茜空の射手
上空に距離をとり、アスタロトの駆るドラグーンメイル――アスワドと背中に乗るヴァルは、遺跡に向かって光線を放つ大蛇を見下ろしていた。
「まずいよ、タロちゃん! このままじゃ、お嬢様たちがやられちゃうよ!」
ヴァルが、このコンビを組んだ時に勝手につけたあだ名で、アスタロトに呼びかけた。
『分かってるって。でも、こっちだってやばいんだよ!』
アスタロトの返答にも、焦りの色が濃い。
数度の渡る突撃も、無数に生える蛇たちからの弾幕のせいで、作戦通りの一撃が放てず、向かっていく度に被弾して、ダメージを蓄積させていた。
今、アスワドの装甲は、所々破損し、そこからバチバチと火花が散っている。自己修復機能を持っているとはいえ、これ以上の被弾は行動不能に陥る危険があった。
『もう突撃できても1回が限界だ。だが、あの対空砲火を何とかしないことには……でも防御しながら攻撃なんて出来ないし』
「なんかないの? バリアを張りながら攻撃とか、無敵状態になれるとか」
『バカ言うんじゃないよ。あったらやってるさ。それにあんたが乗ってるから、アスワドの全力を出せないんだ』
アスタロトが苛ついた感じで言った。
「そっか、ヴァルが乗ってるから全力を出せないんだね……」
『……いや、今のはすまなかったね。あんたに当たっちまって』
しゅんとした様に呟いたヴァルに、アスタロトは、すぐに冷静になって謝った。しかし、この時ヴァルは別に落ち込んだわけではなく、アスタロトの言ったことに取っ掛かりを得て、考えを巡らせていただけだった。
そして、すぐに口を開いた。
「タロちゃん。ヴァルが乗ってなかったら、全力を出せるんだよね? その全力って、あの蛇たちの攻撃があっても、タロちゃんの必殺技を撃ち込めるってこと?」
『ん? ああ、そうだね』
「だったら、ヴァルを空高く投げ飛ばしちゃってよ」
『は? 何言っているんだい?』
ヴァルが考えを詳しく説明すると、アスタロトは、それでうまくいくかどうか半信半疑だったが、少し考えた後、わかったとヴァルの策に同意を示したのだった。
「それで、ここから見た感じ、れっちゃんたちもこっちと同じ状態みたいだから、今の作戦伝えてくれる? ドラグーンメイル同士ならこの距離でも通信できるでしょ?」
『ああ、分かった。でも、あんた、ここからあいつらが見えるのかい?』
「へへへ、狩人は眼がいいのだ」
すぐにアスモデウスに、ヴァルの作戦を伝えた。すると向こうも、あと1回の突撃が限界というような状況で、ヴァルたちと同じ様な事を既に考えていた。
向こうはレラジェの発案だったらしく、ヴァルと同じことを考えていたと知ったレラジェは、身悶えして感動した。
『同時にやるよ。片方が成功しても、2度同じことをやらせてくれるほど、相手は甘くないからね』
『わかったわぁ、硬度は1000からスタート、2000まで上昇、で合わせましょ』
アスタロトとアスモデウスが通信でやり取りした後、蛇の頭の真上で高度を合わせた。
『カウント5だ。5、4――』
アスタロトが、カウントを始めた。
『3、2――』
通信の向こうでは、アスモデウスもカウントを唱えている。
ヴァルもレラジェも、ドラグーンメイルに掴まる手にぐっと力を籠めた。
『1、上昇!』
次の瞬間、2機のドラグーンメイルは、超高速で一気に上昇を始めた。風を切り、音速に近い速さで、一直線に雲のない赤みがかった空を駆け上がる。
しがみ付いて身を小さくするヴァルとレラジェに、潰されてしまいそうなほどの重力と風圧が襲い掛かる。
1000メートル上昇するのにおよそ5秒。その間がおそろしく長く感じた。体が軋み、意識が飛びそうになる。
『いくよ! 3、2――』
アスタロトが再びカウントを始めた。そのカウントが1を切った瞬間、ドラグーンメイルが、ばさりと翼を広げ、空中で急ブレーキを掛けた。それに合わせて、ヴァルとレラジェが手を放す。
