一方その頃なんですが? 女近衛騎士編
三日坊主になるとは一言も言っていません(すっとぼけ)
18
――葉太の首筋にナイフが添えられるよりも僅かに時は遡る。
取調べをしていた2人が部屋を出て行き、緊張の糸が切れたジーナは肺の奥底に残った空気まではき出すように重く長いため息をこぼした。
身体まで重く感じ、思わずと言った具合に机の上に突っ伏す。
「隊長、何を考えているんですか!?」
見るからに不審だった2人を、まるで馬鹿になったように見逃したジーナを副官のヨーが非難する。
しかし、ジーナからすれば責めたいのは自分の方であった。
「お前こそ何を考えているんだ!?」
「は?」
まったく予想していなかった返答にヨーは思わず目を点にした。
まるで分かっていない。
ジーナは身体を起こすと呆れたように首を振る。
「お前は自分がどれだけ死にたがっていたのかわかっているのか? 意味もなく特攻したいなら私に迷惑をかけるな、1人の時にしてくれ」
「特攻ってどういうことですか!?」
ヨーにはジーナが何を言っているのかまったく理解できなかった。
先ほどの取調べにしてもそうだ。
ジーナは聡明でも職務に忠実なわけでもないが、それでも取調べ相手の言葉をそのまま受け止め、さっさと取調べを終わらせようとするほどいい加減なわけではない。
「お前は自分がミヤモトに何度斬られたかわかっているか?」
「……斬られる?」
ますますもって意味が分からない。
確かに赤髪の女、ミヤモトは腰に剣を佩いていた。
しかし、取調べの際に暴れられては適わないので、剣は入り口横に置かせていたのだ。
「彼女は化け物だ。彼女がその気だったらお前は20回以上死んでいたぞ」
「何を馬鹿な……」
「殺気だけでああも見事に斬られるとは思わなかったよ。取調べ前、部屋の前で出会い頭に私とお前は斬られているんだ」
ジーナはつい先ほどの出来事を思い出して身震いした。
取調をするために案内された2人を見て、特に男の方を見てすぐにジーナはカクトー王国の勇者の線を疑った。
はるか東国のジャポネならば黒髪は珍しくないが、大陸中央の大国に加え、死の山や大樹海まで通る必要があるためこのドリンコ王国までジャポネの人間が来ることは稀だ。
むしろ、領土拡大に躍起になっているカクトー王国が頻繁に勇者の召喚を行っているため、可能性としてはそちらの方がよほど高い。
これは気を引き締めなくてはならないな。と、そう思った瞬間に胴を一閃されたような錯覚に陥った。
思わず鎧ごしに腹部に触れたが、斬られたどころか鎧に傷の一つも無い。
今のはいったいなんだったのかと疑問に思いつつも顔を上げると、今度は頭から股までを真っ直ぐに斬られたような錯覚に襲われる。
そこでようやくジーナはこれが目の前に居る女の殺気によるものだと理解した。
最年少で近衛騎士でも最強と呼ばれる十二騎士に選ばれた実力者であるジーナだからこそ、目の前に居る女と自分との圧倒的なまでの実力差を理解できたのだ。
強さの次元が違う。
この国で最強のクロノスナイツが全員で挑んだところで、傷を負わせることすら出来る気が全くしないほどの実力者だ。
「取調べ中にも私は68回は斬られたな」
「まさか……そんなこと出来るわけが……」
「出来るんだよ。まったく気づいていなかったお前の鈍感さが羨ましかったよ」
「ですが、武器は取り上げていたじゃないですか」
「入り口に置いていただけだろう。それに私やお前の腰にだって剣はある」
すぐ後ろにある剣を取るか、自分たちの腰にある剣を奪い取るか、ミヤモトの選択肢はそれこそ無数にあっただろう。
もしかしたら、自分たちを倒すのには剣すら必要としないのではないかとジーナは内心で恐怖した。
「そんな危険人物を王都に入れたんですか!?」
「危険はなかったからな」
出会い頭に殺気だけとは言え斬りかかるような相手であるが、危険はないというのがジーナの判断だった。
殺気で斬りかかるのはあくまでも威嚇だ。
ただ暴れようとする人間であれば、殺気で自分の実力を示す前に本物の剣で斬りかかっているだろう。
それをしないと言うことは、そうする必要がないということに他ならない。
「そんなことわからないじゃないですか!」
「はぁ……なぁ、お前はなぜ人は犯罪を犯さないのかわかるか?」
