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迎撃準備

 時間が無いからよく聞けと前置きをして、クロードが初めに語ったのは、英雄ファドゥンが使ったという聖なる力を宿した槍についてだった。


「アジル・ダガッハを滅するには、“3本”の槍が必要だ」

「ちょっと待て、クロード。3本だと? 2本はサイードが言っていた様に、左右の山にあった大柱だとして、もう1本あるのか?」


 メリッサの質問に、クロードは煩わしそうに舌打ちをした。

 話の腰を折るようで悪いが、気になったのだからしょうがあるまい。明らかな悪辣な彼の態度に、メリッサはむっとしながらも質問を続けた。


「それに、お前は槍がすでに手に入っている様な口ぶりだったが、山にあった2本は山自体が崩れて埋まってしまったし、残りの1本だって――」

「時間が無いと言ったぞ。黙っていろ」


 クロードが、ぴしゃりと遮った。これから説明するつもりだったらしい。メリッサは、口をへの字にして噤んだ。


「あの巨大な柱は正確には、槍の“外殻”だ。巨大な質量がなければ、アジル・ダガッハの体に傷すらつけられないからな。そして、槍の本体は、その中にあった“水晶”の方だ」


 クロードの言葉を聞いて、シアとナフィーサは、ほぼ同時に自分のポシェットに仕舞った水晶を取り出した。水晶は七色のふんわりした輝きを放っている。

 実在するものだとも思われていなかった槍が実在し、しかもそれが自分の手の中にある“水晶”だという。2人とも理解が追い付かず、怪訝な顔で手の上の物を眺めた。


「そしてもう1本は、あそこにある“塔”だ」


 そう言ってクロードが指した先にあったのは、この遺跡で唯一、左右対称を崩す場所――黒い石を組んで造られた斜めに傾く塔だった。

 王都の監獄から脱出してここに来た際、遺跡に対して妙に浮いている建造物だと皆の記憶に残っている。あの時は、斜塔が槍だとは露ほども思っていなかったが、今見ると、天秤山の中で見た大柱に、そっくりなことに気付かされる。


「必要なのは、槍本体、つまり水晶の方だ。山で歌った例の歌で取り出しておいてもらおうか。それと――」


 クロードはおもむろに、並んで立つシアとナフィーサの方に寄ってゆき、それぞれの頭の上に左右の手を置いた。


「んあっ!」

「きゃっ!」


 次の瞬間、2人はいきなり脳を直接叩かれたような頭の痛みに襲われ、悲鳴を上げてしゃがみ込んでしまった。


「おい、クロード! 何をした!?」


 詰め寄るメリッサを歯牙にもかけず、クロードは頭を抱えてしゃがみ込む2人を黙って見ていた。何とか言え! とメリッサがさらに詰め寄ろうとしたところで、2人がよろよろと立ち上がった。


「いてて……何すんのよ、もう」

「頭の中がジンジンします……」

「槍に聖なる力を宿す歌を脳に直接転写した。それで歌えるはずだ」


 痛みに顔をしかめていた2人だったが。クロードの言葉を聞いて、しばし黙って自身の記憶を探ってみた。すると、2人の顏が驚きの表情へと変わった。


「え……知らないはずの歌が、頭に浮かんでくる」

「歌った記憶は無いのに、旋律も歌詞も完璧に……」

「歌を教えるより、こちらの方が早い。といっても、あまり複雑な記憶を転写すれば、人の脳では負荷に耐えられず壊れてしまうがな、くくく」


 前に記憶を断片的に盗み見られたことがあったが、記憶の転写なんてことも、この悪魔はできるのか。しかも、しれっと恐ろしいことを言っている。メリッサは、じとっとした目でクロードを見た。

 しかし、今はもっと気になることがある。それをクロードに投げかけた。


「どうして、お前がそんな歌を知っているんだ? 槍についてもそうだ」

「サイードだ。奴と戦った時に見えた。いや、流れ込んできたと言った方がいい。神話本来の内容や、槍のこと、歌についてなど、それらが我の頭に流れ込んできたのだ。奴の記憶なのか、アジル・ダガッハの記憶なのか、それは定かではないがな」


