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エピローグ

「こうして、アジル・ダガッハを消滅させることができたのです」


 王宮の一室、ナフィーサが向かいに座る男に語って聞かせた。彼女の席の後ろには、アスタロトとその側近である、ザハとタミルが立って控えていた。


「なるほど、確かに私どもの情報とも同じですね」


 男は、手に持った書類を見ながら頷く。

 書類の内容を見ている男の眉が、一瞬、ぴくりと動いた。彼の視線が、“魔道遺産を破損”という文字を捉えたからだった。

 あの戦いの後、クロードが使った例の手袋は、強大な魔力を流したせいか、完全にその機能を失ってしまった。

 それについて、男の持っている資料には書いてあるのである。資料自体を初めて見る訳ではないのだが、何度見てもこの文字は男の心中で溜息を吐かせた。


「…………まったく」


 男が小さく呟いた。

 ただ、その呟きには気付かず、長く喋ったナフィーサは喉の渇きを覚え、テーブルの上のお茶に口を付けた。

 ふっと一息つきつつ、時計をちらりと見る。会議が始まってから予想以上に時間が経っていることに気付き、内心で軽く驚いた。


 会談は1時間ほど前から始まった。

 約束の時間、ナフィーサとアスタロト達が部屋を訪れると、先に通されていた男が、席から立ち上がって、彼女たちを出迎えた。

 すらりとした身長に、びしっとした紺のスーツに身を包んだビジネスマン風で、細い眼鏡とオールバックの髪が真面目そうな印象を強くした。歳は30代後半といったところか。


 王族に謁見するので、男は『拝謁賜りましたこと、心より感謝いたします』と、ビジネスマンの世界ではあり得ない堅苦しい挨拶を、特に緊張することもなくさらりとこなした。場慣れしている感じだった。

 その後、“アカシック財団学術調査機構、一等調査官、アラン・スミス”と自己紹介をした。


「ふふ、“学術調査機構”のスミス様ですね」


 ナフィーサが、含みを持たせて小さくと笑うと、アランも口元を綻ばせた。

 彼の本当の肩書は、“白銀の腕手”の調査官である。

 白銀の腕手は、秘密組織であるため、いつも学術調査機構という偽装された肩書を使用するが、ナフィーサは既に白銀の腕手の存在を知っており、自分の正体がばれていることも、アランは承知だった。

 つまりは、彼の自己紹介には“他言無用”という遠回しの口留めの意味が込められていた。


 挨拶を済ませ、ナフィーサと対面でソファに腰掛けると、アランは仕事に取り掛かった。

 彼の仕事は、実働部隊である回収班の為に魔導遺産に関する事前調査や、回収班の任務達成具合や遂行過程などの事後調査である。必要ならば、情報操作など様々な事後処理も行う。

裏方の様でありながら、監査もするという回収班にも頼もしくも、怖い存在である。

 今回のこの謁見も、メリッサ達第4回収班の、サーディール国での一連の活動に対する調査だった。


「その後、アジル・ダガッハが復活する、または、生きているなど、何か兆候はありませんか?」

「そういうものはございませんね。完全に消滅した、と私は考えています」

「そうですか。では、奴を復活させたサイードはその後どうなりましたか?」

「……彼も恐らく一緒に消滅したのでしょう。遺体などは見つかっていませんので」


 ナフィーサの声のトーンが少し落ちた。

 資料に目を落としながら頷くアランに、ナフィーサが「あの……」と言葉を切ってから伺う様に話を切り出した。


「サイードはアジル・ダガッハに操られていたということはないのでしょうか?」

「それはないかと。貴女がそうお思いになられたいのも分かります。が、彼は十数年前から、アジルダガッハの声が聞こえていたようです。意識を共有させていたと言えるかもしれません。しかし、共有であって操られていたということではなく、彼の意思で事件を起こしたとみて間違いありません」

「そうですか……」


 アランが細い眼鏡を、くいっと指で持ち上げた。


「ですが、逆に言えば、彼にはちゃんと意思があったわけですから、貴方と接している時は、彼の意識だった、と私は思います」


 サイードとの思い出が過ぎり、ナフィーサは胸がじんわりと暖かくなるのを感じた。

 切なげに微笑む彼女を見て、関係のないことを喋りすぎましたね、とアランは肩をすくめてみせると、再び調査官の顏に戻って淡々と話を続けた。


「例の槍、それと、あなたの力はどうなりましたか?」

「槍も消えました。私の力は残っているかどうか、私の歌に反応しうるものがもう無いので分かりません。地脈装置から取り出した核も、サイードが奪われたまま、どこかに行ってしまいましたし」

