5.皆怪しい
「で、プリンを作ってくれるのは嬉しいんだけど…もう夜の9時だよ?」
「そうだね。」
「晩御飯は?」
「え?自分で食べてねってメールで書いたけど?」
「いやいや…僕が料理を作れる訳ないじゃん!僕を置いて美味しい物を一人で食べに行ったのかい?」
「いや、私もまだ晩御飯食べてないけど。」
「…何処で何をしていたんだい?」
「帰り道にファンに捕まってね。」
「…何かあったら言うんだよ?」
「言ったじゃん。」
乱に溜息をつかれた。いや、あんたの方も色々隠しているだろ?義理の兄弟だという事は教えてもらったけど、どういう経緯で兄弟になったのかも教えてくれないし、親がどうしているかもわからない。
「一応聞くけど、あまり危険な事に巻き込まれてないよね?」
「何を今更、世の中危険でいっぱいだよ?」
「今日先生から電話があったよ、愛がマジックで同級生を傷付けたかもしれないって。」
「そう?気のせいでしょ。」
「まぁいい…話題を変えよう、明日那由他くんが家に遊びに来るみたいだ。」
「那由他が?…面倒だな…」
「嬉しくないのかい?中々会えない親友が日本に帰って来るんだよ?」
「那由他は早死にしそうなタイプだからな…」
「だったらもっと心配してあげればいいのに。」
「心配はしているけど手伝い過ぎるとあいつに悪意を抱いている連中と敵対する羽目になりそうだし。それに誰かに肩入れし過ぎるのは性に合わない。」
「まぁそう言わずに、死んだりしたら手遅れなんだから。」
「だからこそ必要以上の距離を詰めるのはよしている。私と那由他はあくまで互恵互利の関係なだけだから。」
「本当にそれだけかい?」
「…」
黙って買ったプリンを乱に突き付けて自分の部屋に通じるドアのドアノブに手をかける。
「友達は大事にした方がいいよ。」
無言でドアを閉めた。シルクハットを取って、手袋を外した。手に付けた銀色の指輪が月明りを反射する。私は椅子に座って指輪を弄りながら那由他の事を考える。
「あいつも何か隠してそうだよな…」
私が記憶喪失になる前から私の友達だったみたいだけど…2年前記憶を無くしてから初めて会った時に記憶喪失になったと伝える前から私を見て動揺していた...
「まだ誰も信じられないな…」
不安になるべき状況の筈なのに何で私はこの状況を楽しんでいるんだろう…まるでゲームでもしているみたいに…。私も自分自身を騙しているんじゃないか?そうなるともう何を信じていいのかわからなくなるな。
「リンネ、あなたは信じていいのかな?」
話しかけたら足を頬ずりして来たリンネを膝に載せてブラッシングする。
「ご飯は自分で食べた?」
リンネは何も言わずに首を縦に振った…いつも思うけどリンネって人間の言葉絶対にわかっているよね?