 普通なら荒唐無稽すぎて、妄言にしか聞こえない内容だったが、想像の上をいくことばかりが起る状況が状況だけに、彼の言葉も説得力をもって聞こえた。

 そこからクロードは、残りの槍――つまり水晶を取って来るように指示を受けたシアとナフィーサは、ヴァルとロゼッタを連れて、屋上で斜塔に最も近づいている隅の方へと向かって行った。

 クロードは、駆けてゆく彼女たちの背中を見てから、今度はアブドルに向かって話を始めた。


「この遺跡は、砦にすることが出来るな?」


 アブドルは一瞬、驚いた様に目を大きく開いた。


「……出来る。それも、サイードの記憶か?」

「そうだ。火器の類もまだ生きているはず」


 クロードの言葉に、アブドルが黙って頷いた。


「では、あの“球根”を使える様に、すぐ準備してくれ」


 クロードが指して言ったのは、だだっ広い遺跡の屋上の真ん中に鎮座する、オブジェだと思われる巨大な涙滴形の建造物だった。

 涙滴形と言っても下の部分は大きく膨らみ、細くなった先端部分は天に向かって長く伸びていて、クロードの言う通り、芽の伸びた“球根”という表現がしっくりくる形をしていた。

 アブドルは、急いで“球根”の傍まで行くと、外側に掘られた模様に見える術式に、魔力を流した。


 ――ゴゴゴゴゴゴ


 岩同士が擦れる様な重い音を立てながら、“球根”の形が変わっていった。まず、膨らんだ下部分が四方に開いた。すると中から、ごつごつした機械的な台座が姿を晒した。次いで、その台座から伸びる“芽”の部分がゆっくりと傾いていき、30度ほどの傾斜で止まった。

 “球根”だったものは、数十秒の間に、強大な砲台へと姿を変えた。


「ぼさっとするな、娘。武器庫に行って、弓を2つ、あと矢を数本持ってこい」


 メリッサが、砲台の迫力に呆気に取られていると、クロードから指示が飛ぶ。

 メリッサ以外は、砲台の調整だということで、彼女1人で武器庫まで行くことになった。内心、偉そうにとクロードに思うところはあったが、時間がないので黙って指示に従った。


 10分ほどして、メリッサが屋上に戻ってくると、ナフィーサとシアが水晶をもって戻って来ていて、3つ揃ったものを足元に並べ、これから聖なる力を宿すという歌を、今まさに歌おうとしているところだった。


 2人の呼吸が合わさり、歌が紡がれ始める。今まで聞いた古の歌と同様に、理解出来ない歌詞で歌われるのに、なぜか心に響く。数小節の短い歌だったが、再び聖歌の乙女によって歌われた伝説の歌は、その場にいた全員が手を止め、聴き入ってしまうほどに、不思議な魅了と清らかさを持っていた。

 歌が終わると、すぐに水晶に変化が起きた。

 淡く放っていた七色の光が、眩いほどに強くなり、そして、球体だった形が、横に細く長く伸びて棒状へと変わったのである。


「なるほど、水晶も本来の姿は槍というわけか」


 変形した水晶を見て、メリッサは言った。

 ただ、槍と言っても150センチほどで、短槍に分類されるような長さだった。


「外殻から考えると、随分と小さいな。これをアジル・ダガッハのどこに突き刺すのか、それも分かっているのか? どこでもいいわけではないだろう? クロード」

「“破邪の祈り”だ」


大きな柱は、実は槍だったんです。

3本目は、英雄によって投げようとしたところで、アジル・ダガッハが滅せられまいと悪あがきして、撃ち落とした設定です。

撃ち落とされて、地面に突き刺さり、その大きさから、後の人々は塔だと思ってた……てな感じです。

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