その瞬間、竜の背中に乗った2人の体は、慣性の力で打ち上げられるようにして、さらに上昇を続けた。
ヴァルの眼下では、アスタロトの乗るアスワドがどんどん小さくなっていく。
その光景の中で、アスワドが機体全体に魔力を纏い、凝縮させてゆくのが見えた。本気の大技を繰り出す準備をしているのだろう。
そうしている間にも、ヴァルの上昇速度もだんだん遅くなっていき、そして、完全に動きが止まった。
鳴り続けていた風の音も止んで、無音が訪れた。
重力も音もない世界で見た光景にヴァルは、小さく、わっと声を上げた。
茜色に染まる空とサーディール国の大地。壮大で幻想的な、心が引き込まれる光景。時間にして数秒だったが、戦いを忘れその景色に耽溺した。
しかし、すぐに体が重力に引かれて動き始めた。
その落下の感覚が、彼女の意識を再び戦いに引き戻した。
視線が下に向かう。
無駄のない動きで、背中に背負った弓を取り外して左手に、矢を抜いて右手に持って、つがえた。
その眼つきは変わり、狩人のものになっていた。
ヴァルが落ちていく遥か先では、力を溜め終わったアスワドも降下を始めた。自由落下ではなく、ぐんぐんと加速してゆく。
そして、スピードが乗ったところで、ぐるんっぐるんっと機体を回転させた。するとアスワドを中心に、竜巻が生まれ、機影はその中に完全に隠れた。
一方、アスモデウスも同じように、乗っていたレラジェを打ち上げると、力を溜め、降下から攻撃態勢に入っていた。
彼のドラグーンメイルは、両手の剣を交差させて構えると、機体全体から青白い光を発した。その光が機体全体を包み込んだまま降下する姿は、さながら彗星の様である。
猛スピードで落下する両機に、蛇たちから激しい対空砲火が浴びせられるが、“竜巻”と“彗星”の前には、その弾幕も弾かれ、掻き消されてゆく。それでも完全に被弾を免れた訳ではなく、ダメージを刻む。
飛び散る火花。立ち上る黒煙。
しかし、両機を止めることは出来ない。
「おらああぁぁぁぁ!」
2人の咆哮が重なる。
アスタロトが手に持ったハルバードを投げ、アスモデウスが交差した剣を振り抜いた。
“竜巻”と“彗星”が、蛇の頭を直撃する。
その瞬間、空を振動させる爆音と衝撃。
鱗を削り、肉を抉り、骨を砕き――巨大な蛇の頭が穿たれた。
「見えた!」
ヴァルとレラジェの目が標的を捉えた。
蛇の頭に空いた穴の奥、真っ黒な肉に半分埋もれた状態で、そこだけ赤く、脈打っている部分があった。
心臓の様なその器官が槍を突き立てるべき標的だと、直感的に2人は理解した。
しかし時間がない。
再生がすぐに始まり、剥き出しになった赤い器官を隠し始めたのだ。
ヴァルもレラジェも弓を弾き絞る。
『おのれえぇ! 羽虫と侮っていればあぁ!』
突然、アジル・ダガッハが怒り、大蛇の口を上空のヴァルとレラジェに向けて大きく開いた。そのせいで、頭に開けた穴がヴァル達からは見えなくなってしまった。
ドラグーンメイルとヴァル達の距離が開きすぎてしまったことで、一撃目と矢を射るまでに間が出来てしまったのだ。その間で、大蛇が反撃に移る。
大蛇の開いた口の前に、赤い光が収束してゆく。あの強力な光線で、ヴァル達を焼き払うつもりだ。
まさに光線が放たれる、そう思った時だった。1人の男の叫びが遺跡の屋上に響き、危機が勝機へと変わった。
<没ネタ>
上空にて、作戦を決めたレラジェとヴァル。
レラジェ「お姉様。あれをつかうわ!」
ヴァル「ええ! よくってよ。」
アルレッキーノ「一つ一つは小さな火だが、二つ合わされば炎となる。炎となったテストゥムは無敵だ!」
愛をと~めないで♪ 走りつ~づけるの♪
ロゼッタ「だから、ヴァルちゃん達はいったい何やってるの!?」