「なるほど。まぁ、現状では“分からない”という答えしかないですよね」


 納得する様に、アランはうんうんと頷いて、書類に何やら書き込んでいった。

 すぐに顔を上げ、別の質問を投げる。


「そう、力と言えば、もう1人の持ち主、シアさんは、結局、王家には戻らなかったんですね?」


 そのアランの質問に、アスタロトからやや威圧的な声が発せられた。


「おい、そういったことは、調査には関係ないんじゃないかい?」

「いいえ。事件関係者の“その後”についても、把握しておくことは大事なんですよ。それは貴方がよく分かっているでしょう? アスタロトさん」


 アランが細めた目を、アスタロトに向けた。

 事件の後、アスタロトたち盗賊団に、ナフィーサは自分の親衛隊になってくれるように請うた。盗賊が、誉れ高い親衛隊になるなどとんでもないと、周りの反発もあったが、彼らの盗賊になった事情や実力の高さを説くと、最後はアフマディー王の鶴の一声で決まった。

 アスタロトたちも、盗賊稼業に足を洗ってまっとうな仕事で家族と暮らせると、このナフィーサの申し出を受け入れたのだった。


 しかしここで、白銀の腕手からストップがかかったのである。それは、テストゥムが1つの国に属し、兵力として利用されることがあってはならないからだった。


 その後、“お頭がならないなら、親衛隊にはならない”と盗賊たちも主張し、すったもんだあって結局、ザハを親衛隊長、タミルを副隊長とし、アスタロトは客員顧問という形で、ナフィーサの身辺警護に限って親衛隊に属するということで決着したのであった。


 そういった背景を知っていて、アランは“お前は監査対象だからな”とアスタロトに、暗に念を押したのだった。

 アスタロトは、ナフィーサの後ろで、分かっているよ、と不機嫌に呟いて、それ以上は喋らなかった。


 ちなみに、この事件に関与した別のテストゥム――レラジェとアスモデウスは、事件の後、ライラとメリアと共に姿を消し、再び裏の社会に戻っていった。

 彼女たちについて、メリッサの上げた報告書には、消息不明と記載してあるのだった。


「シアですか。彼女は歌手を続けたかったみたいですからね。父も母も、一緒に暮らそうと説いたのですけど」


 ナフィーサが、話を戻した。

 シアについては、王も王妃も、死んだと思っていた娘が生きていたことを知り、大いに喜んだ。

 そして王は、山羊の一族との盟約により、双子の娘のうち片方を殺すという掟に従って、シアの命を差し出したことを深く謝った。

 しかし、いきなりのことに、シアは上手く呑み込めない様であった。王と王妃が両親であることは、少し前に分かっていたが、実際に会っても、彼らが両親だという実感が沸かなかったからである。

 それでも、アジル・ダガッハとの闘いの後、再び王から彼女に声を掛けた。その時、彼らに握られた手が、シアにはとても暖かかく感じた。そして、心には手以上に熱がある物がこみ上げてくる気がした。


 その後、王は、娘であることを公表し、王族としてサージャール国で暮らしていこうとシアに説いた。彼女の望む者は何でも叶えるつもりだし、何一つ不自由な思いはさせない、この十数年の償いをさせてくれと。

