建国の神話
ギラつく日差しが降り注ぎ、地上にある物をジリジリと焼く。それは、風すらも例外ではないのか、吹きぬける風が暖かい。
「あっついなぁ!」
石畳で出来た船着き場に降り立ったヴァルの最初の一言だった。彼女に続いて、シアを囲む様に警護しながらメリッサ達が大型船のステップを降りてきた。
「ここが、サーディール国かぁ……うぅん、あんまり感慨はない、かなぁ」
石作り建築物が並ぶ港を見渡して、シアが呟いた。
「そういえば、シアはサーディールの生れなんだよね? だから、今回は凱旋ライブツアーなんでしょ?」
「そうなんだけど、あんまり帰ってきたぁって気がしなくて……」
歩きながらヴァルとシアが明るい雰囲気で会話する。船の中で毒殺されかかり、しばらくショックを受けていたシアだったが、もう立ち直ってこうしてヴァルとも普通に会話している。
警護任務中の私語は、普段のメリッサならたしなめるところだが、ヴァルとの会話がシアの心の癒しになっているならばと、今は黙認することにした。
「迎えは来ているはずですので」
そう言うリーサに従って港町を少し歩くと、大きな自動車が留まっているのが目に入った。その車はゴツゴツとしたボディに、大きなタイヤがついていて、いかにも馬力がありそうな見かけだ。
その大きな車の前に人が立っていた。その人物はメリッサ達に気付き、にこやかに手を振って近づいてきた。
「どうもぉ、ワタシ、現地スタッフの、ヤコブね。ドライバーやらせてもらいますよぉ」
ヤコブは、妙な訛りを交えた挨拶をしつつ、リーサから手を取って硬く握手をし、メリッサにも同じようにした。
始めはヤコブを警戒したメリッサだったが、浅黒い顔をくしゃっとして見せる人の良さそうな笑顔、それに、おおよそ暗殺者などとは程遠い丸い体を見て警戒を薄めた。何より、握った彼の手は人を殺した事がある様な手ではなかった。
「ではぁ、ワタシのマイカーに乗ってねぇ、次のタウンのシオディンまでレッツゴーよ!」
一応、アルレッキーノが車をざっと調べて危険物の類は仕掛けられていないことが確認できたので、ヤコブの言う通りメリッサ達は車に乗り込んだ。
ヤコブの駆る大型の自動車は、ドルルルと重く大きな音を立てて力強く港町から駆け出し、舗装された大きな道に沿ってスピードを上げた。
「やっぱり、何処の国も街道ってのは同じなんだねぁ。まぁそりゃそうか」
車窓から景色を眺めて、シアが言った。
「そうですね。都市や村を結界で囲うのも同じです。このシステム自体が、ソロモン王の時代には出来上がっていたそうですからね。彼の御代に、イスラフェル帝国に組み込まれた国は、どの国も同じ作りですよ」
シアの言葉を聞いて、隣に座るメリッサが丁寧に説明してあげた。
「へぇ、メリッサは物知りだね」
「ふふ、この仕事をしてますと、いろんな国に行くことがありますのでね」
船の中でいつの間にかメリッサにも打ち解けたシアは、年上の彼女にもフランクに話すようになっていた。
シアに褒められ、若干照れた様にはにかんだ笑みを浮かべたメリッサを、向かいの席のクロードがじっと見ていたが、おもむろに口を開いた。
「この国の歴史は古く、神話の時代に天が遣わした1人の英雄が、悪しき魔物を倒して建国したといいます。
その為、かのソロモン王もこの国を支配下に置いた際は、その古い歴史と独自の魔法体系に大いに興味を持たれそうですよ。そして敬意を示して、特別な待遇でこの国を自身の傘下に加えたとか。
ですので、戦禍によって滅ぶことなく、この国には今もなお古い寺院や遺跡が残っていて、そういった遺跡などを目当ての観光が盛んだそうですよ。
まぁこれも、博識でいらっしゃるお嬢様から教えてもらったことなんですがね」
そう言って、クロードがにっこりとシアに笑いかけた。いつもの猫かぶりは健在だ。
それ以前に、そんなことは教えたことはないぞ、と思いつつメリッサはクロードの言葉の意図が分からず、内心、怪しんだ。
「へぇ、メリッサは本当に何でも知ってるんだね。ねぇねぇ、この国のこと、実は私もあまり知らないから、教えてよ」
「え、えっと……」
キラキラとした期待の眼差しを向けられ、困り果てるメリッサ。向かいのクロードは、ニヤリとほくそ笑んでいる。
(そういうことか……この悪魔め……)
メリッサは怒りを押し殺して、平静を装った。ただ、若干、笑顔が引きつっている。
「ねぇねぇ、メリッサてばぁ」
「ええと…….では、クロードが申しました、この国の始まり、建国の神話について詳しくお話しましょう」
「おお!」
シアの瞳が一段と輝きを増した。
メリッサは物語を聞かせるように、ゆっくりと話始めた。クロードの舌打ちは聞き流しつつ。
「遥か昔、悪魔に身も心も売ることで、王の地位を手に入れたダガフという男がいました。
ダガフ王は、重税や悪法で人びとを苦しめ、自分に逆らう者を尽く殺すような暴君でした。
