
しかし、勇者……勇者か。
これでも世間一般で言うところのオタクと呼ばれる人間である俺は、それなりにその手のサブカルチャーには詳しいと自負している。
何の取り柄もない男子生徒がある日突然、異世界に勇者として召喚され、魔王を倒してお姫様と結ばれる話は人気ジャンルの一角として様々な話が作られている。
問題なのは、召喚されたのは「俺」ではなく「俺たち」なところだ。
普通は、召喚される勇者は1人でその世界の人間と一緒に魔王を倒すとかそんな展開だろう。
だが、俺たちは一クラスの生徒が丸ごと召喚されてしまっているので状況がおかしい。
仮に俺たちの置かれた状況で物語を作るとしたら、お姫様は誰と結ばれるというのだろうか?
お姫様とクラスの男子全員で逆ハーレム重婚? 一妻多夫? じゃあ、女子はどうするの?
そもそも、異世界に召喚されて勇者になるなんてのは物語だから面白いのであって、自分が勇者になるなんてのは御免被る。
現実は物語とは違うのだ。
本当に死ぬかもしれない危険が伴う命がけの大冒険なんて恐ろしい経験はしたいと思う方がどうかしている。
「お前が犯人か!?」
「ここはどこだよ!」
「なんなのよこれ!」
「俺たちをどうするつもりだ!」
「何が目的なの!?」
さっきまで叫んでたやつだけじゃなく、委員長のおかげで一応の落ち着きを取り戻した連中まで一斉に叫ぶ。
状況を説明できそうな人間が現れたんだからそれも無理ないか。
だけど、いくら不安だからって相手が答える暇もないくらい一斉に言ったってどうしようもないだろう。
「みんな、落ち着けよ!」
どうしたものかと考えている俺よりも早く結論を出したらしいのは、委員長――ではなく、クラスカースト上位で、リア充筆頭の池照 仁くんであった。
普段のクラスでは非常に大きな発言力を持った彼の言葉は、この非常事態でも力を持っていたようだ。
クラスメイト一同はお姫様を責め立てるのを辞めて池照くんに視線を集めた。
「みんなが一斉に話したら向こうだって答えられないだろ? 順番に話を聞こう。いいですか?」
最後の一言は振り返ってお姫様への問いかけだ。
まぁ、お姫様の意見も聞かずにこっちだけで決められないよな。
だって答えるのはお姫様なんだ。
お姫様の協力なしには順番に話を聞くなんてことできはしない。
「はい。皆様をお呼びしたのは私どもです。質問には出来うる限りお答えいたします」
真摯な表情でお姫様は池照くんに頷いて帰した。
協力的でよかったよ。
「じゃあ、質問がある人は手を上げて」
ほとんど全員が一斉に手を上げた。
そりゃ、聞きたいことは山ほどあるからみんな手を上げるよな。
「ここはどこで、あんたは誰だ? 俺たちをどうしたんだ?」
柔道部の男山 武くんが最初に質問する権利を得たようだ。
まぁ、彼もクラスカースト上位で池照くんとも親しいから順当かな?
「ここは皆様のいた世界とは異なる世界【ラグヘンズ】です。私はカクトー王国の第二皇女で、ユーハ・ミ・カクトーと申します」
お姫様は自己紹介すると一旦言葉を切って頭を下げた。
カーテシーってやつかな?
スカートの裾をつまんで優雅な礼だ。
でも、あれって確か跪くのと同じじゃなかったか?
お姫様が跪く?
なんかおかしくないか?
「この世界は今危機に瀕しております。私どもも必死の抵抗を続けてはおりますが、恐るべき魔族の手によって人類は滅亡寸前です。なんとか、状況を打破するために王家の秘儀とされていた勇者召喚の儀式を行い、魔族を滅する力を持った者――皆様をこの世界にお呼びいたしました」
俺の疑問を他所にお姫様は悲壮感たっぷりに状況を説明してくれた。
勇者召喚の儀式か……
物語ならありきたりな展開だけど、こんな大勢が召喚されるなんてことはあるのか?
まぁ、物語と現実は違うんだろうけど……
物語で召喚された勇者様なら二つ返事で了承するか、渋りながらも気づいたら問題を解決してしまうかのどちらかが主流だ。
だけど、それは物語だ。
現実である俺のクラスメイト達は、そんなことできるはずがないだの誘拐がどうのと戦いなんてそんな危険なことはしたくないと誰もが叫んでいる。
「えっと……ユーハ様……で、いいんでしょうか?」
「はい。どうぞユーハとお呼びください」
「じゃあ、ユーハ。僕たちは普通の学生だ。人類を滅亡寸前まで追い込むような危険な相手と戦う力なんて持ってないんだ」
「ご安心ください。皆様は勇者召喚の儀式の力で魔族と戦うための力を手に入れております」
異世界に召喚された時に力を手に入れてるのか。
これもまた物語ではよくある展開だな…………ん?
なんだ?
なんだこの違和感……
何が、と具体的なことは言えないが、言いようのない何かが違和感となって頭に引っかかる。
この違和感の正体を掴めなかったことが、俺のこれからを大きく変えてしまうことをこの時の俺は知るよしもなかった。






