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時は来た

「破邪の祈り? 何だそれは……いや、どこかで聞いたな……」

「破邪の祈りとは、敬礼の作法のことですね」


 顎に手を当て、記憶を手繰ろうとしているメリッサに、ナフィーサが仕草をしてみせた。

 右手を自分の左肩、右肩と置いて、最後に左胸に置くその動きは、シアのライブの時や旅の中で、何度か見た作法だ。

 メリッサは、あれかと思い出した。


「破邪の祈りの動きは、アジル・ダガッハを滅ぼすところから来ている。両肩の蛇、そして本体の心臓に槍を刺すことを表している。相手の邪を払い、幸福あれと祈るものだが、歴史の中で礼としての意味を持つようになった」

「これに、そんな由来があったのですか……」

「そしてこれから、今言ったアジル・ダガッハの急所に、槍を突き立てられる様に準備する」


 クロードは、光る槍を2本拾い上げると、メリッサに差し出して言った。


「この2本を、それぞれ矢に固定して、弓で放てるようにしろ」


 メリッサは抱えていた弓矢を、ガチャガチャと地面に置くと、彼から槍を受け取った。両手に持った槍は、驚くほど軽かった。全くといっていいほど重さを感じさせない。

 そのことを驚きつつも、メリッサは別のことで、クロードに話を振った。


「おい、クロード。固定しろと言っても、固定するためのものが何もないぞ」

「愚図が。紐でもなんでもよい、頭を使え」


 クロードから苛ついた声で尖った返答が帰って来た。返されたメリッサの表情も、むっとする。そんな2人のやりとりを見ていた、アフマディー王が口を開いた。


「それは、私たちにやらせてはくれないか?」


 そう言うと、王は、自分の着ている式典用の服に着いた紐状の装飾を引き千切った。するとそれに倣って、王妃や王女も自分の服の装飾を引き千切り始めた。


「へ、陛下に殿下も、その様なこと、恐れ多きことにございます!」


 メリッサが止めようとすると、それを制して王が言った。


「よい。むしろやらせて欲しいのだ。王族として、家族として、国の危機に娘一人だけを戦わせて何も出来ないことが悔しくてな。こんな些細な事しか出来ないが、どうか頼む、やらせて欲しい」

「……分かりました。矢の準備をお願いしたします」


 メリッサは槍と矢を手渡した。王の後ろで、これ聞いていたシアが、その背中を見つめていた。

 その視線に気づき、振り返るアフマディー王。シアは何か言いたげだったが、上手く言葉が出ないようだった。それを察してか、王の方から言葉を掛ける。


「……そなたには、辛い目に合わせた……許してくれとは言わぬ。そなたの命を、国の古い掟の為に捧げた親など、恨んでもいよう……それも当然のこと。本当に、申し訳ない……」


 そう言って、王は頭を深く下げた。


「しかし、これだけは分かって欲しい。私は、そなたのことを一時も忘れたことはない。死んだと思っていても、懺悔の想いとともにずっとそなたのことを心に留めていた。そして、今、生きていたと分かり、心から嬉しい。どうか、再び――」

「ごめんなさい、今は、あの怪物を倒さないといけないから!」


 そこまで聞いて、シアが声をあげて王の言葉を遮った。そして、行き場のない感情に耐えかねたように、砲台の方へと走って行ってしまった。

 遺されたアフマディー王は、駆けて行くシアの後ろ姿を、寂し気に見つめていた。




 数分後、王たちによって、2本の槍は矢にしっかり固定された。1メートルほどの矢の先から、50センチほど槍が飛び出している不格好な形だが、クロードは納得したように頷いた。

 一方、3本あったうちの残り1本の槍については、砲台に使う大きな砲弾の中に納めることとなった。

 砲台の横に転がる丸太の様な砲弾を、アルレッキーノが槍を納められるように、急ピッチで改造してゆき、すぐに槍を仕込んだ砲弾が完成した。


「さて、準備は整った。作戦を伝えるとしよう」


 必要な物が揃ったことを確認したクロードは、皆の前に立って、にやりと悪い笑みを見せた。彼の後方には、動き出した時より一回り大きくなったアジル・ダガッハの実像が、朱色を帯びだした太陽の光を浴びて赤黒く光っている。

