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騒乱を呼ぶライブ(1)

 西の空が赤紫色に染まる夕暮れ時、シオディンの円形闘技場は人で埋め尽くされていた。

 この闘技場はかなり古い時代に建造されたもので、至る所に古の匠たちによる芸術的な装飾が光る。その為、観光名所にもなっていた。

 しかし、古いといっても今でも数千人の観客を収容し、格闘技の試合や劇、歌などの催し物も行われている現役の建造物である。

 その由緒ある闘技場でシアのライブが始まろうとしており、メリッサ達はシアを守るべく各員配置に着いていた。


「凄い人の数だ……」


 闘技場の真ん中に造られた舞台の横で、待機するメリッサが呟いた。

 会場を見回すその眼には全て人で埋まっている観客席。その光景は壮観なものだった。


「ふん、蠢く虫の群れだな。気色悪い」


 横に立つクロードが、メリッサの感動をばっさり切り捨てた。

 まったく淡泊というか無粋というか、メリッサは心の中で呆れた溜息をついた。

 2人は舞台のすぐ下、向かって右手に待機している。左手には、マリアとヘルマンを配置し、いつでも舞台上のシアを守れる様にしていた。


「おい娘、それよりもこの服は何とかならなかったのか?」

「しょうがないだろ、ライブを邪魔しないようにするためになんだから」


 クロードが不満げな目をメリッサ向けながら、服を指し示す。

 今、グレンザール警備会社の全員が、全身黒のぴったりした服を着ていた。それも当然ではある。なぜなら、ライブ中、舞台の下に執事服や鎧を着た人間がいたら悪目立ちしてしまうからである。もちろん、黒い服の下には軽装ではあるがそれなりの防具を仕込んでいる。


「それにクロード、お前黒い服好きだろ? いいじゃないか」

「たわけが、黒ならば何でもいいわけがなかろう。これでは、この前の盗人と同じではないか。それに暑くてかなわん」


 確かに、黒一色のぴったりとした恰好は、先日捕まえ損ねたドラフトと同じような見た目であった。その為、メリッサ達全員がこの恰好で揃った時は、警備会社というより窃盗団といった感じになってしまった。

 しかも、その見た目に加え、ぴったりしていて暑いのもあり、これを着た時、皆からはいい反応は返ってこなかったのであった。

 ただ、アルレッキーノだけは、艶めかしいボディラインが露わになったマリアを見て、狂喜乱舞していたが。


 ライトが焚かれ、闘技場全体を照らし始めた頃、突如、アナウンスが流れた。


『本日は、シアのサーディール凱旋コンサートツアーにお越しいただき、誠にありがとうございます』


 ざわついていた会場が、ぴたりと静かになった。


『この度のシオディンでのライブにあたりまして、サーディール第三王女、ナフィーサ・ファド・サーディール殿下が、ご観覧なさいます。皆様、起立の後、VIP席に一礼願います』


 闘技場の客席最上段の一画に、バルコニーの様にせり出す形で造られたVIP席があった。観客席の人々はアナウンスに従って起立し、そこに向かって礼をした。


「私たちもやるぞ」

「なぜ我が人間なんぞに礼など」


 メリッサ達も見様見まねで、VIP席の向かい、この国の伝統的な礼――右手で、右肩、左肩、胸と順に手を当ててから俯いた。

 遠くのVIP席には、ナフィーサ王女が立ち上がり、観客に向かって手を振っている。口元はベールで隠しているのではっきりと顔は分からないが、手を振る動きだけで王族らしい優雅な雰囲気があった。

 その後、『ご着席ください』というアナウンスがあり、観客たちが着席した。

 王族に対する厳かな空気が再び、ライブの始まりを待つ期待に満ちた空気に変わる。


『お待たせしました、間もなくシアのライブコンサート、スタートいたします。奇跡の歌姫、シアの歌声を心ゆくまでお楽しみください』


 アナウンスが切れると少しして、闘技場を照らしていた照明が全て消え、会場全体が夜の闇が同化した。


 照明が落ちたことで、わっと期待感に歓声が上がったが、すぐにすうっと静まり返った。

 話声だけでなく、身じろぎする音すら聞こえない。そこにいる全ての人が、シアの歌声を今か今かと音を立てずに待っているのが分かる。静か過ぎて、期待に速まる鼓動が聞こえてきそうな、妙な緊張感が会場に満ちていた。

 静かな闇のまま数十秒が流れた後――


 突然、静けさを破壊する様に、軽快なリズムの音楽が大音量で流れ出した。


 歓声を上げる観客たち。その瞬間、ぱっとステージを照らすライトに包まれ、眩い舞台の上に、シアが現れた。

 会場の興奮は一気に高まり、大きさを増した歓声と音楽が闘技場を揺らした。

 そんな音の大波に負けることなく、いや、それすらも包み込む様にシアの華麗で力強い歌声が全てを支配しいく。気付けば、観客たちは声を上げるのをやめ、夢中で手に持ったペンライトを振っていた。


 メリッサは輝かしく歌うシアを見て、暗殺未遂による彼女のメンタルを心配したことが、杞憂だったと内心胸を撫でた。

 舞台上のシアには、船で見せた落ち込んだ様子などもうはや微塵も感じさせていない。それどころか、彼女の歌は心配していたメリッサにも元気分け与えるほどの力強ささえあった。

 溌溂はつらつとして華麗なパフォーマンスが繰り広げられる。

 そに触発され、メリッサは知らないうちに足でリズムを取っていた。近くにいるクロードも、相変わらずの仏頂面だが、彼女と同じように足をパタパタと踏んでリズムを取っている。

 メリッサは、それを見て思わず笑った。



 歓声と大きな拍手が鳴る。

 シアの歌に引き込まれ、あっという間に開始から立て続けに3曲が終了していた。


『シオディンの皆さん、こんにちはぁ! どうも、シアでぇす!』


 照らされた舞台の真ん中で、シアが元気よく、マイクを通して観客に挨拶を始めた。観客も声を上げてこれに応える。


『おお! シオディンの皆さんはノリがいいね!

 私は、このサーディールの生れなんだけど、育ったのは別の国なの。孤児だったし、すぐに外国に行っちゃったからサーディールについては、なんにも知らないんだ。

 だから、正直この国に初めて来て、懐かしさとか感慨深さとか、そういったものは感じなかった……

 でも、こうやってみんなが私の曲を楽しんでくれて、歓声をくれることが、何て言うのかな、えぇとぉ、会場全体のノリって言うのかな? それを感じてみて、私と同じソウルだ、自分のルーツはやっぱりこの国なんだって感じるよぉ!』


 シアの言葉に闘技場が沸いた。

 彼女はそれを見て、キラキラした顔でにっこり笑う。


『よぉし! 盛り上がってきたぁ! そんじゃ次の曲、いっくよぉ!』

 

 シアがマイクを持たない手を振り上げた瞬間、それは突如として起きた。

 

 ――大きな爆発音。

 

 観客の体を衝撃波が揺するほどの爆発だ。

 はじめは誰もが、舞台上の演出、花火が何かの音だと思った。しかし、それは演出でもなんでもなかった。

 想定外のことに、全ての照明が点灯される。

 観客がざわつき出した。


『……え?……』


 マイクから漏れるシアの声。

 彼女も何が起こったのか分からず固まる。彼女の目に映るVIP席からは、黒い煙が立ち上っていた。


王女様いきなり爆発に巻き込まれちゃいました。

次回、激しい戦闘へ!

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