さらに、ダガフ王には恐怖政治以上に恐ろしい一面がありました。それは、悪魔に自分を売った代償、彼の左右の肩それぞれから、大蛇が生えていたのです。そして、毎晩毎晩、その両肩の大蛇に人間を1人ずつ食わせるのです。ダガフ王は、もはや人ならざるものに変わってしまっているのでした」
「うわぁ……ダガフは酷い奴ってか、もはや気持ち悪いなぁ」
シアが苦い顔をして言った。
メリッサは同意する様に、くすりと小さく笑って、話を続けた。
「希望が潰える中、人々は救いを求め天に祈りました。すると、天は人々の祈りを聞き入れ、1人の英雄を遣わしました。
およそ常人では、持ち上げるのも不可能な巨大な槍を持った英雄、その名をファドゥンと言いました。
ファドゥンは、大槍を掲げ人々に告げました。
『聖なる力をこの槍に宿さなければ、魔物と化したダガフを撃ち滅ぼすことはできない。聖なる力を宿すためには、この国で最も美しい歌声の乙女が、この槍に歌を捧げる必要がある』
ファドゥンの言葉を受けて、この国で歌によって祭事を行っていた巫女である聖歌の乙女が、歌を捧げることになりました。そして、聖歌の乙女の歌を聴いた大槍は、光を放ち、聖なる力を宿したのでした。
ファドゥンはその聖なる槍を手に、ダガフに挑みました。
激しい戦いの末、ファドゥンが投げた槍がダガフの心臓を貫きました。槍の威力は凄まじく、ダガフを刺したまま飛んで行き、エリギエ山に突き刺さるほどだったとか。
こうして、暴君ダガフは倒され、平和が訪れました。
英雄ファドゥンは、聖歌の乙女と結婚し、新たな国をこの地に開き、その初代王となりました。その国が、サーディール国なのです」
「はぁ、すっごいすっごい! 面白かったよぉ、メリッサ。ブラボー!」
シアが、大げさと思えるぐらいパチパチと手を叩いた。
「い、いえ、恐悦です」
あまりの好反応に、メリッサは逆に気恥ずかしさを覚え、頬を赤くした。
「いやぁ、さすがはお嬢様。見事な語りでした。私も物語に引き込まれてしまいましたよ」
クロードもパチパチと手を叩く。口元だけ笑った薄っぺらい笑顔を浮かべているのが、なんとも腹立たしい。
メリッサは、目元をピクピクさせながらクロードに「どうもありがとう」と笑顔を返した。
そんな険悪な空気など分かっていないシアが、メリッサに話しかけた。
「じゃあ、この国の王族は天の遣いの子孫ってこと?」
「いえ、王族は人間ですよ。ソロモン王に征服されるまでは、王族を神格化していたみたいですけど、征服後は人間であることを国民に知らしめたとか。それに、神話と言ってもおとぎ話です。きっと、昔、王族を神格化する為に、大げさに作られた話じゃないでしょうか」
「なぁんだぁ、期待しちゃったよ」
シアは残念そうに、口を尖らせた。
「期待といいますと?」
「今日のライブにこの国のお姫様が見に来るんだって、だから天の遣いの子孫に会えるなんて、なんかすっごいなって思っちゃって」
「え? お姫様!?」
意外な大物の登場に、メリッサは目を丸くした。
「あはは、メリッサ、今の顏おもしろい」
あっけらかんと笑うシア。
目的地のシオディンに向かう道中は、たわいのない話で盛り上がり、穏やかな時間が過ぎっていった。暗殺者に狙われているのが嘘の様に、特に何か起きることは無かった。
そんな平和な街道を走ること数時間、シオディンの街が見えてきた。
「へい! もうちょっとでシオディン着くよぉ! あの円形国技場見える? あそこで売ってるシオディンサンドは、とてもとてもデリシャスだよ」
ハンドルを握りながら、陽気な調子でヤコブが、後ろの席に座るメリッサ達に話しかける。
「本当っ!?」
食べ物の話にヴァルが反応した。先ほどのシアと同じように目を輝かせている。
「シア、後で一緒に食べようよ!」
「もちろん!」
にっこり笑って頷くシアだったが、ふと、黙って自分を見ているロゼッタの方に向いて言った。
「ロゼッタもシオディンサンドは食べれないけど、一緒にシオディンの街を散歩しよ?」
「……うん!」
シアの誘いに、ロゼッタは嬉しそうに返事を返した。
「というわけで、リーサ、2人と遊ぶ時間を設けてね……ってさっきからやけに静かだね、どうしたの?」
隣のリーサは青い顔でぐったりしている。
「うぅ……気持ち悪い……うぷっ」
「え!? 酔ったの!? ちょ、ダメ、ダメ絶対!あと少しだから我慢して!」
口元を抑えるリーサに、シアは驚き、大慌てで彼女に言い聞かせた。緊急事態にメリッサ達も、あたふたと慌てる。
さっきまでの和やかな空気が、一気にドタバタと騒がしくなった。
「ヘイ!ヤコブ! ハーリー! ベリーハーリー!」
シアは、夕方からライブが控えているのも忘れ、声を大にして、運転席に向かって叫んだのだった。
ちょっと建国の神話をコンパクトにまとめるのが大変だった(まとまってるかは分からないけど……)
次回はライブだ! そして、王女様も登場!