嘲笑う暴君
遺跡から飛び立った後、ヴァル達と別れて左の蛇に向かったレラジェとアスモデウスは、大きく回り込み、蛇の頭部へ、側面上空から接近していた。
眼下に広がる蛇の頭を見下ろすと、その巨大さに思わず息を呑んだ。
『まるでお伽話に出てくる、空飛ぶ島ね』
「確かに、そうも見えますね」
山を崩して出てきた蛇は、体のあちこちに土や岩、木々を乗せたままの姿だったため、アスモデウスは、そう表現したのだった。
『そろそろいくわよ。レラジェ』
「ええ、お願いします」
アスモデウスの合図で、ドラグーンメイルが一気に急降下を始めた。
レラジェの耳元で風が唸りを上げ、髪をバサバサとはためかせた。しかし、これぐらいの急降下は、テストゥムであるレラジェには、大したことはなく、真剣な表情が崩れることはなかった。
降下の途中で、ドラグーンメイルが両手に剣を出現させ、それに魔力を集中させ始めた。左右の剣の刀身が、鉄色から光輝く白に変わってゆく。
大蛇の頭を穿つためには、出来るだけ接近し、至近距離で攻撃を放つ必要がある。
2人は、ぐんぐんと、蛇の頭頂部へ迫っていく。そして、目の前まで来た。ドラグーンメイルが、ぎゅんっと空中で急停止し、光る剣を交差させ、大技をぶつけようとしたまさにその時だった。
『捕まって!!』
アスモデウスが叫んだ。その叫びとほぼ同時に、技を出すのではなく、その場を離脱する様に一気に上昇を始めた。
突然の急上昇に、レラジェにも凄まじい重力負荷がかかる。さしものレラジェもこれには、顔を険しくさせて、ぐっと耐えた。
上昇するドラグーンメイルの脚を掠めて、赤い光が砲弾の様に飛んでいく。しかも1発だけでなく、逃げる彼らを追う様に次々と放たれる。
レラジェ達もそれに当たるまいと、上下左右、空を目まぐるしく高速で動き回った。
その回避行動の中で、レラジェは必死にしがみ付きながら、目を動かして赤い光の出所を確かめた。
「っ!」
出所が分かってぎょっとした。
彼女の目が捕らえたのは、夥しい数の蛇だったのである。
いつの間にか、大蛇の体から無数の小さな蛇が、体毛の様に生えていて、その蛇たちが口を開けて、雨あられと光の弾を吐き出しているのである。
その蛇たちが張る弾幕のせいで、レラジェたちには最大威力の攻撃に移るチャンスがなかった。
『でえいっ!』
飛び回りながら、ドラグーンメイルが片手の剣を振るった。すると、剣の振った軌道から三日月形の光の刃が飛び出して、生え出た蛇たちを刈り取った。
だが、それは一時しのぎにもならなかった。
切った場所からは、すぐに新しい蛇が生えてきて、攻撃を再開し始めたのだ。
『まずいわね……』
この蛇は再生能力も有している。この蛇たちをなんとかしなければ、攻撃に移ることが出来ない。
しかし、更に厄介なことが思い浮かぶ。恐らく本体の大蛇の方も、高い再生能力を有しているということに、アスモデウスは考えが及んでいた。
つまり頭蓋に穴を開けてもすぐに塞がってしまい、チャンスはほんの一瞬だということだ。
「一度、距離を取りましょう」
回避行動を取り続け、一向に近づけない現状に、レラジェが指示が出し、アスモデウスもそれに従った。
彼女たちが上昇し距離を取ると、蛇たちからの対空砲火は鳴りを潜めた。
レラジェが状況を把握しようと辺りを見回す。すると、遠く向こうの空でも同じようにな赤い弾幕が見えた。
(お姉様たちも攻めあぐねている……)
では、本陣はどうなっているのか。振り向いて、クロードたちのいる遺跡の方を向いた時だった。
突如、本体の大蛇が、ぐわっと大きく口を開け、そこから赤い光線を放ったのだ。
先ほど見せた、とてつもない威力の光線である。発射したことによって生じた衝撃波と閃光が、離れているレラジェたちにも届く。