「そろそろシャワー浴びに行かな…」
「ニャー?」
「何でもないよ。」
シャワー浴びて、宿題を終わらせて、明日のお弁当を準備した後に寝た。
「おはよう、乱。」
「おはよう!愛、新しい謎が僕達を待っているよ!」
部屋のドアを開けたら私の目の前で新聞を広げて何やら記事を見せようとする乱の姿があった。
「興味なし。」
「え?…いやいや!記事を見るだけ見ていいんじゃないか?」
「…はぁ。」
ブルーハート(別名水の幻石)が博物館に展示されると書いてある。
「違う違う!そっちじゃなくて!ほら!怪盗がわざわざ予告状を出しているんだよ!僕達に挑戦しろって言っているようなものじゃないか!」
「乱は探偵だから興味あるかもだけど、私はマジシャンだし興味ないな。」
すると乱は片足を椅子に置き、膝に右手の肘を乗せ、拳の上に顎を乗っけて謎のポーズをとって溜息をついた。
「わかってないね…」
「乱、行儀悪いですよ。」
「怪盗と言ったらイリュージョンに決まっているじゃないか!愛もマジシャンとして他人のマジックに興味はないのかい?」
「私、あまり一流意識がないから。」
「?…マジックに興味はないのかい?」
「一流意識がないだけ、食っていける程度に稼げればいいし。」
「そんなんじゃいけないな!だったらもっと他人のマジックを見てマジックの素晴らしさを嚙締めるべきだ!」
「いや…いいって…」
そこでドアベルが鳴った。
「あぁ、那由他くんか、久しぶりだね。」
「乱も愛も久しぶり、相変わらず騒がしい家だな。マジックがどうとかって…外からでも聞こえていたぞ?」
「お久しぶりです、那由他。私はもう学校に行くので、家でゆっくりして行ってください。」
「おい待てよ、まだ時間はあるだろ?」
「そうだよ愛、まだ朝ご飯も食べてないじゃないか。」
「お前俺の事避けてないか?」
「気のせいじゃないかな?」
「…まぁいい、この中から引き受ける仕事を選んでくれ。」
そう言っていつもの様に黒い手帳を渡してきた。うーん…これまた奇妙な事件ばかりだな……
「この事件とこの事件、あまり関わらない方がいいと思う。」
「中国政府の重役が会議中に一斉に気絶の原因調査と時々光る花の調査?前者は確かに不穏だが、後者なんて無理矢理依頼された内容だぞ?」
「前者はたぶんとんでもないバックがあると思うし、後者の事件は誰かが仕組んだ罠だと思う。」
「確証は?」
「ない。ただの勘だよ。」
「この二つの事件に取り組む前に一度言って?行くかどうか考えるから。」
「…そうか…悪いな。」
「いや、行くとは言ってないからね?でも…そうだね…」
「なんだ?」
「この三つの事件は手伝うよ。早めに手を打った方がいいと思うんだ。」
「お前いつも…」
「まだ話しているのかい?もうお腹が空いて耐えられないよ!早く朝ご飯を作ってくれ!」
「はいはい…那由他も食べてく?」
「いいのか?じゃあ頼む。」
ベーコンエッグとおにぎりでいいかな?あ、味噌汁も作っておくか。
「相変わらず何でもこなせるんだな…」
食事を作っていたらダイニングテーブルで座っている那由他が話しかけてきた。
「これくらいなら乱以外の誰でもできるんじゃないかな?」
「今、さり気なく僕を侮辱していなかったか?」
「いや、侮辱じゃなくて事実を述べただけ。」
「まぁいいや…それよりもこの記事を見てよ!那由他君!」
「…あぁ、水の幻石なんて珍しいな。」
「だろう?それを怪盗が盗みに行くと予告状を出したんだ!」
「いや…ただの愉快犯の悪戯だろ…」
「そんな事はない!これは我ら探偵への挑戦だよ!」
「幻石を盗んでも適正がなかったら意味がないだろ…精々飾るぐらいしかできないんじゃないか?」
「幻石とか適正とか何言ってんの?」
「「え?」」
「…」
あからさまに驚いているな…その幻石やら適正やらは私が知ってると思っていた情報だったのか…
「愛、お前幻石について本当に何も知らな…」
乱が那由他の口を塞いだ。
「い…いや…愛は知らなくていいんだよ、うん。」
那由他が凄く不審そうに乱を見ている。うん…動揺している今の内にもう少し揺さぶってみるか…
「それって昨日来たお客さんとなんか関係してるの?」
「え!?…ナ、ナンノコトダイ?」
「私が家に帰った後に誰か来ていたよね?違う?」
「そ…そんな訳…」
「いたよ、絶対に誰かいた。ねぇ…隠し事くらいもっとちゃんと隠した方がいいよ?」
「なんか家庭の修羅場を見ている気がするんだが…」
「女を連れて来たって程度なら別にどうでもいいけど…昨日のお客さんが私と何か関係していたりしないよね?」
「いや…色々と考え過ぎじゃないかな?」
「そう?気のせいならいいや。」
追及はここまでにしておこう。深く探り過ぎると私まで危険に晒されちゃう。
「愛…お前の笑顔が滅茶苦茶怖いと思うのは俺だけか?」
「え?那由他には関係ないじゃん。ほら、朝ご飯できたよ。」
「あ、ありがとう…」