「は?」
「モラルやマナーなんて馬鹿なことは言うなよ? それが犯罪を防ぐというのならこの世に犯罪者は存在しないからな」
ヨーは言葉に窮した。
質問の意図が分からない。
それでもなんとか答えようと考えるが、モラルやマナーが犯罪を防ぎ、罪を犯す者はそれらに欠けるのだろうとしか思っていなかったからだ。
「えぇ……っと、我々騎士がいるからですか?」
なんとかそう答えを絞り出したが、ジーナの求める答えであったのかと不安げだ。
「そうだ。騎士という暴力によって多くの犯罪は防がれている」
モラルやマナーによって犯罪を犯さない者もいるだろう。
しかし、多くの人間が楽をするために手っ取り早い犯罪という手段に手を染めぬのは、罪を犯した場合に自分ではあらがえない暴力によって裁かれることを理解しているからだ。
それでも罪を犯す者がいるのは、暴力から逃げる術を持つか暴力にあらがえる実力があると思っているからだろう。
「はぁ……」
「む? まだわからないか? ではそうだな……お前1人で人口1000人の町を落とせと言われたらどうする?」
「1000人ですか? どうって……」
1人では難しいだろう。
住民の何人かを調略して協力させるなど策を弄しても1人では手が足りない。
「では、その1000人がまともに動くことも出来ない老人だけだったらどうだ? お前の方は国宝級の魔剣と最高級の鎧で身を固めているとしたら?」
「まぁそれなら……」
無理ではないだろう。
むしろ簡単だと言える。
「その時に怪しまれたからと言ってわざわざ住民の指示に従うか? 怪しまれたらさっさと行動に移してしまった方が手っ取り早いだろう?」
相手は障害にすらならないのだ。
それだけの実力差があるのなら、抵抗する者は斬り捨てて自分の目的を果たすことだけを考えればいい。
「つまり……我々は老人だと?」
「もっと酷いだろうな。生まれたばかりの赤子の方がまだマシかもしれん」
それほどの実力差がある。
ジーナの言わんとしていることをようやく察したヨーは恐怖に震えた。
王国最強のクロノスナイツ、その中でも1、2を争う実力者であるジーナがミヤモトとの実力差は赤子と大人以上だと言っている。
自分たちでは抵抗することすら敵わない圧倒的な暴力が今王都にいるのだ。
「幸いにも向こうは実力を示した後はこちらの指示に従う理性もモラルも持ち合わせているようだからな。大至急城に報告しろ。2人の特徴を伝えた上で、絶対に敵対するなとな」
「わ、わかりました」
慌ててヨーが出て行った扉を眺めつつジーナはまたもため息をこぼした。
ミヤモトは圧倒的な実力があるために敵対するのは無謀だ。
見るからに戦闘経験のなさそうなヤナギノを人質にとるという手段も考えられたが、それも無駄だとジーナは理解している。
取調べ中、ジーナとミヤモトは視線とわずかな動き、気配によって表には見えぬが非常に高度な戦いを繰り広げていた。
殺気を向けられたジーナとて無抵抗ではなかったのだ。
しかし、それもまったくの無意味である。
剣で防ごうとすれば剣をはじかれ、避ければ避けた先に追撃が来る。
ならばとヤナギノを人質にすることを考え、ヤナギノに意識を向けた瞬間だ。
それまで小休止を挟むように一定のタイミングで襲いかかってきたはずの殺気が膨れ上がった。
抵抗しようとする間もなく斬られた。
それも一度や二度ではない。
両手両足を斬られ、達磨のようにされてから一瞬の間を置いてから首を斬られた。
それはまるで、逆鱗に触れたことを後悔させるよう敢えて甚振ってから止めを刺すようであった。
なぜあの2人が一緒にいるのかはわからないが、少なくともヤナギノはミヤモトにとっての逆鱗である。
万が一にもミヤモトと敵対する際は、ヤナギノにだけは手を出すべきではない。
ジーナはそう警告すべきだろうと所見を認めると従卒に預け、ヨーを追わせた。
「恨むぞ、父上……」
窓越しに空を見上げる。
もしかしたら父は、あの2人が今日来ることを知っていたのかもしれない。
姫が城から逃げるのを手伝った罰として1日だけ門衛に就くよう指示した近衛騎士団団長である父にジーナはそっとそう呟いた。
ちなみにジーナは家名。
フルネームはレモン・ジーナで、父親はオラン・ジーナだったりする。
副官のヨーは、ヨー・ビック。