光線は真っ直ぐに、遺跡に目掛けて飛んで行った。
♦ ♦ ♦
「はあぁぁぁぁ!!」
咆哮するライラとメリアの視線の先では、蛇から放たれた光線が遺跡に届く直前で、巨大な岩に阻まれて四散してゆく。
光線を阻んでいるのは、遺跡の周りに浮遊していた岩のうちの2つだった。その並ぶ岩を中心に、透明な壁が展開され、その壁が遺跡全体を守っているのである。
激しい閃光とスパークが走り、巨大な力がせめぎ合うが、しばらくそれが続いた後、光線の方が消えた。
光線を防ぎ切ったことに、遺跡の屋上に陣取る一同が沸き立った。
凄まじい威力の攻撃から彼らを守ったのは、ライラとメリアが張った通常の魔法障壁だった。ただ、その出力は、遺跡の魔力増幅術式によって数千倍に高められ、術式を施した岩を通して放出されることで、遺跡を丸ごと守ることが出来るほど、大きく強固な障壁として展開できたのだった。
『ククク、よく防いだな。しかし、それもいつまでもつかな……』
アジル・ダガッハから、声が響いてきた。
喋り方からサイードが喋っているのだと分かるが、洞窟を風が吹き抜けるときの様な、ごうごうとして腹に響く不気味な声である。
こちらの奮闘をあざ笑いながら、蛇の様な下半身を這わせ、尚も近づいて来ていた。
暫く前進が続いた後、また蛇から光線が放れたが、これも、遺跡の障壁で防いだのだった。
「ぐっ……はぁ、はぁ……どってことないね」
「はぁ、はぁ……そうですね」
2発目を防いで息巻く2人だが、吐いた言葉とは裏腹に肩で息をしていた。
数千倍に出力を高めていても、光線が撃ち込まれる度に全力で魔法障壁を張っているので、彼女たちの魔力は大きく消耗していたのだった。
そんな2人の様子を後ろから眺めるクロードの表情は険しい。想像以上に障壁を担当する術者の消耗が激しいことも原因の一つだったが、それ以上に、アジル・ダガッハがこちらを弄びながら試していることが、腹立たしかったからだった。
アジル・ダガッハは、間隔を開けて断続的に光線を放ってきていた。
両の蛇から同時に放つことも、短い間隔で連続で放つこともしていない。それでいて、こちらに近づくことによって距離が短くなり、光線が障壁に当たる力も単純に強くなっている。全て意図的にそうしているのである。
“どこまで耐えられるか”とこちらを試しながら弄ぶ意思が見えて腹が立ったし、“耐えながらも何か仕掛けてくるのだろう?”と言われている様で癪だった。
ライラとメリアの息が少し整ったところで、それを見計らったかの様に再び光線が放たれた。
光線は障壁にぶち当たり、撃ち破ろうとせめぎ合う。力は拮抗し、また、防ぎきれると思われた、その時だった。
――ピシっ!
突如、透明な障壁にひびが入ったのである。
それと同時にライラが、がくりと膝を着いた。酷く息を乱している。
「ライラ!」
それを見たメリアが叫ぶ。
次の瞬間、ひびの入った障壁が砕け散り、光線が突き抜けた。
その光景にその場にいた全員が、あっと息を呑んだ。
――直撃する
誰もがそう思った刹那、別の障壁が光線を押し止めた。今まで障壁を発していた岩とは別の岩が障壁を展開している。
その後、新たな障壁と拮抗した光線は四散して消えた。
「交代よ。あとお姉さんに任せなさい」
マリアが微笑んで言った。
その言葉を聞いて、辛うじて立っていたメリアも崩れ落ちた。意識はあるようだが、体を動かすことが出来ない程に疲弊し、ぜえぜえと息が上がっている。
「くくく、まずは1つ。さて、次の壁はどれほど耐えられるかな……」
アジル・ダガッハ――サイードのあざ笑う声が響く。それを、クロードは苦虫を噛み潰した様な顔で聞いていた。
(あいつらは何をしている!)
奥歯を噛み締めながら、ヴァル達のいる上空を睨んだ。




