私の苦しい時のお友達
ゲームシリーズに仕分けできる内容で、エッセイを書いてみたかった、っていう不純な動機からの創作です。どこまでがリアルで、どこからが創作なのか、私はわからなくなっております。ので、片目をつむって読むくらいがちょうどいいかも、です。
私は自分のことを肯定的に考えることが出来ませんでした。
いつも、いつも、こころの中は落ち着かず、不安と、ともすると絶望感が膨らんでくるのです。
それでも何とか日々を送ることが出来ていたのは、逃げ込むことが出来る世界を見つけられていたからだと思っています。
それは、絵画の世界だったり、音楽の世界だったり、文学の世界だったり。
そんな御大層なものではないんです。絵を描いたり、音楽を聴いたり、本を読んだり。
あるときはスケッチをするのが好きになり、家や、学校の周りでは飽き足らず、遠くにまで足を延ばすこともありました。例えば、京都、三十三間堂。千体佛の裏に安置されている十二神将像を一体づつスケッチするために通ったりもしました。
あるときは音楽にのめり込んで、お小遣いの中でレコードや、CDを買い集めたり。
あるときは食事を切り詰めて読みたい本や全集を買いそろえたり。
しかし私には厳格な制限がありました。限界というのでしょうか。自由になる資金に恵まれませんでした。何をするにしても、それが制限になり、絵はスケッチ止まり。音楽は聴くに留まり、本についても読むにとどまり自費出版など夢のまた夢。
人付き合いも苦手で、誘いを受けても何やかやと理由を付けて逃げ回っているのみ。当然ながら、周りには友達らしい友達もいない。
大きな渦を描くように孤独の淵に立つようになりました。
その中にあって、私を少しは浮き上がらせてくれたのが詩作でした。
ぐるぐると同じところを彷徨い、繰り返し、繰り返し、同じテーマで書くことしかできませんでした。それでも、私にはそれが救いにはならなくても、慰めにはなったのです。
そんな中で出会ったのがゲームの世界でした。
のめり込みました。
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絵具を買うよりも、CD を買うよりも、本を買い漁るよりも資金が掛かりませんでした。
楽しいひと時を得るために、楽にミッションをクリアーするために、必要最小限だと自分に言い聞かせて装備などにお金を使いました。
ただ、そこでも私は一人でした。運動神経に恵まれない私には誘われる人たちについて行くのが苦しかったんです。ついて行けたのは最初の内だけ、時を経るごとに悲しい程に差は広がるばかり。楽しいはずのゲーム世界が、頭がくらくらするほどの苦行になり果てました。
やむなく皆について行くのを断念して、ゲーム世界の中でできる事だけをやっていくという変則的なことを続けることになりました。それでも、十分に楽しい時間を過ごせるのです。ゲーム内チャットで、お話するのも楽しいし、何のかのと茶々を入れてくれるのはうれしいものでした。
私にとって、苦しい時のお友達になっていたのです。
匿名であり、多少のわがままも無視してくれる仲間に囲まれて、少しばかりのお付き合いのノウハウを拾い上げた私。付き合い下手で口ばかりの私。
生暖かく見ていてくれる仲間とのひと時はいつまで続けられるのでしょうか。
気分の悪くなられた方、ごめんなさい。書いていて、大丈夫かなって心配しておりました。ご批判は、甘んじてお受けいたします。
前の詩とほとんどかぶっていることに気が付きましたが、後の祭りでした。とほほ・・・