 しかし、彼女は首を縦には振らなかった。


『元気のない人、泣いてる人を、私の歌で笑顔にしてあげたいの。世界中どこでもね。だから、この国に留まることはできないわ』


 そう言ってから、でも、と付け足した。


『わがままを許してくれるなら、これからずっと王様と王妃様を、“お父さん”、“お母さん”って呼びたい』


 その言葉に感極まった王は、シアを抱きしめた。

 熱い物が胸にこみ上げる。ぐっと目を閉じて、目頭に溜まる熱に耐えると、抱きしめる手を少し緩めて、優しく言った。

 「いつでも帰ってきなさい、私達は家族だ。いつでもお前を娘として迎える」と。

 それを聞いたシアも、目に涙を浮かべ、父を強く抱きしめ返すのだった。


「本当に、素敵な光景でした……」


 その時のことを思い出しながら話すナフィーサは、感動の余韻に浸り、表情をうっとりとさせた。

 しかし、聞き手のアランの反応は淡泊で、そうですか と短い返事が返って来ただけだった。

 その反応に、我に返ったナフィーサは、恥ずかしさに頬を染めた。


「ごほん、私、末の子でしたから、妹が出来て嬉しくって」

「おや? シアさんの方が姉だと、伺っていたのですが?」

「いいえ、私が姉です! 絶対に!」


 そこは頑として譲らず、ナフィーサは身を乗り出して主張する。アランは、はぁ、と困った様に眉を下げて、曖昧な返事を返した。


「シアには、後ではっきり言っておかないと……」

「ん? “後で”ということは、近々シアさんとお会いになるのですか?」


 ナフィーサの独り言に、アランが反応した。


「ええ、2人で孤児院に行って、子供たちに歌を披露するんです」

「ほう、福祉活動というやつですな」


 嬉しそうに頷くナフィーサに、アランが言った。


「なるほど、これからの、いや、これからも貴方の使命は、“国民の笑顔を守る”ですか」


 その質問に、ナフィーサは弾ける様な満面の笑みを浮かべて答えた。


「はい!」



 ♦  ♦  ♦



 うららかな光が差し込む窓からは、いつもの景色が見えた。ガルディア国の事務所から見える景色だ。窓から注ぐのと同じ穏やかな日差しの中で、今日も平和な時間が流れている。

 デスクワークを一段落させたメリッサは、それを見ながら、マリアの淹れてくれた紅茶に口を着け、ふうっと息を吐いた。胸の内に、視界に映る景色と同じ穏やかさが、ぽっと広がる。

 ひと時のぬるま湯の様な気分に浸っていると、事務所のドアが開いた。


「お嬢様、お手紙です!」


 ロゼッタが声を弾ませて、入って来た。

 彼女から、手紙を受け取って差出人を見ると、彼女の声が弾んでいる理由が分かった。

 ナフィーサからだった。

 内容が気になって、そわそわしているロゼッタの意を汲んで、メリッサは早速封筒を開けて、手紙を読むことにした。


 やや堅苦しい挨拶文が出だしに並ぶ。字も丁寧で、ナフィーサの性格が表れている気がした。

 その後、アジル・ダガッハの件についての謝礼が続き、事件の後から今の国の状況や自分たちの生活について書かれていた。


「どうやらナフィーサ様は、今は福祉関係の公務を率先してこなされている様だな」

「そのようですね。この前新聞に、国外の被災地に慰問したことも乗っていました」

「アジル・ダガッハが滅んで、これからは、自由に公務を行えるだろう」


 メリッサは、ロゼッタに微笑んで言った。

 山羊の一族は、その後もサイードを長として、国の影の守護者としての役割は果たしていくらしい。王権に対する影響力も変わらないと思われる。

 だが、もう一族最大の使命は存在しない。その為、事件の後に、シアやナフィーサの監視を行うことはしなかった。


「良かった。ナフィーサは、ずっと望んでいた夢が叶ったんですね」


 ロゼッタはそう言ってから、ふとメリッサの机の上に視線をやって、気がついた。


「あれ?」


 手紙を読むために、一度机の上に置いた封筒の中に、更に小さい封筒が入っていた。

 その小さい封筒の中身を取り出して、ロゼッタは、フフっと笑い声を溢した。続いてそれを見たメリッサも、笑顔になった。

 2人が見たのは写真だった。

 映っているのは、たくさんの子どもたちの笑顔。朗らかで、楽しそうで、笑い声が聞こえてきそうなほどだ。

 ただ、その写真の中で一番輝いていたのは、子どもたちの輪の真ん中で、ナフィーサとシアが並んで見せている屈託のない笑顔だった。


                                      <完>

第2作もこれにて終了です。

2カ月以上もお付き合い頂きありがとうございました。


1話アップし忘れたり、誤字も多いし、まだまだ至らない作者ですが、この連載で少しは成長出来た気がします。

今回は、ゾロアスター教の「アジーダハーカ」の話をベースに、独自設定を練り込んでみました。

やりたい展開や設定をぶち込めたし、冒険感も強く出せたし、書いてて楽しかったです。



第3作は、まだプロットも出来てないので、暫くは読専に戻って他の作者様の作品を読みながら、コツコツ作っていきたいと思います。

また、メリッサ達の続編である第3作が出来上がった時は、お付き合いくださいますようお願いします

m(__)m


あ、もしよろしければご感想をください! 次作へすっごく励みになります!( ;∀;) 

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