 クロードたちのいる遺跡が、アジル・ダガッハの射程範囲に入るまで、10分を切っていた。



 ♦  ♦  ♦



 光の槍を括り付けた矢と弓を持って、ヴァルは、アスタロトの操るドラグーンメイルの背中にまたがった。もう一機、アスモデウスのドラグーンメイルの背中には、同じように弓矢を持ったレラジェが乗っている。


「じゃ、行ってくるね」


 ヴァルがいつもの軽い調子でメリッサたちに挨拶すると、レラジェも見送る妹たちに、ここを頼みますよ、と頷いて見せた。その後、2機の竜は飛び立っていった。

 クロードが、ヴァル達に課した役割は、左右の蛇に対して、ドラグーンメイルの全力の一撃をもってその頭蓋を穿ち、そこに槍を括り付けた矢を打ち込むことだった。


 頭の中に槍を突き立てなければ、槍の効果は発揮できない。その為には、巨大な蛇の頭に穴を開ける必要があるが、それを可能にするための槍の外殻が今はない。そこで、ドラグーンメイルの火力を、外殻の代わりに使う計算であった。

 蛇の頭蓋は厚さおよそ80メートル。硬度は分からないが、同じ厚さの岩盤でも、ドラグーンメイルの攻撃ならば貫くことが出来るという。ならば、大蛇の頭蓋でも無理な話ではないとクロードは踏んだ。


 そして、一発必中を要求される射手に、ヴァルとレラジェを置いた。この2人ならば、確実に目標を射抜くことが出来るだろう。

 クロードたちの立つ遺跡の屋上から、小さくなったヴァルたちの影が、左右に分かれるのが見えた。それを見て、クロードが無線機に向かって口を開いた。


「さて、アブドル、“変形”だ」


 クロードの作戦説明の後、遺跡の中のアブドルから、分かったと応答が帰って来て一拍置いた後、遺跡全体が揺れ始めた。

 今度は、大地ではなく遺跡自体が動いて揺れている。その揺れによって遺跡が建っている足元の崖に、バキバキっとひびが入り、次の瞬間、崖が砕け、その上にあった遺跡自体が宙に浮いた。

 正確には、逆さにした円錐状の大きな岩が、遺跡を乗せて浮いているのである。そして、その周りには足元の岩より小さい岩――といっても20メートルはある――が4つ、遺跡を守る様に浮遊しており、その表面には模様の様に術式が描かれていた。

 この瞬間、遺跡は、“空中要塞”へと姿を変えたのだった。


「相当な代物だな」


 要塞となった遺跡を見て、クロードは感心する様に、無線に向かって言った。


「なぜ、天秤山へダガフを止めに行く際に、これを出さなかった?」

『この要塞は浮くだけで、移動は出来ん。ソロモン王と山羊の民が、暴君シャルマン8世と戦った際に建造したが、拠点とした使用するためのも。まさに“砦”だ。決戦兵器ではない。だから、あの時出しても無駄だったわけだ』

「なるほどな」

『しかし、一族で語り継がれてきたこの砦を、わしが使うことになるとはな……』


 アブドルが感慨深げに溢すのを、クロードは同調する様にくっくと小さく鼻で笑った。

 サイードから記憶を得ているクロードには、遺跡の歴史についても手に取る様に分かるため、一族の長い歴史の中で、ソロモン王の侵攻以降初めて要塞を使うアブドルの感慨も何となく分かってしまうのだった。


『しかし、本当に“あれ”をやるのか?』


 アブドルが、クロードの真意を窺う様に聞いてきた。


「そうだ。障害となる物理法則もクリアし、万事準備はしてくれたのだろ?」

『確かに言われた通りにしたが……』

「なら、問題ない」

『まったく、メリッサが気の毒だわい……』


 アブドルが聞いているのは、先ほどメリッサを武器庫に行かせている間に、クロードがアブドルに言った、“とある仕掛け”についてだった。

 メリッサは、自分のことが話に出てるとも知らずに、クロードの傍にやって来て報告した。


「クロード、全員配置についたぞ」

「ああ、分かった。所で、娘よ。アブドルからもらった腕輪は、まだ着けているか?」

「ん? ああ、そのままだが。それが何か?」

「そうか。この戦いの間、外すなよ。勝利の鍵だからな」


 意図を理解しかねるメリッサが首を傾げるのを横目に、クロードは前方に目を移した。彼の視線は、射程圏内に入ったアジル・ダガッハを捉えていた。

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